ザ・グレート・展開予測ショー

頼みごと?????


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 5/23)


 ………滝の音。
 延々と滝壷の水面を打ち続ける滝の音だけが、その場を支配していた。

「へ―――クショッ!!」
 一瞬、その純粋な世界が汚い音で濁される。
 ほんの一瞬とは言え、その場に人間が居ることを主張するにはそれで十分だった。
 即ち、横島のことである。
「うぅっ、滝の裏側ってのは、けっこー冷えるな」
 横島は手にした魔物の子供を抱え込むようにして、身震いした。
 魔物の母親を洞窟内にて待ち続けること既に半日。
 日はとっくに暮れて周囲は濃い闇に包まれ、気温も下がる一方である。
 もちろん滝の上げる水しぶきによる冷気のせいもあるのだろう。
「おまえのかーちゃん、遅せーなー」
 自分の腕の中を覗き込み、真っ白な背中を撫でてやりながら、話し掛ける。
 もちろん魔物の子供が返事をするわけでもないが、その替わり「ミー、ミー」鳴いて横島の手に顔を摺り寄せてくる。
 ウロコで覆われた皮膚の肌触りは決して良くはないが、子供になつかれて悪い気がするはずもない。
 横島は温めるかのように、手でそっと『そいつ』の体を蔽ってやる。
「おっ。おまえ、意外とあったかいなー」
 横島は爬虫類のような冷たさを想像していたのだが、『そいつ』に触れるた手はじんわりと温かくなった。
 色といい、大きさといい、まるで使い捨てカイロのようである。
 しかしそのカイロ……もとい魔物の子供は、横島の手の中でイヤイヤをするように首を振って動き回った。
「な……なんだ?」
 横島が慌てて手を開けてやると『そいつ』はまた大人しくなり、横島の手の平の上でくつろぎ始める。
「……? 触られるのがイヤだったのか?」
 警戒心のかけらもなさそうな様子から、嫌われたわけでもなさそうだと判断する。
 なんにせよ、横島はせっかく見つけた簡易カイロを失うことになったのだが…。
「……寒ィな…クソッ、雪之丞も薄情なヤツだよな」
 何もしていないと、寒さが骨身にしみる。
 仕方がないので、今の状況の原因を作ったヤツの悪態をついて、気を紛らわす。
「フツーてめぇの仕事を他人に任せて帰ったりするか?」
 この場合、自分が「母親は倒したくない」とゴネたことは棚上げる。
「考えてみれば、俺がこの仕事を片付けても、金が入るのはアイツの懐(フトコロ)じゃねーか」
 この場合、ジャケットの胸ポケットに後生大事にしまわれた写真――横島の報酬――の事は棚上げる。 
「ああっ! しかもアイツ、手元に残った文珠2コ、ネコババしやがったな!!」
 実に今更であったが、周囲に誰も居ないことであるし、殊更声を大にして叫ぶ。
 おかげでちょっと体が温かくなった。
「ミー! ミー!!」
 そう言えば、全く誰も居ないわけでもなかった。
 唯一の立会人と言える魔物の子供が、声を上げる。
「おおっ、おまえもそう思うか?」
 横島は我が意を得たりとばかりに、自分の手の平の上に目を向ける。
 しかし『そいつ』は横島の方ではなく、洞窟の外、中空を見つめている。
「………来たか」
 横島も同じ方向を見つめ、立ち上がった。
 その眼差しには、さっきまでのおちゃらけた雰囲気は、微塵も残っていなかった。



「待ってたんだ! コイツを捜しに来たんだろ!?」
 横島は、滝の脇から顔を出し、手に持つ子供が相手に見えるようにして、叫ぶ。
「…………」
 しかし相手は無言のまま横島の目を見据えるのみ。
 話せないのか、話さないのか。
 怒っているのか、戸惑っているのか。
 その様子からは判然としない。
「大丈夫! なんもしね―って! ただそんかし、コイツを引き取ったら、どっか人間の迷惑にならねー所に………え!?」
 取り敢えず説得を試みる横島だが、魔物の母親の様子がおかしい。
 目は横島の方をキッと見つめ、片手を振り上げて、その手を―――
「チョット待てっっ!! 話し合おう!! 話せば分かるっっ!! 別に子供をどーこーするつもりは…!!! ……って、オイ、子供!! 子供がまだコッチに…!! …やめろってば!! ………イヤ〜〜! やめて〜〜!!」
 横島は悲痛なうろたえ……もとい訴えを見せたが、どうも相手には通じていないらしい。
 その証拠に、魔物の母親の手はためらうことなく振り下ろされた。
 横島はうろたえながらも、咄嗟に子供を腕の中に庇う。
 と、同時に恐ろしい冷気が横島を襲う。
 雪とか氷が混じっているわけではない。
 純然たる凍えた空気のみが、冷え切っていた横島の体をさらに蝕む。
 指先の感覚がなくなり、顔が強張る。
 足が重たくなり、頭がぼーっとする。
 寒さ、というか痛みが全身に染み渡るが、それもすぐに痺れのようにしか感じなくなる。
 そして最終的に急激な眠気が横島を襲うまで、ほんの一瞬の出来事だった。

ドサッッッ!!

