ザ・グレート・展開予測ショー

頼みごと????


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 5/21)


 ………静けさ。
 まさに水を打ったような静けさだけが、その場を支配していた。尤も実際にうたれたのは水ではなく氷であったわけだが…。

――「……チッ、逃がしたか」――
 その場には雪之丞の呟きに対する返答すら無かった。
 さっきの魔物の気配がもはや周囲に無いことは、横島にも歴然と感じられたからだ。
 恐らく滝壷中を凍らせた吹雪は、彼女の仕業だったのだろう。
 自らを閉じ込めていた氷を、逆に逃げる時間を稼ぐ目眩ましに使ったのだ。
 それにしても『凍』の文殊で絶対零度近くまで急冷された分厚い氷の壁を破るとは……
 横島の思考はそこで中断された。
 もとより思慮に向いた性格でもないし、それ以上に、いま起こすべきアクションが見つかったからだ。
「オイッ! 雪之丞ッ! おまえ、ヘタすりゃ、俺が氷漬けになるところだったじゃねーかッ!?」
 横島の叫び声が、氷張りの滝壷に反響する。
 そう、今すべきこと。それは先程の雪之丞の行動への抗議。
 なにせ横島がもう少し滝の近くにいたら、膨張した氷に巻き込まれていた可能性があるのだ。
 そうなっては、当然魔物ならぬ身では、氷漬けにされて脱出することはおろか、生きられるかすらも危うい。
 やっと頭の中で事実の関係式が繋がった横島は、今更ながらに冷や汗をかいたりしている。
「ぁん? まぁ、ンなこたぁ、どーでもいーじゃねーか。別になんともなかったんだろ?」
 これが友を生命の危機に陥れた者の吐くセリフだろうか。
 物事何でも結果オーライで良ければ、法律は要らない。
 いや、法律なんぞを持ち出す前に、目的のために友を犠牲にするというのはマズいだろ。人間として。
 しかもその上で、魔物を駆除するという目的まで果たされて無いだろ。結果として。
 横島は眼差し(まなざし)で抗議の意を雪之丞に訴えるが、そんな横島の想いを知ってか知らずか、向こうは不敵に腕組みをして氷の上を歩み寄って来る。
 横島は雪之丞が氷の滝に空けられた風穴を乗り越えようとした頃合を見計らって噛み付いて(激しく抗議して)やろうと思っていたのだが、その瞬間、雪之丞の方に先に口を開かれてしまった。
「だいたい、ハナっからおまえがヤツを逃さなけりゃ良かったんじゃねーか」
 それを言われると横島は二の句が告げない。
 確かに子連れであることに驚いて、思わず声をあげてしまったのは失敗だった。
 しかし、いくら魔物と言えども子連れの母親を痛めつけることなど出来るはずが無い。
 しかも……美人。
 横島にとっては、ますます以って不可能な話だ。
「ンなこと言ったって……」

 ミィ―――! ミィ――――!!

 今度こそ抗議のための口を開くことが出来た横島だったが、それも途中で意外な方向から遮られた。
 洞窟の奥にある窪みから、白くて小さなものが一匹、顔だけ出して精一杯の声を張り上げたのだ。
「………そういう……ことかよ………」
 雪之条は、その様子を一目見て呟いた。
 残念ながら、もはや横島の抗議は必要なくなったようである。



