終曲(渇水)
投稿者名:AS
投稿日時:(02/ 5/11)
ー終曲ー
静かだが。
一面の氷に囲まれてるかのような、冷たくて窮屈な空気。
そんな空気が、その『二人』を取り巻いていた。
『あれで・・・良かったのか?』
ドサッ・・・と、副会長は魔城内部の壁に背をもたれさせ、そのままズルズルと腰を床におろした。
『ま、性分ですから』
口調は軽い。
しかしその表情には・・・見る者が見れば判る、『昏い陰』が色濃く見て取れた。
ゴソゴソとスーツの内側、縫いつけられたポケットから小さめの酒瓶を取り出す。 フタを開けると彼はそのままグイと口づけて、その液体を喉奥へ流し込みはじめた。
この場にはもう、雪之丞と陸奥季はいない。
狼牙が持つ魅了の力・・・それが今は勘九郎の強烈な意志力によってほぼ封じ込まれている。 もはや、雪之丞が再び一匹の獣となる事は無いだろう。
酒を浴びるように飲みほしながら、彼は回想を始めた。
「休みてぇだと!?」
「はい」
雪之丞は一瞬、手を副会長の胸ぐらへと伸ばしかけたが、かろうじてその手を引っ込めた。
あれから、一時間弱というところか。
狼牙の持つ『力』を、自分の意志で使いこなせるようになった雪之丞は、そのヒーリング力をフルに引き出し、自らの肉体を完全に再生させていた。
「・・・どういうつもりだ? 確かに俺がヘマした尻ぬぐいをさせちまったのは認める。 だが・・・」
その言葉を雪之丞が言い切るより早くに。
副会長が口を挟んだ。 口元には、人を小馬鹿にするかのような、いつもの小憎らしい笑みが浮かんでいる。
『おや〜〜? ひょっとしてジョ〜ちゃん、まだお守りが要るとか言いたいんですか〜〜〜?』
その瞬間。
元より釣り目気味の雪之丞の眼が、一気につり上がった。
「好きにほざいてろ! 俺は行く!」
怒りに紅潮した顔のまま、雪之丞は身を翻した。
駆け出す。
「あ、雪之丞さん!? ・・・え、えと・・・」
陸奥季は惑った。 あたふたと慌てふためく彼女の様に苦笑して、副会長は先へ行かせるよう、指示をする。
「彼のサポート、お願いしますよ、陸奥季さん」
陸奥季はその言葉を聞いて、既に姿の見えなくなった雪之丞の行った方向を見やる。 一度だけ副会長の方へと振り向いてから、陸奥季も走りだしていった。
「ふぅ・・・」
酒瓶を口から離すと、副会長は侍の男を見た。
「貴方は・・・行かないんですか?」
侍の男は表情を変えぬまま、静かにポツリこう答える。
『看取る者も・・・要るだろう?』
ーー途端。
天井から、赤い『何か』が落ちてきた。
球状の形をした、赤い何か。 それが床と接触した瞬間。
・・・むせるような、濃い血の匂いが場を覆った。
『これは・・・』
流石に男も、言葉を失う。
「僕の『血』ですよ。 ・・・『力』を使って匂いを消した後、天井に張り付けて・・・けど、もう無理みたいです・・・」
力無く、彼は笑った。
「今から話す事は、ただの独り言。 聞き流してくれて・・・構いません・・・」
酒瓶が、彼の手を離れコロコロと転がる。
「僕は、何というか・・・水を使う類の使い手の中で、邪道を好むタイプだったんですよ。 酒も平気で飲むは、麻酔やら痺れるような薬に拘ってて、正道をおろそかにしてたんです。それから段々と、裏の仕事に手を染めるようになって・・・」
(そして・・・彼女と逢った)
彼女、美神美智恵。
邪道。しかし天才と呼ばれて、いい気になっていた自分を初めて打ち負かした存在。
戦闘も策略も・・・彼女は自分の数歩先を常に歩いていた。
彼女のおかげでどれだけ変われたかすら、分からない。
既に夫がいるなどと聞いた時には、ショックを受けて、吐いたりもしたが、それでも赤の他人として見るには遅すぎた。
実の娘に、消息を隠す根回しから、放火魔として社会的に抹殺されそうな荒事まで請け負った。
「ま、純情な青年の軽〜い爆走というヤツですよ。 ・・・さ、もう行ってください」
侍の男は、最後まで無表情なまま・・・最後にこう訪ねた。
『お主・・・名は?』
「教えたげません。 彼女に聞いてください」
口に微笑を浮かべて、侍の男は姿を消した。
「さて、と・・・」
独りになると彼は、脇腹に開いた穴から流れる血に濡れないよう、気をつけていた一枚の写真をポケットから取り出す。
そこには輝くような笑顔の、大切な『彼女』がいた。
「恥ずかしくて・・・一人の時にしか・・・」
彼は、笑った。
笑ったまま、凍った。
今までの
コメント:
- 「これで雪之丞のお話は一段落・・・内容について、あえて多くは触れません。ともかく感想頂けたら嬉しいです」 (AS)
- 遂に雪の丞は無事に元に戻れたようですね。しかも戻るとすぐにいつもの彼らしい行動派な一面を見せてくれました(笑)。果たして彼の補佐役としてあの大人しい陸奥季が適任だったか、今後が見ものです。そして今回最も衝撃的だったのが副会長の死ですね(汗)。彼が人知れない胸のうちを明かす場面が印象的でした。 (kitchensink)
- 感想は一通りお耳に入れてありましたので、オレも独り言を。
彼の基準でいくと、はたしてGS作中のどんな人物の能力が正道になるというのか?
はっきりいって麻酔とか幽霊にあんまり効かない分なんでもかんでもやりたい放題。
極端に純真だったばっかりにモラルの折り合い見誤って邪道に寄った過去を想像する。
納得して逝ったようでもあり、彼女というカタチでこの世に未練が残ったようでもある。
最期まで、この男は相反する二つの要素をほのめかした。
それはまるで、亡骸を見られまいとする猫の習性のように、心の在処だけ永久に消えた。 (ダテ・ザ・キラー)
- 最後の最後、それこそ死の間際に胸のうちを零す瞬間にすら、生の感情をあらわにしない男。出来ない男でしたね。
彼は満足して逝ったのか。それとも、諦観に囚われていたのか。
もしかしたら、それは彼自身にも分からない事なのかもしれません。 (黒犬)
- 好きになって。でも、そのひとの隣には、ちゃんと相手がいて。諦めて。それでも、好きでい続けることをやめられなくて。
心って、ままならないものですよね……。 (猫姫)
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