 横島はなすすべもなくその場に倒れ込む。
 死の感覚は全くなかった。
 ただ、眠れることに無限の安らぎを感じるのみ。
 横島は満ち足りた気分で目を閉じた。



 ………が―――



「オラッ! 寝てる場合じゃねーぞ!! 起きろコラ!!!」


 ひじょーに不快な声に、意識をムリヤリ覚醒させられる。
 それどころか、わき腹に痛みのようなものまで感じる。もしや蹴られているのではなかろうか。
「雪之丞! おまっ……なにさらすんじゃーーー!!」
 横島は跳ね起きて辺りを見回す。
 しかし周囲に居るはずの雪之丞の姿は見受けられない。
 代わりに足元に『暖』の文珠が転がっているのに気付く。
 わき腹に感じた感覚の正体はコレだったのだ。
 感覚が麻痺していると、痛さと熱さと冷たさが同じように感じてしまうことがある。
 横島は何の気なしに文珠を拾おうとして、自分が手に何か持っていることに気付く。
 白い………魔物の子供。
「あっ!!」
 思い出した。
 完璧に思い出した。
 横島は『コイツ』の母親を説得しようとして失敗し、凍え死にさせられかけたのだ。
 しかし『コイツ』がまだココに居るということは、母親は……?
 横島は魔物の子供の視線の先を辿る。
 そこでは黒っぽい装束を身に纏った者と、真っ白なウロコを身に纏った者が激しく交戦中だった。
「雪之丞ッ!?」
「おうっ、やっと起きたか。あんまり起きねーモンだから、そのまま眠ったっきりになっちまうのかと思ったぜ!」
 雪之丞は魔物の母親と交戦しながらも、さらりと不穏当なことを言ってのける。
「なぜ、おまえがココに!?」
「……ママがよく言ってたぜ。友達が困ってたら全力で助けてやれ……ってな」
 言いながら、雪之丞は魔物の母親に向けて、霊波砲を放つ。
 霊波砲はターゲットをかすめ、その背後の滝でものすごいしぶきを上げる。
 ターゲットは冷気を放射して反撃するが、雪之丞は大きく跳躍してそれをかわす。
 さっきまで雪之丞のいた地面がカチカチに凍りつく。
「じゃなくてっっ! ナニやってんだ!! てめーは!!!」
 雪之丞の容赦ない攻撃は今にも魔物の母親を仕留めてしまいそうな勢いだ。
 当然それは横島の望むところではない。
 これでは困っている友達を助けるどころか、なおさら困らせているだけではないか。
「何って……? おまえ、説得は通じなかったけど、手を出すに出せなくて困ってたってトコだろ?」
 横島は手を出さなかったのではなくて、出すヒマもなかっただけなのだが、そうでなくとも確かに雪之丞の言うとおりになっていたことだろう。
 横島が黙りこんだのを見て、雪之丞は満足げに先を続けた。
「ま、そんなこったろうと思ってたけどな。おまえがコイツを攻撃できないことは百も承知さ。だから、俺が代わりにやってやろーってんじゃねーか」
 そう言って雪之丞は、横島がネコババされたと思い込んでいた文珠を取り出す。
「山を降りてチョット調べて来たんだが、コイツはフロスト・サラマンダーとかいう魔界に住まう魔獣の類らしい」
「魔獣!??…って、え?? あのねーちゃんが??」
 横島には、魔獣というとケロベロスのように醜悪なものであるというイメージしかなかった。
 雪之丞も、これには苦笑して先を続ける。
「人型なら魔族と思い込みがちだがな。魔界には人型に変化する魔獣も居るのさ。人間界の獣にだって居るだろ。ホレ、おまえんトコの狐と……狸だっけか?」
 最初に魔族であると勘違いしたのは雪之丞であったと思ったが、そんなことはおくびにも出さない。
 本人に悪気がないのは分かっているのだが、聞き流せないところもある。
「……狼だ」
 横島はこの場に居ない当人の名誉のために、しっかりつっこみを入れておく。
 しかし、元より雪之丞がそんなことに頓着するはずもない。
「で、コイツは周囲の冷気を吸収して生きるらしいんだが、吸収した冷気を使って攻撃もできるらしい。滝壷に巣を作ってたのも、涼しくて住み易い環境だったからだな。つまりコイツは……熱に弱いってワケだ」
 言いながら手にした文珠に『熱』の文字を篭める。
 実にそのまんまだが、それがいかにも雪之丞らしい。
 いや、そんな悠長なことを考えている場合でもない。
「やめろっ! 雪之丞ッ!! 俺が直接手を出さなくても見殺しにしちまったら同じことじゃねーかッ!!」
 『見殺し』
 自分で放ったその言葉に、胸が痛む。
 もう……たくさんだ。
 自分が何も出来ないまま、失いたくないものを失うのは。
「……さあな」
 雪之丞は無情に言い放ち、文珠を投げる。
 文珠は、再三の冷気放射で消耗しきっている魔獣の母親めがけて飛んでゆく。
「う……おぉぉおおぉぉ!!」
 横島は凍える体に鞭打ち、凍った地面を半ば転がるようにして、魔獣の母親の前に踊り出る。

ゴウッ!

 魔獣たちを庇った横島の背中で文珠が発動し、辺りが熱気に包まれる。
 直撃は免れたものの、このままでは遅かれ早かれ魔獣の親子は消耗して死んでしまう。
 親子は横島の体の下で身を寄せ合うようにして熱気に耐えている。
 この親子は慣れない人間界で、ずっとこうやって互いに支え合って生きてきたのだろう。
「!!!」
 ふと、横島の頭に名案が浮かぶ。
 今、使える文珠は2コ。
 悩んでいるヒマはない。
 横島は即座に思い付きを実行に移す。

キイイィィィン!!

 うだるような熱気の中で、文珠が発動する時の光が零れる。
 光が止んだ時には、その場には横島が一人、ぐったりと倒れているのみだった。

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