ザ・グレート・展開予測ショー

GEKKOH〜虹の巻・章の弐「其は敵を斬る刃、今ひとつは己を斬る刃」


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 4/18)

ザウッ
犬飼が地を蹴った。人狼のすぐれた五感のうち、視覚は動体捕捉を得意とする。
白兵戦である刀を用いた戦いを、人狼が選んだ理由の一つだ。
感覚を研ぎ澄ませば、相対距離がなくなっていく一瞬が六十分割以上のコマ送りで見える。
犬塚はコンマ1oにいたる芸術的な見切りで、完璧な自分の間合いで居合切りを放ち
決着をつけることが可能だったろう。
「くッ……!」
ズササッ
うめいた犬塚は大きく身を反らした反動で地に片手ついて、不恰好この上ない動作で
犬飼の飛び込み居合抜き(流石妖怪)を避けた。最大の勝機を逃したことになる。
「片目がふさがると距離感がつかめん…有名な話だが確かめてみないと実感湧かんな?」
狂気を宿した犬飼は、下卑た笑みを含んで語る。犬塚は黙して体勢を直すのみ。
「……抜かないのか?」
犬飼は尋ねる。犬塚の刀は未だ、腰の鞘に収まっていた。
「………お前が俺なら、抜くか?」
人間同士の剣術ならいざ知らず、人狼は反応速度が比喩抜きに稲妻に匹敵してしまう。
決闘の只中にあって、刀を抜く動作は的にこそなれ、決して有利に働かない。
つまり自分の眼の不安で攻めあぐね、刀を抜くタイミングを逸してしまっていたのだ。
「…貴様は拙者じゃない……」
犬塚は今でこそ片目が開かぬという重い枷を背負ってはいるが、鬼神のごとき剣客である。
犬飼が言ってるのは、犬塚の敏捷性は並の人狼の基準に当てはまらない、ということだ。
「……いいだろう。俺に抜かせたければ来たらいい。時間がないのは、お前のほうだ」
ザザザザッ
犬塚は腰を沈めてスタンスを取り、犬飼は縦横無尽に駆け回りながら間合いを図る。
しかし犬飼の、攻めてくる方角を見切らせまいとしていようその動きは無駄だった。
――最大の死角は眼の光を失った側だ。犬飼も昼間、容赦なく攻めると宣言している。
その瞬間二条の銀光が生まれ、交錯する。
犬塚が放ったのは左足を宙に預け、倒れ込みながらすくい上げるような変則的な居合抜き。
「……流石に…バレてたか…賢くなったじゃないか?しかし、相変わらず神業だな」
真上からの斬撃を止められ、狼狽した様子で犬飼は呟いた。
「とんでもない嘘吐きだよ、お前は。ま、俺もお前や女房のような親切な輩に
恵まれたからな。おかげさまで利口にさせてもらったよ」
「…そこいくと貴様は不親切だな。喧嘩に勝つコツぐらい教えてくれ」
「バーカ!賢しいお前にそんなモン教えてみろ、俺は即刻舎弟にされかねん」
「酷い言われようだ。貴様は無二の親友をそんな目で見てたのか?」
「違うのか?」
「もうちょっとまともな……家臣とか呼んでやるよ」
犬飼はせせら笑ったが、犬塚は真摯な眼差しで頭上を――月を見ていた。
「光栄だ。冗談じゃなく、心底そう思う。だが、お前は俺を呼ばなかった」
――俺を苦しめたくない、そう言ったな。お前はそれが悪鬼の道と承知で踏み込むから…。
声にならない言葉が次々に湧く。
身も凍る話ではないか。本当の苦難の道というときに、友を誘えないという。
家族をもってしまった自分は、悪ガキの企みに荷担できるほど身軽ではなかった。
――俺が追い詰めてしまったんじゃないのか?汚れ役をすべて押しつけていなかったか?
同じ幼少時代を過ごした二人が、かたや反逆者、かたや誠実な父親だ。
他人は奇妙なことと言うかもしれないが、コンプレックスを抱いていたのは犬塚だった。
自分が友を突き放し、自分が裏切って、友を孤独な闇に置き去りにしたように思えて。
月明かりは心を透明にはしてくれるが、心の闇を照らすにはいささか心許無い。
「…貴様はお人好しだからな。今度ばかりは反対しただろうさ。自分で気づかないか?」
「俺が?……俺は、お前の考えに口をはさんだことなんかないぞ…」
「あぁ、なかったよ。だが拙者がカッとなって、仲間の腕を斬り飛ばした時だったかな?
貴様は言ってくれた「口を封じるのか?それとも二人で里を抜けるか?」。
思えばあの時、貴様にああ言われてなかったら拙者は一人で里を抜けるつもりだった。
なんとなくだが、独りはイヤだと思ったから、拙者もカッコつける気になったんだろうな」
大人しく罪を認めた犬飼は戒めとして顔を焼かれた。
