ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】『極楽大作戦・タダオの結婚前夜』(20)[遠き山にも日は昇り(前編)]


投稿者名:Iholi
投稿日時:(02/ 7/11)

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「(……もうっ! 私たちだけが大人しく帰ってられますかっての! 全く、私を誰だと思ってんのよ! 日本最高の、いえ史上最強のゴースト・スイーパーと成るべくしてこの時代に生まれた女、その名も『美神令子』その人よ!」
『(しぃーーーっっ、美神さんそんなエキサイトしないでもっと小声で! 他のみんなには「過去の美神令子一行は既にお帰り」って事に成ってんだから、もしもこんな茶室の裏に3人して隠れている事がバレちゃったら……ああっ、背任行為で懲罰を受けるのはもう確実っ!』
「(しぃーーーーっっ、ヒャクメさまもどうか落ち着いて、お静かにっ!)」
『(あ、ごめんなさい。あああ、一体どうしてこんな事になっちゃったのかしらー……しくしく。)』
「(ああ、もう鬱陶(うっとう)しいわねえ。バレなきゃ可(い)いのよ、バレなきゃ。)」
『(……はぁ。美神さんが居なけりゃ帰れないから、美神さんの命令に従う以外、神様である私にも選択の余地は無いのねー……とほほ。
 今、私の物理的・霊的迷彩能力をフルに駆使して、一応透明人間みたいになってはいるけど……。)』
「(つまり、心眼によるサーチ能力の裏返しって事ね。)」
「(ご明察。例えば、本来は遠距離からの探索に使う「屈折光収集分析能力」を利用して、相手に屈折光が届かない立ち位置や角度を選び出したりすれば、如何に近距離にいようとも相手からは光学的に透明になるって訳。
 でも今は周囲の状況を把握する為に言霊と霊視の一部のチャンネルだけは活かしてあるのよね。逆に謂えばこちらが立てた音声も外部にだだ漏れだから、私たちも成るべく黙ってなきゃねー。)』
「(……でも結局、ヒャクメさまが一番喋っているよーな?)」
『(……ははは。じゃま、取り敢えずお茶室の中、覗いてみましょ?)』
「(誤魔化したわね。)」

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 令子はカーディガンの胸に縋(すが)り付く長髪の頭頂部を眺めながら、苦笑していた。
 入室時に見た彼女は、記憶の中の少女よりずっと綺麗だった。清楚で純朴そうな純和風のキャラクタに変化はないが、9年もの間に刻まれた年輪は少女の可憐さに艶然とした大人の魅力を絶妙のバランスで加味している。彼女もまだまだ二十代中盤、これから益々世の男を惑わせ泣かす恐ろしい生物に進化を遂げていくに違いない。
 処が今、こうして自分の豊かな膨らみに頭を埋(うず)めているこの女性は、自分が憶えている少女の像に一番近い。
 ――昔っから泣き虫で、詰まんない事でヒンヒン泣いて……悪夢に魘(うな)されて眠れない夜だって、しょっちゅうこうして頭を撫でて宥(なだ)めて遣ってたこのコ。上から見ると少し旋毛(つむじ)が左に歪んでいる事を言ったら、びっくりしたみたいに飛び起きて顔をまっかっかにしてたりして。泣いたり笑ったり喜んだり、ホント、感情表現がストレートと云うか何と云うか、ね。で、こっちが偶(たま)に仏心を出そうものなら「美神さん、大好き!」とか云ってそうこんな風に、
 ……抱き着いてきたっけ。
 薄暗い小屋の中、令子は追憶の汀(みぎわ)にまどろみながら、流水の如く指通り滑らかな頭髪の感触を愛(お)しんでいる。
「……美神さん。」
「……ん?」
 胸越しに響いて伝わる年下の女声は、少し擽(くすぐ)ったかった。
「私、忠夫さ……横島さんとの結婚、止めますっ。」
「えっっ!」
 がこっ
「「?!」」
 驚いた拍子に、突然の物音。
 令子が曳き起こす前にキヌが半身を起こし、共々音の在った方角の障子戸を凝視する。
 ぱっと見た処……不審な影や霊気は無い、ようだ。ま、何か異常が有った処で、外に居る面子の方が早(す)ぐに察知するだろう。

