ザ・グレート・展開予測ショー

GEKKOH〜虹の巻・章の参「其は刃の心もちたるベーオウルフ」


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 4/18)

闇夜に、微かな月の光を受けて鮮やかに浮かぶ三つの狼の瞳と、虚空舞う二振りの刀。
その中でも闇色の光を宿す双眸と、丹念に磨きこまれた刃が勝利の瞬間に歓喜していた。
ザシャアアアアアアァァァッ
研ぎ澄まされた独眼と、血と脂に汚れてくすんだイブシ銀の光を撒く刃は――生きていた。
ドスッ
半ばから折り飛ばされ、敗北したのは両目が輝く男のほうだった。
――何故だッ!?
敗れた男は困惑した。彼の用意した一計は完璧に成功していた。
片目の光を失った、相手の男の死角へと回り込みながらの牽制を繰り返し
決着の一撃を仕掛けると見せかけてその深い踏み込みで慣性を殺し
それまでとは逆方向へ動く。
これで相手の反応を振り切ったにせよ、読まれたにせよ、極限まで体勢を落として
刃を立て、突進する。あえて下段攻撃を選択したのは完全に即興の思いつきである。
これを的確に先読みすることも、左右に揺さぶられた感覚で捉えることも不可能な筈だ。
「お前らしくもない、犬飼……モタつきすぎだ。お前の『匂い』…もう捉えた」
落ち着いた調子で、犬塚は告げた。
誤解なきよう語るが、いかに人狼の嗅覚が優れていようと白兵戦時に
攻撃目標捕捉できるほど正確な位置の割り出しというのは情報が遅れすぎ、無理である。
この場合、犬塚は犬飼の存在感をその野性で認識することを覚え、脳を解さずに
霊魂でダイレクトに反応している、ということになる。
「敵わないな……とてもじゃないが。ここまで滅茶苦茶な奴が相手じゃ、な」
存在感などという不確かな要素に命を預けられる、犬塚の精神的な強者の資質――
非常に危うく、絶対的な強さ。それこそは侍が携えるべき心の剣だった。
「滅茶苦茶しなきゃならんほど、追い詰めてくれたからな」
犬塚とて命が惜しくないではない。ただ、彼には分のいい賭けに思えただけである。
「拙者はもう絶望した。殺せ。誇りに殉ずると誓った手前、罪人の辱しめは受けん」
犬飼の腰にはまだ脇差が下がっていたが、たとえ百回犬飼が犬塚を追い詰めたとて
結果は変わりはしない、百回とも犬飼が敗れることを、他ならぬ犬飼が痛感していた。
「…そうか……なら、捕まらなくていい。お前もこの好機を逃して、再びこの蔵に
近づけるとはよもや思っていまい?寂しくなるが、達者で暮らせ」
空虚な心持ちで、犬塚は呟いた。
「貴様、残酷なんだな。自分の無力を目の当たりにし、希望も潰えた男から死すら奪うとは」
武士道とは戦いに果てる道。死を奪われるとは武士の誇りを折られることに相違なく――。
「悪いとは思っているよ……だが、友を殺められるほど…俺は修羅ではなくなったんだ」
武士道とは修羅の道。心に鬼を飼わずして、決して名乗れぬ血の誉れ――。
「…幾ら元・最強の剣士といえど、刃も丸くなったようなのに負ける拙者の落ち度…か?」
「肯定すれば満足してくれるというなら、何万回でも聞かせてやる」
「頼もうか……」
「すまん。忘れてくれ…だが、今の俺が、戦いに生きれるほど勇敢ではないのは…本当だ」
必要としてくれる家族がいる。帰るべき場所がある。今、生きる価値がある。
自分に、ではない。世界に、自分が生きて存在してやるだけの価値が生まれたのである。
戦場とは魔境である。常識や理屈は通じず、それに頼る戦士は裏切られる。
生きる意味を見失い、自ら進んで命を投げ出す者が生き延びた――。
生を渇望し、生きるために恥を受け入れた者は帰ってこなかった――。
犬塚も、犬飼も、そうした戦場の魔の掟は知っていた。肌で感じざるえなかった。
だから戦場とは墓場、戦士とは生きた死者、戦とは死者の戯れと同じだった。
ただ一つ、誇りの存在だけが前者と後者を分ける。だから誇りを忘れた者から死ぬ。
誇りは命より重い。命を惜しんだ時、選べる戦士は不幸である――牙を折ることを――。
今の犬塚は、戦士の世界で語れば「ヤキがまわっていた」。死ぬのが怖い。
ドッ
瞬間、犬塚は我が目を疑った。
針を大きく、ちょうど長さが小太刀ぐらいになる程度に大きくしたような形状の鉄塊。
それが突き立ってる場所が、自身の右前腕だということすらすぐにはわからなかった。
ザギャッ、ブシュウウウウウウゥゥゥッ、パタタッ、
電光のようだった。
犬塚の大きな隙に、犬飼は脇差を抜くいとまも惜しんで犬塚の喉笛に喰らいついた。
血飛沫が紅い雨となって冷たい夜の空を舞い、血と唾液が混じったものが地に滴る。
完全に組みつかれた犬塚は刀を振る間合いもとれず、無駄にもがくだけだ。
お互いの口中は血泡が溢れ、何を言ってもごぼごぼと嫌な音を立てるだけだった。
ブヂッブヂブヂブチィィィィィッ
とうとう犬塚の喉の肉を引き千切り、犬飼は真っ赤な顔を強張らせたまま肉片を吐く。
