ザ・グレート・展開予測ショー

頼みごと???


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 5/16)

「しょーがねー。行って来るか」
 横島も本当は諦めなどついていないのだが、このままここにつっ立って溜息をつき続けていても始まらない。始まらなければ、当然この気乗りしない状況も終わる事は無い。
 魔族相手と言うことだが、所詮は下級。しかもイザとなったら向こうの方が逃げてくれるらしいので、取り敢えず命を落とす心配まではなさそうだ。……間違って滝壷に落ちでもしない限りは。
 横島は気力を奮い立たせ、しかし肩は落として歩き出そうとした……が。
「あ、ちょっと待て!」
 雪之条に呼び止められて、折角の気合を挫(くじ)かれる。
「…ぁんだよ!?」
 せめてもの腹いせに、振り返って飛び切りのジト目で睨む。
 しかしそんなささやかな抗議も、この男の前では何の意味も為さない。
「予備の文殊、2〜3コ置いてっとけ。おまえがしくじった時には、そいつでサポートしてやっから」
 何食わぬ顔で、雪之条。
 っつーか………。
 俺がしくじったら……って、そもそもこの仕事はコイツが責任を持って処理すべきものではなかったろーか。
 しかも俺の文殊を使ってサポートして『やるから』とは何事か。
 横島は心の中で悪態をつきながらも、それを声に出すことはしなかった。
 しかし、それでも黙っては居れない事とゆーものもある。
「……おまえ、必要な時に俺が文殊を出せなかったら、美神さんにどんなメに遭わされるか知ってるか?」
 横島が出せる文殊の数には限りがある。
 ここでの仕事が安全であっても、文殊を使い切ってしまうことで間接的に生命の危険となっては意味が無い。
 しかし雪之条は、人のそんな切実な思いを知ってか知らずか、平然と切り返す。
「コッチでも必要なんだから仕方ねぇだろ。まぁ、心配すんな。イザって時には俺が美神の旦那に文殊を使い切った理由を説明してやるから」
 雪之条が美神に事情を説明するような時には、横島は既に生死の境を彷徨(さまよ)っていると思うのだが……。
「…………」
 横島が渋い顔をしたまま文殊を出すのをためらっていると、雪之条はさらに言葉を付け加える。
「大丈夫だ。予備っつったろ? たぶん使わねーし、そん時ゃ、おまえに返すさ」
 何故そちらを先に言わないのか。何故『たぶん』なのか。
 つっこみどころは満載なのだが、どーせつっこんでみたところで大した成果は期待できない。
 横島は観念して右手を握り締め、意識を集中する。
 再び開いた横島の右の手のひらには、6つの珠(たま)が載せられていた。
 横島はそのうちの3つを掴み、雪之条に投げつける。
「ホラよっ、半分!」
 けっこう高速で飛んできたそれらを、雪之条は両手で器用にキャッチして、言う。
「おうッ。じゃ、ま、がんばるんだな」
 ……コイツ、このまま文殊ネコババして帰るつもりじゃねーだろーな?
 あまりにも他人事な雪之条の応援に疑惑の眼差しを向けつつも、流石(さすが)にそれもないだろうと思い込むことにして、横島は滝壷へ向けて歩き始めた。 



「警戒が厳重なんだかザルなんだか………」
 滝の近くの茂みから顔を出した横島の口から、まずは率直な感想がこぼれる。
 無理もない。
 滝壷の周辺には、風景が歪むほどに強力な――そしておそらくはある程度物理的な――結界が施されているにも拘わらず、瀑布越しにうっすらと見ることの出来る当の魔族はと言うと、どうも滝の向こう側を向いてかがみこんでいるようなのだ。
 こちら側を意識している様子は微塵も感じられない。
 もし見た通りであるならば、相手に見つからないように結界を解除するという作業は案外簡単なものになりそうである。
「魔族があんなところで何してんだ? ……滝行か? ……なんか、向きが違うような気もするけど」
 気が軽くなると、口も軽くなる。
 横島は余裕の独り言を残してその場から立ち上がった。
 何の気なしに滝の方に歩み寄ってみるが、案の定、例の魔族が反応する気配は無い。
 堂々と歩いて滝壷の周囲の淵までたどり着く。
 真下から見上げる滝はまた一層高く、水量も多く感じる。
 何より、滝壷を眺めていると、数メートルの距離がありながらも、今にも自分がそこに落っこちてしまうかのような恐怖を感じる。
 瞬間、横島は滝壷から目を離す。
 身震いがするのは滝の水しぶきによる冷気のせいだけではないだろう。

 しばらくして気を取り直し、もう一度滝壷を観察する。
 瀑布の向こう側に、洞窟のように少し窪みになった場所がある。
 どうやら魔族は滝に打たれているのではなく、その窪みの中にいるらしい。
 その周囲に球状に張られている積層結界が、その屈折率の違い――つまり風景の歪み――から視認できる。
 横島はオカルトの知識は浅いので詳しいことは分からないが、頑丈そうな結界であることだけは理解できた。
 屈折率がむちゃくちゃ高いのだ。それを考えると今は自分と同サイズくらいに見える魔族も、実は遥かに小さいのかもしれない。
 しかしまあ、考えていても仕方が無い。
 これほど近づいても相手はこちらに気付いていない様子なので、ガケ沿いに滝の裏側へと接近する。
 滝の裏側と言えども、水しぶきは容赦なくかかり、すぐにズブ濡れになる。まるで大雨の中にいるようだ。
 目もロクに開けられず、例の結界が迫っているのに目前で気付いて冷や汗を流す。
 おそらく触ってしまっていたら、中の住人に気付かれ、逃げられていただろう。。
 いや、それだけなら良いが、これだけ高出力の結界では触って無事で済む保障は無い。
「アブねー、アブねー」
 低く呟いて、気を落ち着かせる。
 そして、おもむろに文殊を出し、ちょっと悩んだ後『解』の文字を込める。
「これで――――」
 文殊を結界に押し当てる。

キイイィィィン!!

