ザ・グレート・展開予測ショー

水使い(〜業と縁〜)


投稿者名:AS
投稿日時:(02/ 6/ 6)




 ー水使いー




 辺りに人気のない袋小路となった場所で。

「指定の口座に」

「ああ」

 たった二言の会話は交わされた。

 清潔さをうかがわせる白のスーツには不似合いな、強く鋭い眼光を両の瞳に秘めた(聞いた話ではイタリアの捜査官という)金髪の男は、会話を交わした童顔の男にはもはや一瞥もせずに、足早に歩き去って行く。
 袋小路の出入口を、そこに立ち入る者が居ないように塞いであった車に、エンジンがかけられる。白いスーツの男が乗り込むと、すぐさまその車は発進しだした。
「・・・・・・」
 しばらくして、童顔の男も袋小路の出口に向かい歩きだす。
 車の行った方向を見やると、既にその車の影も形もなく、童顔の男もさして興味はないのか・・・ただ黙って、車が向かったのとは逆の方向へと歩きだした。

 あれから、二ヶ月と少し。

(まったく人生・・・どう転ぶかわからん)

 そのたった二ヶ月で、彼の置かれた立場は大きく変化した。

 元より。
 遂行率の高い始末屋は、時に誇張された風評をたてられる。
 伝説と置き換えてもいい。水という、どこにでもあるモノを武器として、それを相手の急所に突き立てる。そうしてあとは、そのままただの水に戻して相手の体内に押し込めば、どんな証拠も残る事はない。無論『使う液体』は、標的が口にしたものと合わせて選んでいる。
 その利点を頼みとして、彼には多くの依頼が舞いこんだ。
 海外で暮らしてた頃の仕事・・・しくじった時の仕事のように、三つの組織の勢力争いの時にその内の一つに雇われ、残る二つの組織が互いに争いあうように仕向けるというのも、彼にとっては至極簡単な事だった。
 証拠を残せばいいだけなのだ。片方の組織が過去に用いた毒薬を、始末した標的の体内に残す。それも彼の『能力』をもってすれば容易な事だった。
 そうして数多の仕事を淡々とこなし、そう、二ヶ月前にもその『仕事』の為に日本へ舞い戻ったのだ。

 そしてその結果はーー・・・

(高いとこほど、落っこちやすいもんはない、か・・・)

 一度請われた『コロシ』を、受け持ったその『仕事』をしくじった事により、傷ついた評判は、もはやそれを立て直す暇すら与えてはくれなかった。
 ここぞとばかりに、攻撃してくる商売仇達。そして何より、彼のしくじった仕事を見事に、完璧な形で成功させたという、突如出現した呪術使いの女殺し屋が、彼から殺し屋としての地位というべきか・・・全てを奪い去ったのだ。
 もはや彼の戻る場所はどこにもなくなった。
 全てのアテは、長きに渡って、彼の影に甘んじ続けた商売仇達によって埋めつくされており、新たなでかい仕事もみな例の呪術師にもってかれるという有様。
 そこで(認めたくはないが途方にくれてた)一ヶ月前、彼を拾ったのが、かつて彼が最も長く滞在したイタリアの、そこの生まれの捜査官というのだから、数奇な事この上ない。
 当初は罠かと、警戒(今も怠ってるわけではない)していたが、常にどこかの組織に雇われていた彼の持つ情報と能力を、その捜査官は切に欲していたらしいのだ。そうして年も近いその捜査官と助手となって、現在にいたる、というところか。

「人間落ちぶれたくねえもんだぜ・・・今じゃ散々コケにしてた相手にいいように使われるだけたぁな・・・」
 
 下水にこしらえたアジトに戻ってきた彼は、キングサイズのベッドの上で大きく手足を伸ばしつつ、しみじみと独りごちた。

(ま・・・食ってけんなら構わねえけどな・・・)

 やがて。

 閉じた瞼は重く、このまま眠ろうとした、まさにその時。

 電話のベルが鳴り響いた。やむなく受話器を取る。

「何か・・・用かよ?」

 不機嫌を隠さずに彼は言った。こことこうして連絡をつけられるのは、あの格好つけた白スーツの腹黒捜査官しか居ない。

 受話器の向こうから、予想通りの声が返ってきた。

『仕事だ。例の場所で待つ。詳細もそこで・・・』
 
「こっちはついさっきまで二日間も張り込みに付き合わされて疲れてんだ!どんな仕事か知らんが次はてめえ一人でやれ!」

 迷わず彼は、そう怒鳴りつけた。

 暫しーー沈黙。

 間を置いて受話器の向こうから、捜査官が再び彼に語りかける。内容も先程とほぼ同じだった。

『繰り返す。仕事だ。例の場所で待つ。詳細もそこで・・・』

「てめえな・・・」

 そこで一旦言葉を切り、すぅ、と息を吸い込んだ彼が怒鳴りつけるより先に・・・捜査官はたたみかけるように次の言葉を言い放った。

『仕事はとあるヤマの重要参考人の護衛。これは憶測だが相手は相当な呪術の使い手・・・いや呪術師だ』
「・・・呪術師?」
『では協力を願う』

 その言葉の直後、電話は打ち切られた。

「呪術師・・・だと?」



 場所は中クラスのホテル、その一室。
 『彼』との電話を打ち切ってから、捜査官はゆっくり、後ろへと振り返った。

「これでよろしいんですね・・・」

 そこで言葉を区切り、捜査官は改めて、椅子に腰かけている目前の女性へと口を開いた。

「美智恵さん」

 ゆっくりと、鷹揚に・・・

 威厳をたたえて彼女は頷いた。





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