ザ・グレート・展開予測ショー

GEKKOH〜虹の巻・章の壱「其は互いにとって宝なりし仇なす者」


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 4/18)

それは、今となっては侍達の誰もに伝わっている戦い――
それは、誰にも伝わることのない孤独な闘い――
それは、『義』と――『誇り』と――
語る口持たぬ月が見た……子を持つ親の、気高き死闘の物語を紐解こう。



犬塚の気持ちは朝から複雑だった。今朝我が子と交わした約束は、些細なことだろう。
が、遅かれ早かれ決断せねばならぬことがある。
あの子は娘――武家の作法に則れば、嫁にやらねばなるまい。
一方、あの子の荒事を敏感に察知する野性的な嗅覚は同年代のどの男よりも優れていた。
――そうでなければ、荒事に挑もうとする果敢な精神が優れている。
これは親ばかではなく、長老のお墨付きである。侍としての天分に恵まれた娘だ。
どちらを選ぶかは本人に委ねるべきだ。「普通」ならば。あの子の返事を想像する。
「ちちうえのような、りっぱなもののふになりたいでござる」
――…侍を...自分の生きる道を、よもや否定せん。しかし………
失うものは計り知れぬ、修羅の道である。
生半可な覚悟は通用しないし、なにより女が男の留守を守るのは至極健全なことである。
――もう少し器量もよければ、迷わずとつがせるんだがな…
男手一つで育てた娘。苦労もかけたのだろう、いつの間にやら炊事を覚えていた。
だがその一方で、あの子は時折鋭い才能を見せた。生活の端々で、ほんの一時。
約束は軽いものだったが、娘の行く末を血と断末の闇へ導く自分がいたような気もした。
――今夜までに…なんとか終わらせられないものだろうか?
目の前の小柄な老人には、自分の見てきた中では出せない答えはなかった。
ひょっとしてこの問いも、と愚かな思いを巡らせたのもそのためだった。が。
「犬飼じゃが……今夜…八の蔵に現れるな」
どこか遠くを眺め、いや厳しく見つめて呟く。
「…………は?」
「八の蔵じゃよ、犬塚。昨夜は犬飼を一度も見つけられておらぬのじゃ。間違いない」
長い、穏やかな中に緊張を巧妙に隠した間がつのる。
「……一度も見つけていないのは…アイツが追っ手の捜索範囲の外に出たのでしょう?」
「間者がおるのじゃろう。とにかく離れたと思わせ、我々に気を抜かせるハラじゃな」
さらりと禁忌の言葉を口にする。群にあって仲間を疑うなど、長としてあってはならない。
「…そこまで仰るには、確かな根拠があるのですね?」
問い詰める犬塚に、厳しい感情はない。皮肉でもなんでもなく、この老剣士を信頼している。
「…………きゃつが、人間どもへの復讐を成す方法とはなんじゃ?
傲慢不遜な輩じゃが、愚かな男ではなかった。勝算なくバカなマネはせん程度には、な」
「なるほど確かに…人間の根絶をアイツ一人で成そうとすれば、必ずあれを求めますね」
「捜索は一晩成果がなかったぐらいでは打ち切られん。それを計算してのことじゃろう。
里はがら空き、ワシらは油断しておる、二つの条件が揃うのはまさに今夜というわけじゃ」
淡々と語る老獪な策士の横顔を眺め、犬塚は戦慄に近い驚嘆をおぼえる。
「……俺が蔵の前で見張る役…というわけですか」
「ウム…追跡隊の人数を割くと、待ち伏せを悟られてしまうからの…
決闘で彼奴に勝る者でなければ任せられんし、間者がいるならワシはここにいなければ」
つまり、彼が行くより他はなかった。断れば、人と人狼の非劇的な再会という未来のみ。
「お任せください。俺もちょうど、アイツと話がしたかった……」
「……犬塚………………イヤ、たいしたことではない…………」
「……?はぁ、ではこれにて失礼します」