 翡翠色の小球が淡い光を放ち、結界が解けて……
「何だ? ………水? ひょっとして、この結界って……」
 結界が消えた後から大量の水が流れ出て、横島の足元を滝壷の方へと横切って行った。
「ひょっとして、『解』じゃなくて『融』の方が良かったのかな?」
 どうやら結界は呪的に強化された氷で出来ていたらしい。
 しかし『とけて』しまった今となっては、どちらでも良いことである。
「さて、どうやらまだ気付かれていないようだし、出会い頭で行くか」
 滝壷の洞窟内からは死角となる、その入り口の壁に背中をつけて隠れ、右手に霊波刀を出現させる。
 そして、心の中で数を数える。
 1……2……3ッ!

 無言で洞窟内に踊りこんだ横島は、右手に持った霊波刀を大上段に振りかぶってターゲットに狙いを定めようとした。……が。
 うずくまるターゲットの体の陰で、何か白くて小さなものが蠢いているのに気付き、瞬間、その動きを止める。
 蠢く物体は一つではない。数体がひしめき合うようにターゲットの体の陰に隠れて………
「………!! 子供ッ!?」
 横島は言ってしまってから「しまったッ!」と慌てて手で自分の口を塞いだが、時既に遅し。
 ターゲットは一瞬「ビクッ」としたような素振りを見せたが、次の瞬間には子供と思しきものを小脇に抱え、矢のような勢いで洞窟を飛び出していた。
 横島は反応することも出来ず、ただ目だけでターゲットの動きを追う。
 しかし速過ぎて、その姿を捉える事も出来ない。
「ちくしょッ!」
 横島が見たのは子供の姿だけ。これでまんまと逃がしてしまっては、雪之条に何を言われるか分かったものではない。
 とは言え、そんなことに考えを巡らす間にも、ターゲットは滝の瀑布を突き抜け、脱出を完了するところだった。
 人間である横島に、それを追って滝に突っ込むことなど出来るわけも無い。尤もこの場に美神がいれば、出来る出来ないに拘わらずやらされることになっていただろうが。
 横島はターゲットの追跡を諦め、雪之条の情け容赦ない追及を覚悟した。しかし、その瞬間―――
 信じられないことにターゲットが滝の中で踵を返してこちらに向き直った。しかも―――

キイイィィィン!!

 突然、横島の視界が真っ白になる。
 同時に目の前のターゲットの動きが完全に止まる。
 横島には、一瞬なにが起こったのか分からない。
 しかし横島の目は初めて捉えたターゲットの全体像に釘付けになっていた。
 人型で、身長は1メートルくらい。
 体は上から下まで真っ白で、ウロコのようなもので覆われている。背中には羽も生えているようだ。
 しかし最も横島の目を引いたのは、大きく膨らんだ胸と、人間なら飛び切りの美人に類する……顔。
「お………」
「そこまでだ! 引導を渡してやるから大人しくしてな!」
 横島が何らかのリアクションを示す前に、ターゲットを挟んだ向こう側から聞き覚えのある声が響いてくる。
 ……雪之条。
 ターゲットを閉じ込めている白い壁に阻まれて姿は見えないが、間違いない。
 この白い壁自体も、雪之条が『凍』の文殊で滝を凍らせたものだったのだ。
 外で待ち伏せしていたというのは、横島を信用していなかったということだろうか。
 まあ、あのまま帰ってしまうよりは遥かにましな対応と言えるか……。
 ……いや、まて、そんなことより―――
「やめろッ! 雪之条! そいつは………!!」
 横島はターゲットが子連れの母親であることを思い出し、しかし当初の目的――観光資源に住み憑いた魔物の駆除――はすっかり忘れて、雪之条を止めようとする……が。

パキイイィィン!! ビョオォォォオ!!

 横島が心配するには及ばなかった。
 堅固に見えた氷牢が突然粉々に砕け散り……と言うより氷粒に分解し、吹雪が周囲を渦巻いたのだ。
 素肌に容赦なく当たる氷礫(こおりつぶて)に、横島はたまらず腕で顔を覆う。
 吹雪は滝壷の周辺を容赦なく吹きすさび、身も凍るような低温が横島を襲った。


 しばらくして氷の嵐が止み、横島がそっと目を開けた時に見たものは、
 土手っ腹に巨大な風穴を空けられたまま未だに凍りつく滝……イヤ、滝だけでなく滝壷の淵全体まで凍りついている。
 風穴の向こう側には間抜け面をした雪之条――尤も横島も人のことを言えた顔ではなかったろうが――
 ……それだけだった。
「……チッ、逃がしたか」
 滝の音が止まり、異様に静かに感じる滝壷の空間で、雪之条の呟きだけが強く耳に響いた。


つづく

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