ザ・グレート・展開予測ショー

頼みごと。


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 5/24)

 ズタボロになって無様に地面に突っ伏す横島を、高圧的に見下す者が一人。

 額に青筋を浮かせ、片方の拳は硬く握り締められている。

 今にも手が出そうな勢いだが、そこは辛うじて口が先んじる。



「……で? その魔獣の親子を助けるために、最後の2コの文珠を使って魔界に『送』『還』してやったってわけ??」
 もう一方の手に神通棍を持ち、服の嗜好のため露わになっている肩を興奮した息で上下させているのは、言わずと知れた横島の所属する事務所の所長にして飼主(?)の美神である。

「そうっす! 仕方なかったんすよ!! あの状況を文珠なしでどーにかしようなんて、俺にはムリです!!」


 所は美神除霊事務所のいつもの応接室。
 ちょうど美神が、仕事で必要な時に文珠が出せなかった横島をシバき……もとい断罪し終えたところである。

 横島は既にボロゾーキンのようになって床に転がっている。
 この上ではいくら言い逃れしようとも、もはや物理的には全くの無意味と言えるが、それでも横島は前日の事情を説明し、罰を軽減するための涙ぐましい努力を試みたのである。

「問答無用ッ!! 事情はどうあれ、あんたがイザって時に役に立たなかったのは事実よッ!!!」
 しかし、当然と言えば当然であるが、美神は聞く耳をもたない。
 この状態では、いくら雪之丞の口から事情の説明をしよーが、何の足しにもならないだろう。


「くっそ〜〜、あの野郎〜〜!! 結局こーなるんじゃね―か………」
 分かっていたはずだった。
 雪之丞の頼みごとを聞いて、ロクな目に遭わずに済んだためしはないのだ。
 分かっていたから、今度こそ断るつもりだった。
 そう、『つもり』だったのだ。
 あの時、あの写真さえ見せられなければ―――

「でも、あの写真も冷やされたり熱せられたりで、グチャグチャになっちまったしな――」
 後生大事にジャケットの胸ポケなんぞに入れていたのがいけなかった。
 横島の肉体はともかく、ただの写真があの寒暖の差に耐え切れるはずがない。
 結局、横島は何の報酬もなしに……イヤ、それどころか美神にシバかれるというお釣りまでつけられて……死ぬほどの苦労を強いられたわけである。
 一方の雪之丞は、大した苦労もせずに依頼人から大金を受け取る。
 これは流石(さすが)に不公平というものだ。  


「もう二度と、今度こそ、アイツの頼みごとは、絶対に聞かねーッ!!」
 その意志がどれほど磐石なものであるかは、いささか怪しいところだが、取り敢えず決意を新たにする横島。


「しかし―――妙ね」
「!!???」
 雪之丞の悪態をつくのに没頭してスッカリ美神の存在を忘れていた横島だったが、どうやら美神の意識も、もう横島を裁くことからは離れているらしい。
 腕組みをして何事か考え込んでいるようだ。

「その親子がどうやってコッチの世界に来たのかは知らないけど、本当にフロスト・サラマンダーなんていう高位の魔獣だったら、文珠2コで魔界に返還するには霊的質量が大きすぎるわ」
「霊的質量!?…………って、なんですか?」
 横島の、お約束的に一段レベルの低い疑問に、美神は呆れ顔で答える。
 
「あんたね。いい加減、そーゆー勉強もしなさいよ!! いい? 異界とチャンネルを繋ぐっていうのは容易なことじゃないのよ。以前に私がアルテミスを異界から呼び出した時に描いた巨大な魔方陣のこと、覚えてるでしょッ!?」
「はぁ………」
 シロが父親の敵討ちをした時の話だ。
 そう言えばシロに初めて会ったのはあの時のことだった。
 出会ったばっかりのシロはまだ男か女かも分からんよ―なガキだったが、アルテミスに力を借りた時のシロは……

バキィイ!!

「あんた、ヒトにモノ訊いといてその態度は何よ!?」
 美神の肘が横島の顔面にメリ込む。
 ……まあ、質問した当人があさっての方向を向いてヨダレなど垂らしていれば、美神ならずとも怒りたくなるところだろう。

「フイマヘン。ヘ、ヒャンヘシタッケ?(訳:スイマセン。で、何でしたっけ?)」
 しかしだからと言って顔面に肘を入れる人というのもかなりのところ特殊だと思うが、返事の終わりの方では既に回復の兆しを見せている横島も、やはり尋常ではない。
 美神は溜息を一つついて先を続ける。