「こんなこと……もうよせ。人間の件には俺にもふくむところがある。でも無理なんだ!
里の宝刀を盗み出したりすれば長老はきっとお前を許さない。人狼と人間両方に狙われる」
「読みが浅いぞ犬塚。ジジィは種を絶やさぬことに苦心している。
アレに挑みかかって、余計な犠牲を増やすなどというのは奴の都合の上では愚策よ」
「俺にそういう小難しい講釈は通じないんだよ!独りぼっちじゃなにもできゃしないんだ」
「……拙者も解ってる。…貴様の性格はな。それでいい。だからこうして刃を交えている」
悟ったようでもあり、歪んでしまっているようでもある…犬飼の表情は混沌としている。
「…………楽には勝たせてやらんぞ?」
「貴様に勝てれば儲けものさ。拙者は…己が信ずる理に殉ずるのみだ」
言って両者は刀を握りなおし、戦闘の精神テンションに戻す。
「そう…そうだった。お前は頭の回転は早いが気が短くて、確信できたら思い切りも早い」
「貴様は頭は鈍い朴訥で、信じ込み易いが最後の覚悟は…特別意識してない風だった」
スッという音が本当に聞こえてきそうなほど滑らかに、犬塚は刀を真っ直ぐ突き出した。
「来い、犬飼。お前の剣に応えられる自信はないが、もうさっきのような不様はしない」
「…随分古いテだな。しかしまぁ、確かに奥行きの盲は克服できるだろうな」
刀の尺で、距離感を掴む。手が届く距離なら見誤りようがない、その延長である。
「なんだ?知ってたのか……」
「バカにするな。だがそれで、お前の剣は後手に限られる」
これは言わば「間合いを見える状態にする構え」である。
踏み込んだ相手には対応できるが、こちらから踏み込めば構えが崩れて効力も消える。
シャッ
犬飼は浅く踏み込むとともに牽制の斬撃を放つ。
更に犬塚の視野から逃れるように攻撃の軸を徐々にずらしながら牽制を繰り返す。
ガキッ、ビヅッ、ギゥンッ
犬塚はシャープなステップで自分の体の位置を巧みにずらしてそれらの牽制を受ける。
見た目には犬塚の切っ先が、最小限の動きで犬飼の攻撃を叩き落しているように見える。
そしてそれは事実ではある。が。
実際には、剣の結界を維持するためには切っ先と身体の位置関係は一定にせねばならず
犬塚は精一杯の動きで犬飼の剣戟に追従することしかできずにいた。
一方、犬飼は犬飼で迂闊に勝負をかけて反撃受ける危険を冒すわけにもいかず焦れていた。
なにしろ、反応速度そのものは犬塚が圧倒的に上なのだ。反撃を許せば確実に負ける。
(そしてそれは、犬飼が脚から手首までの全関節を自在にさばいて繰り出す斬撃に対し
全身を固定した状態の犬塚が追いついてこれていることで証明されている)
しかも、犬飼は犬塚の死角になる方向から攻撃して受けきられているのである。
これは犬塚の天性の集中力と「百戦錬磨の剣士としての嗅覚」の成せる業であった。
第六感で相手の殺気の起伏を鋭敏に知覚することで攻撃のタイミングと座標を見切り
そこから無意識下で記憶された戦闘経験に基づいて即座に斬突を区別する。
犬塚は片目を失った時、剣士としての人生に幕を下ろした。
片目で生きていけるほど、戦場は弱者に優しくない。戦場は命に飢えた魔物である。
当然の選択だった。死して悲しむ者など持たなければ信念に殉ずる覚悟もできただろうが。
その彼が、今や錆びつきつつあった実戦の勘と匂いを取り戻しつつあった。
片目という重いハンデを消化する術を、この窮地に即興で編みだしつつあった。
まさに死中に活。この英雄的剣士がここまで生き延びられた真の理由――不死。
勿論、彼は普通の人狼である。怪我をすれば血も流すし、更に負荷をかければ死ぬだろう。
だが、負ける前に突破口を必ず開く。不敗の伝説。勝つコツは死ぬ前に殺すこと。
それは犬飼や長老の策とは違う、直線的で爆発的な野性と本能を根幹とする突破力だった。
「…今日は...久しぶりの実戦なのに、随分調子がいい……」
「!」
「最悪でも、お前を止めることだけは…なんとかなりそうだよ………」
婉曲に「手を抜く余裕はない。だが勝つのは自分だ」と言ってるわけである。
わざわざ口にする以上、降伏勧告以外のなにものでもない。
「くどいぞ……拙者は狼の誇りに殉ずると言っているッ!」
犬飼はついに深く踏み込み、勝負を仕掛けた。
犬塚は即座に構えを崩し、犬飼の右腕の腱に狙いを定めて斬りつける。
刹那、犬飼の姿が掻き消えた。

同巻・章の参へ続く

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