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「『(……ちょっと、おキヌちゃん!)」』(どきどきどき)
「(で、でも……。)」(どきどき)

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「?……な、なんて事言うのよおキヌちゃん。式は明けて明日なのよ?」
 どうにか気を取り直し、令子はキヌの肩を優しく支え、伏し勝ちの顔を見据える。
「まあ確かに、結婚と云う人生の一大転機が強いる心理的プレッシャに耐えられなくて、式が近づくにつれて塞ぎ込んできたり、式の直前になって逃げ出したくなる花嫁は少なくないって話は聞くけど……落ち着くのよおキヌちゃん、そんな時は掌に『犬』と書いて飲み込めば」
「違うんです美神さん!」
 伏したまま、キヌは叫んだ。俄か、令子の指に緊張が走った。
「あっ、ごめんなさい……。」
「い、いいのよ。ちょっと驚いただけだから、ね?」
 令子は慌てて指の力を抜く。キヌはゆっくりと面を上げた。少し意地悪な言い方だが、紅く泣き腫らした瞼(まぶた)と鼻頭で睨むようにする姿もまた、それなりに可愛らしい。令子は袂(たもと)からハンカチ……を出そうにもカーディガンの下はビキニパンツ一丁なので、仕方無く首に巻いていた深紅のスカーフで軽く拭ってやる。
「……んもう、何時まで絶ってもこーゆー処は可愛いんだから。」
「うぉほらりはらっふぇいるんれふくぁうぃくぁうぃふぁん(もう何笑っているんですか美神さん)……ちーーんっ……って、ここは笑っている処じゃないでしょ? 寧(むし)ろこのシチュエーションじゃ、私の事叱り付けて思いっ切り打(ぶ)ってピンヒールでグリグリしながら口汚く詰(なじ)って高笑いするのが普通じゃないですか!」
「……おキヌちゃん、相変わらず奥様趣味なのね。しかも結構、どろどろぐっちょんぐっちょんのへヴィでハードな奴。」
「茶化さないで下さい!」
 令子はスカーフの未だ無事な処で額を押し拭きする。キヌが両腿に拳を突き立てて、今度は本気で睨んでいたからだ。元幽霊のキャリアのお蔭か、腹の底から冷え込んだ気がした。
「……美神さんは悔しくないんですか? 腹は立たないんですか? ……だって私、横島さんを獲(と)っちゃおうとしてるんですよ? 美神さんも大好きな横島さんを、しかもあなたの居ない間に泥棒さんみたいに!」
「待ってよちょっと、大好きって、それはきっと貴方の勘ちが……」
 再び火の点いたキヌの追撃に、令子は思わず両掌を広げて弁解しようとするが、言葉に詰まってしまう。
 ――今、自分は一体何の為にここまで来たの、美神令子? この8年間辛い思いをしていたのはアンタだけじゃないのよ! この目の前の女の子だって、みんなだって……それに、あいつだって。別に『逃げるな』なんて言うつもりは無いわ、それは重要な戦法だから。ただ、逃げるにしても留まるにしても、その時期を見極めるのが何より肝心よ。……さあ、今は逃げる時かしら? それとも……
「そうよ、違わないわ。私も好き。横島くんの事、きっと誰にも……貴女にも負けない位、大好き……。」
「……。」
 魂が抜け飛んだ様なキヌの空ろな口から声に成らない溜め息が洩れる。それが意味するのは驚嘆なのか、それとも納得なのか。

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「『(……美神さん?)」』
「(な、何よ2人とも……ねえ?)」

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