「……つまり、ヤツは逃げようとしたところでガキが一匹足りない事に気付いて、引き返そうとしたってわけか」
 横島から事の一部始終を聞いた雪之丞は、仏頂面のまま視線を横島の手の上に落とす。
「……それで、おまえの放った『凍』の文殊に、まんまと氷漬けにされたってわけだよ!」
 先程十分に抗議できなかったせいか、横島の口調は微妙に怒気を含んでいたが、それに動じる雪之丞でもない。
 ただ腕組みをして、じっと横島の手の平に載せられた白い生き物を眺める。
 ――姿形はトカゲのようで、体にはウロコがついている。
 ――ただ一点、違う所は、「ミー、ミー」鳴く際に開閉を繰り返す頭の付け根辺りの切れ目。どうやらエラのようだ。
 ――ということは、この生き物は人間界で言う『サンショウウオ』のようなものだろうか……。
「で、どうすんだ?」
 シビレを切らした横島が、黙りこむ雪之丞に問いかける。
 雪之丞は横島の方に顔を向け、何かを考える風に、横島の顔をしげしげと眺める。
 横島も雪之丞の目をまっすぐに見据えて、その反応を見守る。
 しばらくして。雪之丞は軽く溜息をつき、「ヤレヤレ」といった感じで頭を横に振りながら横島の問いかけに答えた。 
「まぁ、考えるまでもねーだろーな」
 その発言内容のわりには長く考えていたように見えたが、無表情な顔からは事の真偽を計ることも出来ない。
「コイツがココに居る限り、さっきの母親はきっと取り戻しに来るはずだ。その時に仕留めりゃイイ」
「な………っ!!」
 雪之丞の返答は、おおよそ横島が考えていた内容とはかけ離れたものだった。
 それに対して横島は火のように猛烈な勢いで反論する。
「おまえ、いくら魔族っつーたって、仮にも子連れの母親だぜ!? 子供の居る前で親を仕留めるって言うのか!?―――それに、親が居なくなった後、コイツらはどーすんだ!? だいいち、そんな人質をとるようなマネをするのか!!??」
 いささか混乱気味だが、ともかく魔物の母親を殺したくないという意志だけは、バッチリ伝わる発言ではある。
 しかし、それでも雪之丞の態度が変わることはない。
「関係ねーな。GSの世界は信用を失っちまったらオシマイだ。俺はどんな手段をとっても依頼は遂行しなきゃなんねぇ。喩えそれが俺のやり方に反していてもな」
 そう言って、横島の前に手を差し出す。
「さて、おまえはもう、そいつをコッチに寄越して帰っちまっていいぞ。ヤツをおびき出すエサを手に入れただけでも、依頼を達成するための役目は十分果たしたからな」
 雪之丞は先程から凶悪なセリフを並べ立てつつも、眉一つ動かさない。
 一方の横島は、魔物の子供を後ろ手に庇って、怒りも顕(あらわ)に叫ぶ。
「渡さねェッ! てめーにゃぜってー渡さねェぞ! コイツの親だって殺させてたまるかッッ!!」
 叫び声は洞窟中に反響し、滝壷の空間にも響き渡った。
 直後に訪れた静寂の中、滝の氷が水圧に耐えかねてか叫び声に共振してか「ピキピキ」と音を立ててヒビ割れ、そして派手な音を立てて瓦解(がかい)していった。
 再び滝壷の空間に滝の水音が轟く(とどろく)。
「………そうか」
 まるで滝の音が戻るのを待っていたかのように、雪之丞が口を開いた。
「じゃ、いいや。おまえに任せた。説得が通じるほど知能の高いヤツには見えなかったが、おまえのやり方でやってみればいいさ」
「………は?………」
 雪之丞が突然軟姿勢をとったので、横島はいささか拍子抜けし、間の抜けた声を上げた。
「ここで仲間割れしててもしょーがねーだろ。今のおまえを敵に回すのは、ショージキ得策とは言えねーしな。その代わり上手くいかなかった場合は、依頼を達成するまで責任を持って何度でも手伝ってもらうぜ」
「…………」
 横島は雪之丞の発言に、ただコクコクと頷くのみだった。
 自分の好きにやらせてもらえる以上、横島に反論する理由は無い。
「それじゃ、ここはおまえに任せた。俺は帰るから結果はケイタイに連絡入れてくれ。番号は知ってんだろ?」
 横島はこれにもコクリと頷きかけて、ふと、その動きを止めた。
「……帰る!?」
 雪之丞はいま、確かに『帰る』と言った。
 しかし横島ならずとも、これは聞き返したくなるところであろう。
 なにせこの依頼は元々雪之丞が受けてきたものなのだ。
「ああ。俺がココに居てもしょーがねーだろ。おまえとは方針が違うわけだし、どのみち説得なんて俺向きの仕事じゃないしな」
「……ま、まぁ、そうだけど――――」
 言われればそれも尤もなのだが、他人に自分の依頼を任せて帰ってしまうというのは、なんか違うのでないだろうか。プロとして。
 横島は思いっ切り渋い顔をしてみせるが、最早言うまでも無く。雪之丞の前では何の役目も果たさない。
「じゃ、せーぜーがんばるんだな」
 雪之丞は最後に、本日最高の無責任なセリフを残して、今は再び轟音を立てる滝を背に、振り返る事も無く山を降りていった。

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