「ハーッ……ハーッ……ハーッ……」
「流石は犬飼サンだ……残虐で完璧な手際ッスね…」
言いながら、黒装束から金色の尻尾をはみ出させた男がひょいひょいと近づいてきた。
「黙れ……拙者は負けたのだぞ…」
「ヘッ、またまた妙なこだわりを仰ル。犬飼サンのほうが世渡り巧いから勝利者なんデスよ。
オレに助っ人依頼しといた犬飼サンの、先見の明ってヤツですゼ」
「…その話はもういい。不愉快になるだけだ…依頼内容は違ったはずだしな………」
「そ・こ・が、サービス精神満点のオレを選んだ犬飼サンの見る目なんデスって。ホラ!」
そう言ってポン、と手にした一振りの刀を無造作に投げ渡す黒装束。
「ふむ…確かに頼んでおいた物のようだな」
受け取った犬飼はしげしげと刀を見ながら呟いた。黒装束は満足そうに頷き、言う。
「ンじゃ後金の支払いを……とも思ったんデスが、せっかくだから試し斬り見てみたいナ」
その視線は、大木によりすがって息も絶え絶えになっている犬塚に注がれていた。
「貴様…拙者に無抵抗な同胞を殺せと言っているのか?」
「オレって結構臆病なほうなんスよ。恨みもたれたまま見逃すなんて勘弁してクダサイ。
それに、こーゆーガッツあるヒトって死ぬまでチョッカイかけてくるんスよねー…」
何故か愉快そうな雰囲気さえ感じられる口調で、黒装束は言った。犬塚は苦しげに声を出す。
「……お…前が、間者………長老が…」
「フム、オレの存在承知で見張りが一人…?こいつァ敵サン、ハナから勝負捨ててマスね」
「そんなことは先刻承知だ。犬塚はかつての伝説的剣豪なんだからな」
二人は次第、重い口調になっていく。
「なるほど…そしてこう言うわけデスね。「賊を追っても被害が増えるばかりだ」と。
えー、と犬塚サン?お気の毒。アナタは血の気の多い連中を制止するための生贄だそうデス」
――なッ!?
胸中で叫ぶ。そんなことがありえるだろうか?しかし、長老は隠し事をしている風もあった。
「犬塚もこれで長老に義理立てする気も失せただろう。行くぞ、ガルム」
「…マ、いーデショ。雇われの身デス。従いますヨ」
「聞き分けが良くて結構だ」
グググッ
犬塚がゆっくりと、二本の足で目一杯踏ん張って大木から離れた。
「…おー……大和・ザ・グレート・魂………サムライってステイツのハニーよかタフネス…」
「勘違いもいいとこだ、犬飼……今、俺がここにいるのは確かに長老の命によるさ…
しかし…お前を止めたい意志は、お前とともに生きた他ならぬ俺自身のものだ。
お前を止める使命は、シロと約束した俺自身が俺に課したものだ…それが俺の『義』だ」
――さもなきゃどうして俺がお前を討たねばならんのだ?義理で俺がお前を斬れるか?
『義』とは、自分が信ずる正しきこと。決して上っ面だけの義理と同じものではない。
「そうか…訊くが、そのためなら八房にも挑むというのだな?」
「バカにするなよ犬飼……友と戦うことに較べたら、たかが妖刀さ」
たかが妖刀――人狼は月に代る高密度な魔力を秘めた物を携えなければ
昼間はなんの妖力ももたない狼である。そして普通は高価な精霊石など手に入らない。
そんな彼らは腰に妖刀を提げる。秘めた魔力の質は刀の出来でばらつきが生じるが。
だが八房には、それだけに終わらない価値がある。それを知らない人狼はいない。
それすらも、「たかが」で片づくことだと、犬塚は言っている。それだけの決意だと。
「あぁ、解りマスよ。確かにオレもハニーに殺されかけたら他の事は大事の前の小事だネ」
――でも意気込みは解るケド、負ける戦いに挑むのは世渡り巧いとはいえねーヨ。
黒装束の、ガルムと呼ばれた男はとばっちりは喰うまいと軽く二人から飛び退いた。
――…許せ犬塚。拙者は貴様の友情には応えん。そういう道を進むと、決めたからだ。
犬飼はずらりと、ガルムから受け取った刀を抜き放った。
その刀身は月光を照り返し…はしなかった。ボロボロに錆びついていたのである。
「ガルムッ!これはいったいどういうことだッ!?」
「どうもこうも、そいつが約束のブツ…えぇっと、ヤツマサ?とにかく蔵にあった宝刀ですゼ」
ガルムはその様子に驚いた風もなく、相変わらずの飄々とした調子で言った。
「錆びた宝刀などあってたまるかッ!」
「宝刀とやらの真贋確認するのまでよそ者のオレにできると思いマス?でもマァご安心を。
こちとらスパイ稼業は筋金入りでね。蔵の鍵がここ数年弄られてないのはマチガイねぇ。
つまり、犬飼サンが造反した関係ですりかえられたわけじゃねーデスよ」
「……ここに八房が納まっていた、というのがそもそも長老の方便だというのか?」
「デモ黴くせぇ蔵に押し込められて、手入れもろくにされてねぇソードですよ?
いっくら宝刀でも、錆ビルのは無理からぬことなんじゃありヤセンか?」

同巻・章の四へ続く

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