ザ・グレート・展開予測ショー

たとえばこんなはなし


投稿者名:ホーエンハイム
投稿日時:(98/11/20)


「優太郎様、本日の御予定を説明にあがりました。」
 秘書らしき、スタイルの良い女性が芦不動産のだだっ広い社長室の扉を開け
て入ってきた。全体的に気の強そうな印象を受けるが、美人である。
「ああ、ベスパ君か。仕事はもう慣れたかね?」
 社長用のデスクの向こうで、優太郎と呼ばれた青年が答えた。この部屋の主
である彼は、長髪で理知的な雰囲気を持ち、なおかつ品格と見かけの年齢の割
には威厳のようなものを感じさせる。国内どころか国外でもでも有数の企業連
合体、芦グループ総帥の御曹司である。
「はい、それはもう。日本に来て右も左も分からなかった私たちを拾って頂い
た上に仕事先までお世話して頂いて、芦様には本当に感謝しております。」
 ベスパと呼ばれた彼女は扉からデスクまでの長い距離を歩きながら答える。
周辺の高層ビルの中でも頭一つ高い芦不動産のビルディングの最上階にある社
長室は、三方と天井をガラス張りで囲まれ見晴らしが素晴らしい。そのために
部屋が余計に広く感じられるのだが、居心地はなかなかだ。
「別に気にしないでいいよ。僕も養子で、身よりのない気持ちは少しは分かる
つもりだからね。それに、あの時はなぜかそうしなければならないような気が
したんだ。」
 雑談をしながら、社長用デスクまでたどり着いたベスパがてきぱきと自分の
仕事にとりかかる。次々とされる彼女からの説明を、芦優太郎はいつものよう
にあまり気乗りのしない様子で聞いていた。

「…それにしても予定が多すぎるな。」
 おおかたの説明が終わったこところで、うんざりしたように芦がつぶやいた。
「そんなどうでもいい役目は重役達に任せておいて問題ないはずなんだがね。
飾りだけで済むはずの社長に簡単な仕事を回しすぎる。なんなんだ、この霊的
不良物件の処置についてとかは…。もっとやりがいのある仕事を持ってきても
らえないと退屈でたまらんよ、まったく。」
「よくおっしゃられている世界征服とかですか?」
 クスリと笑って彼女が合いの手を入れる。
「そうだな…、どうだね、ベスパ君。今夜あたり食事でもしながらその具体的
な計画でも語り合わないかね?愚かなる人類をどうやって征服し、支配してい
くかをゆっくりと…」
「またご冗談を。お誘いは有り難いのですが、私のようなものと妙な噂をたて
られでもしたらお困りになりますよ。それにこのあと妹を迎えに行ってやらな
ければならないので申し訳ありませんが…。ところでこのあとの南武グループ
の方々との会見についてですが…」
 強引に仕事の話に戻され、彼は軽くため息を一つついた。
「やれやれ、またあの連中かい?以前何度か取引はしたものの、最近プロジェ
クトの失敗から不正が発覚して以来落ち目になっていたはずだがね。生き残り
をかけてうちにすがって来たというわけか。無能な奴らには用はないというの
に…。まあこれも仕事だというなら、会ってやるとするか。」
 そう言って優太郎は席を立つ。部屋を出ていく彼の背中を見ながら、彼女も
軽くため息をついて後を追った。
 
 その日の午後である。
「…優太郎様、それでは私はこれで失礼させて頂きます。」
 本来の就業時間が終わる少し前にベスパが挨拶に来た。
「妹さん、パピリオ君だったかな、今日から小学校だったね?最初に会って以
来だと思うが、元気にしているかね?」
「はい、マセた妹ですが、それはもう。今度学校に通うことになったときも、
口では文句を言っていましたが随分楽しみにしていたようです。芦様にもいろ
いろとお口添えを頂いて、妹共々本当に感謝しております。」
「ははは、それは良かった。まあこれで、妹さんも寂しい思いをしなくて済む
だろうね。とにかくあまり遅くなってはいけない。早く迎えに行ってあげたま
え。」
「あ、はい、ありがとうございます。それではこれで…。」
 珍しく笑顔で送り出されて、少しあわてた様子で帰っていくベスパを見送っ
た彼はため息を一つついて社長用の椅子に深く身を沈めて目を閉じた。
「…退屈だな…」
 外からの光が射さなくなり、明かりを点けずにいたために徐々に暗くなる社
長室で芦優太郎はつぶやいた。