「文珠を使えばあれほどの複雑さはなくなるけど、霊的存在を界境を越えて移動させるには、それ相応の霊的エネルギーが必要なのよ。あの時は、私が魔方陣を描きながら蓄積させていった霊力を魔方陣自体によってさらに増幅させて必要なエネルギーを稼いだんだけど、移動させるモノの霊力が強ければ強いほど必要になるエネルギーの量は大きくなるわ。フロスト・サラマンダーは魔界の中でも高位に属する魔獣だから、霊力はかなり強い方なのよ」
「……それが霊的質量ってことですか?」
 横島も完全に理解したわけではないが、霊的に重たいものを運ぶには、強い霊力が必要である。という感じだろうか。

「そう。で、それを異界に送るには文珠2コじゃ全然霊的エネルギーが足りないと思うんだけどね。ま、どーせフロスト・サラマンダーっていうのは、あんた達の勘違いでしょ。あれも昔はけっこう居たらしいけど、今じゃ絶滅の危機に瀕してるって聞くし。……ああ、でも、もしホンモノだったら、生け捕りにすれば高く売れたかもね」
「あ、あんたなー!! そんなトコまで金の話かいっ!!」
 反射的につっこむ横島を、美神はイキナリ冷たい眼差しになって見下す。

「そう言えばあんた、1ヶ月間給料10%カットね」
 どうやら横島の発言は、今日のミスの清算のことを美神に思い出させてしまったらしい。

「オニ〜〜〜!!」
 いつもの美神にしては控えめな数字だったのだが、横島がそんなことに気付くはずもなく。
 いつものように悲痛な叫び声が事務所に響き渡った。




「……まあ、そんなわけで。昨日の件は全て俺の思惑通りに事が運んだってわけだ。情報の方、ありがとよ」
「イエ、絶滅に瀕する魔獣を保護するのも軍の職務の一つですから。むしろ、わざわざこんなところにまで訪ねていただいた上に、引き返して適切な処置までしていただいて、こちらこそ助かりました」

 所変わってココは妙神山修行場。
 その玄関口で会話をする人物が二人。

「礼なら横島のヤツに言うんだな。実際に色々とホネを折ったのはアイツだし、元々俺はターゲットは倒す方針だったわけだしな」
 玄関に腰掛け、背後に立つ人物に体をひねって話し掛けているのは雪之丞だ。
 どうやらこちらも前日のフロスト・サラマンダー親子の話をしているらしい。
 雪之丞は昨日一度山を降りた時、ここを訪れて魔獣の情報を手に入れていたようだ。

「しかし僕が提案したやり方とは言え、話を聞く限りではあなたが一方的に悪者になってしまったようですが―――」
 もう一方の、玄関に立って腕組みしながら話すのはジークである。
 大戦が終わったので、妙神山に留学の続きをしに来ているのだ。
 ここの環境に慣れたせいか、口調は軍人らしいものから、雪之丞達が初めて会ったときの丁寧なものに戻っている。
「文珠で魔界に『送還』できるようにするために、特に霊的質量の大きい母親の霊力を消耗させている旨、なぜ横島くんに説明しなかったのですか?」
 振り返ってジークの問いかけを聞いていた雪之丞は、体を前に向き直し――つまりジークに背を向けて――
「……性じゃねえ」
 ぼそりと答える。

「性って……」
 ジークが難しい顔をして、聞き返す。

「まあ、性に合わねェっつったら、あの女魔獣との戦いもそうだったけどな。冷気を放出させて弱らせるために、霊波砲で挑発しては逃げ回るだけなんざ、全然俺の戦い方じゃねぇよ」
 話の内容のわりには、雪之丞はさも楽しそうに、ニヤニヤしている。

「……では、なぜ率先してその役を買って出たのですか?」
 疑問の答えをはぐらかされたのを知ってか知らずか、ジークはやはり真剣な顔で雪之丞に問う。

「…………」
「…………」

 しばらくの沈黙の後、雪之丞は前を向いたまま、今度はちゃんとジークの問いに答えた。
「横島のヤツと顔を合わせたとき、あいつが何も言う前から表情が『子連れの母親を殺さずに何とかしてやりたい』って訴えてんのが分かっちまったもんでな。テキトーなこと言って子守りはあいつに任せておいて、俺はヤツを殺さずに処置するための情報収集に回ったってワケさ。実際、あんな顔で訴えられちまったらもう、その頼みごと、聞かないわけにゃいかねーだろ。ダチとしてよ」
 諦めたような面持ちで語る雪之丞は、しかしどこか嬉しそうな笑みを浮かべている。

「……そーゆーものですか?」
 ジークには雪之丞の笑みの理由も、行動の理由すらも、判然としないらしい。

 雪之丞は、この問いにはしっかりと振り返ってニヤリと笑みを浮かべ、即答した。

「ママがよく言ってたぜ。互いのワガママを聞いてやるのが親友ってもんだ……ってな」




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