真昼の月は空色に濁って、その姿をなげやりに隠していた。この男もまた――
「久しいな……」
聞きたがえることは有り得なかった。確かに久しいが、久しいからこそ忘れなかった。
「…バカなことを………今すぐでてこい。俺がとりなしてやるぞ、ポチ」
言って、無駄と知りつつも周囲の匂いを探る犬塚。里の結界には二つの意味がある。
一つには、里抜けを防止する役割。
数の少ない人狼にとって、里を飛び出して野垂れ死ぬ者を出すのは一族全体の被害である。
もっともこちらの役割は先日、犬飼に力業で無力化されて久しい。
もう一つは侵入者を阻止する意味であるが、構造上の欠陥というものもある。
この結界のコンセプトは人狼の『匂い』(この場合の匂いとは犬神が好んで使う隠語。
生命体が残す痕跡全般を指す)を一定空間に封じる。こうして結界外に人狼の気配を
漏らさぬ事で里の存在を覆い隠す。この効果は既に里の位置を知る者には無意味である。
更に人狼の『匂い』が充満する結界内に人狼以外の『匂い』は際立って目立つ。
つまり人狼以外の存在に対して意味のある結界、ということになる。
むしろ人狼の気配はここでは周囲に溶けて消え、人狼にとってはこの里内では
プライバシーが保証される、居心地のよい空間という
人狼を自らの意思でとどめておける、一石二鳥のコンセプトというわけだ。
「貴様らしい冗談だな」
犬飼はさらりと言い放った。そこには感情を読み取れるようなものは微塵もない。
あるいは、本気で冗談と受け取ったのかもしれない……。
「ポチ……お前の狙いは承知している。お前が今夜――」
「――八の蔵に来るなら、拙者は貴様を斬らねばならん。眼の傷にも容赦なくつけいるぞ」
「ポチ………お前は…」
「そう哀しそうな声を出してくれるな。これは拙…オレが決めた、道だ。だが逆に
お前に心苦しい思いをさせまいとも思う...来るなよ?愛しい我が子といてやれ」
この男の成そうとする事は、修羅の所業だ。なのになぜ、その声は晴れやかなのだろう?
侍だからだ。侍とは元来修羅なる生き様。この男は自ら選んだ本懐を全うしているだけだ。
「………ダメだよ、ポチ。シロとの守りたくない約束がある…お前は今夜――止める」
静かに言った。彼には、守りたい今があった。修羅にあらぬ――侍にあらぬ理由で刀を取る。
「そう、か……じゃ、丑の刻だ。それより前から寝ずの番なんかやめとけ。勝ちたいんだろ?」
犬飼は無邪気に言った。その、二人が悪ガキだった頃と変わらぬ無邪気さが、胸に染みた。
「ポチ…」
「ん?」
「辛い事の無かったあの頃と、なにが変わってしまったんだろうな?
俺がアイツと祝言挙げたから?それともお前が……」
あの頃、サシの勝負で負けなしで人望厚かった犬塚もポチには頭が上がらなかった。
ポチには犬塚にない智謀があったからだ。周囲も「二人揃えば百軍に匹敵」と称えた。
そう、里で唯一長老と謎かけで勝負できる彼になら、答えが出せそうだと思った。
ことによると犬塚は、いまだ誰の言葉よりもポチの言葉を信頼していたのかもしれない。
「ありがちな疑問だな。だがな、ありがちな答えだが、解ったところでどうしようもないぞ」
「そうだが……」
「それとな、拙者も今は出奔したとはいえ家督を継いだ身だ。忘れていまいな、『犬塚』?」
「……そうだな………今夜は命のやりとり…子供の遊びじゃない。解っているさ、犬飼」
辛辣に言葉をはきすてる頃、相手はもはや声が届かぬ陰へ消えている。
犬塚は旧友のそういった淡白な性格を知らぬでなかったが、あえて口にしていた。


月明かりは闇に解けるように穏やかに、地上を刺し射抜くかのように鋭く降りそそぐ。
その青白さは熾烈な戦いに尽くされる両者の闘志を、血のような紅さは
凌ぎを削る両者の心の傷みを、毒々しい黄金色は両者を縛る誇りと運命を映した色だった。
「まさか一人とは、な」
「ウソの時間指定をしてくれた友情に免じて、といったところか」
『あーっはっはっはっはっはッ!』
声を揃えて笑う二人。
「んじゃなに?援軍来るの丑の刻かよ!?引っかかるかよテメー、フツー?」
「じゃかあしい、お前ッ!あんなムードでさらりとウソつけるお前の神経がどーかしてる」
「へぇ?じゃ、お前が不寝番なんてどういうわけだ?」
「……お前のせっかくの忠告だったが、長老との約束のほうが先だったからな」
それっきり、二人は言うべき言葉がなくなってしまった。
「………あぁ、やっぱ面白いなお前といるとよ…けど、今のが最後……忘れねぇよ」
「……訊き忘れたことがあったよ、ポチ。お前…どうして俺を誘わなかった?」
子供の頃、どんな時も一緒だった。悪戯は計画の段階から説教喰らって復讐するまでだ。
とどのつまり、絶対に離れたことがなかった。大人顔負けの少年剣士とはしっこい策略家。
その彼らが大人になって、里の侍衆を敵に回すことは決して難しくない力になっていた。
あとは犬飼が犬塚を誘いさえすれば――。しかしそれは、なかった。
犬飼が造反した時、犬塚の最初の疑問は「何故そんな真似をした?」
ではなく「何故俺に一言も言いに来ない?」だった。だから、にわかには信じなかった。
「…さてね?ドジなお前の面倒見るのにウンザリした、とかだったかな」
「お前は昼間言った。我が子のそばにいてやれ、って。俺が家族を持ったからか?だから…」
「そしてこうも言ったろ?それは探しても意味のねぇ答えだよ…覚悟しろ、剣聖・犬塚…」
途中から、犬飼の語調が一端の侍のそれへと変貌していった。それが解るのが、辛い。
子供の頃、何度もふざけていった言葉が思い出される。もう、敵でしかない幼馴染。
『我、これより修羅に入るッ……!』
犬飼は真意で、犬塚は相手の意を知って、懐かしき言葉がそれぞれに漏れた。

同巻・章の弐へ続く

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