 もう夕暮れも近いとある学校の正門前、その門の陰であまり目立たないよう
にベスパが立っていた。小学生らしい子供達が三々五々、それぞれ連れ立って
下校の途についている。校門から出ようとしていたその中の一団の一人が、彼
女に気が付いて声を上げた。
「ベスパちゃん!迎えに来てくれたんでちゅか?」
 そう言うとその子は他の子供達に別れを告げて、外で待っていたベスパに駆
け寄った。
「パピリオ!遅かったわね。初めての学校はどうだった?早速友達はできたみ
たいだけど、まさか先生を困らせたりはしなかっただろうね。」
「失礼でちゅね。子供じゃないんでちゅからそんなガキっぽいことしないでち
ゅ。今日の所は私の色香に迷った男子達をちょっと半分ほどペットにしただけ
でちゅよ。ちょろいもんでちゅ。ところでベスパちゃん、芦様は今日もお元気
でちたか?機嫌良さそうなところを見ると今日も本性がばれずに無事お仕事が
終わったみたいでちゅけど、普段の乱暴な性格が知られでもしたらせっかくお
側で働いているのに芦様に嫌われ…」
 そこまで言ったところでパピリオはベスパに頭を殴られた。
「余計な心配するんじゃないよ、ったく、マセガキなんだから。そういう調子
で他人様に迷惑かけなかったかって言ってんの。大体芦様は私たちの大恩人だ
し、住んでる世界も違うんだよ。滅多なことを言うもんじゃないの!まったく、
しょーもないこと言ってないで、ほら、帰るよ。」
 どうやら秘書をやっているときはこういうノリは隠しているようだ。パピリ
オはまだ何か言いたげだったが、半ば強引にベスパにその手を取られて渋々歩
き出した。ちょうどその時、二人に横から声がかかった。
「なぁに、ベスパ、あなたも来てたの?」
 そう言った女性は、急いで来たらしく少し息を切らせている。
「ルシオラちゃん!」
「姉さん!」
 やって来た彼女に、パピリオが駆け寄った。
「なんだ、結局姉さんも来ちゃったの。でも大丈夫?SEって暇じゃないんで
しょ?うちは最近特に力入れてるみたいだし、こんな時間に出てきて良かった
の?」
「まあね。確かにあなたが来てるなら早退してまで来ることもなかったかもし
れないけど。ま、今日ぐらいいいじゃない。パピリオ、ちゃんといい子にして
た?」
「もう、ルシオラちゃんまで。あんまりバカにしないで欲しいでちゅ。ルシオ
ラちゃんこそ、ペチャパイで性的魅力に欠ける分ちゃんと仕事しないと将来こ
まるでちゅ……っ!」
 今度はルシオラに殴られたパピリオが頭を抱える。
「お、大きなお世話よっ!これでも群がってくる男どもを追い払うのに苦労し
てるんだからねっ!今日だってその内の何人かに仕事を頼んで…、って、どう
でも良いでしょう、そんなことは。そういう調子で人に迷惑をかけてないかっ
て…」
 と、ここでさっきと同じような話になって来たので、ベスパが仲裁に入った。
「まあまあ、それはさっきも言っといたから。それよりせっかく一緒になった
んだから、食事でもして行こうよ。」
「え、ええ、そうね。おなかも減ってきたしね。ほらパピリオ、行くわよ。」
 二人は二回も殴られてまだ頭を抱えているパピリオの手を取って、引きずる
ようにして歩き出した。

「…で、どうなのルシオラ。誰かいい人でも出来た?秘書課の方でも評判よ、
社内の男どもがコンピュータ関係の問題を見つけてはあんたの所に持ち込んで
くるらしいじゃない。」
 三人で仲良く帰る道すがら、ベスパが聞いてきた。
「べ、別に関係ないじゃない。今はそんなこと考えてる余裕ないし、仕事も忙
しいし。それに…、」
「それに?」
「なんだかぴんとこないのよね。みんないい人達なんだけど、口説いてくる方
法だってみんな同じような感じだし。」
「ふうん、それでみんな気に入らないわけ?実際の所、どうなのよ。以外と誰
か意中の人がいたりするんじゃないの?」
「バ、馬鹿ね、いないわよ。そ、それよりあんたの方はどうなのよ。せっかく
念願の芦様付きの秘書に配属されたんでしょう。何かいいことがあって?」
 逆襲とばかりにルシオラは嬉々として聞き返した。
「な、そんなことあるわけないでしょう!?べ、別にそんなことを目的に仕事
してるわけじゃないし、芦様だってあたしのことなんか何とも思ってらっしゃ
らないし、第一あの方とは住む世界が違いすぎるんだから。そりゃ、お側で仕
事出来るのは嬉しいけど…、もう、変なこと言わせないでよ!」
 ベスパが真っ赤になって抗議する。相当慌てているのがわかる。こういう話
題の苦手な妹のことを考えて、ルシオラはそれ以上の追求はしないことにした。
「そうね。でも芦様はあまり些細なことに囚われるような方ではないわ。時に
は自分の気持ちに素直になることも大切よ。まあ、あの方の気持ちがどうあれ、
あなた自身のことだもの、どうするかはあなた自身がよく考えて決めるのね。」
「う、うん。」
 ベスパは顔を赤らめたまま、珍しく素直にうなずいた。
「大丈夫でちゅ。芦様だって生身の男でちゅ。女の武器を使ってせまればいち
ころで…」
 今度は二人から同時に殴られてパピリオはうずくまった。
「まったく、なんでこんなにマセた子になっちゃったのかしらね。一体誰に似
たのかしら。…あ、…」
「どうしたの?」
 ふいに立ち止まったルシオラを二人が振り返る。
 いつの間にか、ビルの谷間から夕焼けが覗いていた。東京では珍しく、真っ
赤に西の空を染めている。
「きれい…」
 夕陽に見入るルシオラに、二人もしょうがないという風に顔を見合わせて、
しばし足を休めて付き合うことにした。
「ふうん、東京でも夕焼けが見られる所があるのね。結構いいじゃない。」
「ええ。それもあとわずかしか見えないけれど。」
「『昼と夜の狭間。短い時間しか見れないから美しい。』だろ?昔から言って
たもんね、あんた。『いつか素敵な人と一緒に夕陽を見たい』だっけ?相変わ
らず夢見る乙女というかなんというか…」
「う、うるさいわね!別にいいでしょ、それくらい?」
「そりゃ、構わないけどさ。で、その『素敵な人』っていうのはいるわけ?ど
うなのよ?」
 解ってはいるが、ベスパはさっきの仕返しとばかりにルシオラを追いつめる。
「そ、それは…、だからいないってさっき言ったでしょう。」
 今度はルシオラが小さくなる。
「だから、あんたも人のことばかり言ってないでちょっとはいい男を捜したら、
ってことよ。もういいでしょ、早く行きましょ。」
 とりあえず一本返して満足したベスパは歩き出した。
「ええ、そうね…、でも…」
 もうすでにほとんど沈みかかった太陽を、彼女はもう一度振り返った。
「前にも、誰かと夕陽を見たような気がするのよね…」
 何かを思い出すようにそうつぶやく声は、あいにく二人には届かなかったが、
ルシオラは夕陽の最後の残照を確認してから歩き出した。
そんなルシオラを、パピリオが驚くほど大人びた顔をして見つめてていた。そ
の横顔は、彼女が何かをすべて知っているような、そんな錯覚を覚えさせる。
『ルシオラちゃん、相変わらずの少女趣味でちゅね。いい歳して困ったもんで
ちゅ。でも…』
 太陽が沈んだあとの西の空をちらりと見やった後、パピリオも二人の後を追
って歩き出した。歩きながら、ふと気付くと大分先で二人が彼女を待っている。
『でも…、いつかかなうといいでちゅね。きっと、きっとかなうといいでちゅ
ね。』
 向こうで二人が呼んでいる。パピリオはそれに手を振って答えると、いつも
のように元気よく駆け出した。
 夕空はすでに暗くなり、紫色から夜の漆黒の空へと変わりつつあった。


 その夜の芦不動産の社長室。
 社長であるはずの芦優太郎は残業していた。
「さて、あとはうちの抱える不良債権のうちの霊的不良物件の処理だな。これ
はやはりプロのGSを雇うしかないが、さてどうするか…。資料がいるな。」
 彼は端末機『ハニワ’99』を操作して、芦グループのホストコンピュータ
『土偶羅魔具羅』にアクセスする。しばらくして彼の下にGSのリストが届い
た。それらに目を通しながらも、彼は残った雑事を次々と片づけていく。
「オカルトGメンには依頼しないとして、一流のGSが何人かいるが、どうや
らこの除霊事務所が最適かな。その分ギャラはかさむだろうが確実だろう。
 ん?これは…、『※注意』?なんだろう…。『近付くな。金を取られる』。
…。なんなんだ?これは…」
 とりあえずその資料をプリントアウトして、彼は帰り支度にかかった。
「よくわからんが、とにかくあとは来週にしよう。
 さて、帰って引っ越しの準備をしなければな。ワープ引越センターにはベス
パ君から連絡済みだ。あとは明日、休日の朝だというのに早起きをするだけか。
ま、そのためにも早く帰らなければならないな。」
 彼はさっさと支度を終えると、明かりを消して部屋を出た。
 現在誰もいない部屋にあるのは、優太郎のデスクだけである。その上に残さ
れた、たった今彼が見ていた資料の一番上には、若い女性の写真があった…。

                             (終わり)


今までの 賛成:3 反対:1
コメント:

[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa