ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 制御編 後


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 4/ 1)

 「くそッ…いくら近いっつっても…移動手段が走りじゃ…さすがにキツいな」
マリアのボディがある場所まで電車にして約3駅の距離。
本来なら10分もかからないところだが、今は夜中だ。
終電はとっくに終わってしまっているし、始発までにはまだまだ時間がある。
車はおろかバイクの免許すら持たない自分に許される移動手段は非常に限られてくる。
自宅に自転車を取りに寄る手間を惜しんで走りを選んだのだが、今となってはそれが悔やまれる。

とは言えカオスの所に寄らないで済んだだけマシかもしれない。
愛子のおかげで数倍分の労力が節約できたことになる。


あの時、ネット・カフェを飛び出そうとした自分を呼び止めた愛子が提案したのは、インターネットによる情報の探索だった。
俺にはよくわからないが、PCを自らの意のままに操るマリアの能力を利用して、世界中のPCの情報が収集できるらしい。
実際にマリアは某所の空軍基地のコンピュータを制御してレーダーを操り、自分の機体が発する識別信号を受信し、逆探知をかけることによって場所を特定した。
聞くからにヤバそうな行為なのだが、マリアも愛子も平然と地図の情報なども入手し、先程の結果と照合したりしていた。
最終的にマリアのボディはその場から10kmほど離れた空き地にあることが分かったのだが、何故そんな場所にあるのかは謎だった。
ともかく全ては行けば分かるということで、ネット・カフェを飛び出して来たところである。


 『横島さん。大丈夫・ですか? 心音により・異常な心拍数が・確認されます』
マリアは今、耳と口だけの存在といった感じだ。
それでも常人では気付かないような事に気付いて心配する辺りがいかにもマリアらしい。
 「走ってるんだからしゃーねーな。でも、いつもの仕事に比べりゃ、荷物も無いからラクショーかな」
こちらもつい強がってラクショーなどと言ってしまうが、荷物が無いのは実際のところ助かった。
ネット・カフェまで持ち歩いていたMDラジカセを預かる替わりに愛子がポータブルMDプレイヤーを貸してくれたのだ。
おかげでラジカセに比べて遥かに軽く、持ち運び易くなったし、それ以上にマリアとの会話が楽になった。
俺がボタン操作しなくて済むようになったし、マリアも思考した上で話せるようになったからだ。
理屈はよく解からんが、機体にマリアの制御が行き届いているかららしい。

 『すみません……でした』
しばし間があいて、マリアが謝罪の言葉を口にした。
しかし俺にはマリアに何か謝られるような事をされた覚えは無い。
 「……なんだっけ?」
 『………』
ヘッド・ホンからは何の返事もない。
 「おいっ? 聞こえてるか? 何かあったのかっ?」
機械のトラブルかと思い、再生スイッチをカチカチと押してみる。
 『ノー。大丈夫・です。マリア・横島さんに・迷惑・かけました』
 「なんだ、そんな事か」
そういえばさっき愛子が俺への迷惑とか何とか言っていた。
もしかしてそれを気にしているのだろうか。
 「別にどうってこたぁねーよ。出費はちょっと痛かったけど……まあ1週間くらいカップめんで過ごせば済む事だから」
ネット・カフェの使用料と、マリアとの会話用に買ったマイクつきヘッド・ホンの代金を合わせると、優に俺の1週間分の食費に匹敵したが、食費なんかは元から無いようなものだったので大して気にならない。
しかしマリアは責任を感じたのか驚くべき申し出をしてきた。

 『……今回の・お礼に……マリアが・料理・作ります!』
マリアの料理……いつもカオスに作ってやっているのだろうが、どうもマリアと料理というのはイメージが結びつかない。
カオスがまだ生きているということは、食べられる料理である事は間違いない……いや、あのおっさんは不死身だったっけか。
というかそれ以前に、マリアのところは家賃とかでウチよりも財政が厳しいのではないだろうか。
 「いや、大丈夫。1日1食くらいは事務所でおキヌちゃんのまともな料理が食えるから」
 『そうですか……』
マリアは心なしか気落ちした声になる。
お礼が出来ないことで、責任を感じているのだろうか。
 「き、気にすんなって! 俺もマリアには色々助けてもらってるわけだし、それに――あ、ホラ。ダチを助けるのは当然だろ」
自分でも何を言っているのか分からないが、ともかくマリアにこんなことを気にして欲しくない。
 『……イエス! 横島さん! マリア……友達!』
マリアが威勢良く返事をしたので、ひとまずホッとする。


 『愛子さんへの・お礼は・どうしたら・いいですか?』
マリアが律儀にも愛子の話まで切り出してくる。
 「いや、それは俺の方がやっとく。元々愛子を巻き込んだのは俺だし、既に内容も要求されてるしな」
MDをPCからウォークマンに移す時に愛子が言って来た事なので、マリアは聞いていなかっただろう。
 「明日……もう今日か。日曜だから、一日中デートに付き合えってさ」
愛子が言うには、日曜は誰も学校に来なくてヒマだからということらしい。
 『デート……ですか?』
 「あいつの場合、何かをオゴれとかじゃなくて、二人っきりである事とかが嬉しいらしいぞ。なんせ青春マニアだから……」
まあ実際に何かを奢れと言われても金がないからどうしようもないのだが……。
 『(――――)』
マリアが何か言ったが、ちょうど近くを通ったトラックの轟音にかき消されて聞こえなかった。
 「ン? なんだって?」
 『………ノー。何でも・ないです』
マリアの反応は気になったが嘘をつくことはないはずだ。
本当に何でもなかったのだろうと思い、それ以上は追及せずに黙々と走る。



 『次の交叉点を・左で・目的地です』
ナビゲーション替わりのマリアが指示を出す。
立ち止まって指示された方を見ると、空き地……ではないが、ビルの建設工事現場が見えた。
音しか聞こえないというのに、ここまでのマリアのナビは完璧なものだったので、ここが目的地であることは間違いない。
 「まだ工事中だから地図に建物が書かれてなかったってわけか……?」
中を確認しようと近づいてみると、入口付近で見覚えのある長身の男が交通整理をしているのに気付く。
 「おっさんッ!? 何でこんなトコにいるんだ!?」
 『ドクター・カオス!? 無事・でしたか?』
向こうもこちらに気付いて、手にした棒を振って話し掛けてくる。
おかげで目の前のトラックが立往生していたが気にするそぶりも見せない。
 「お〜〜〜小僧。ウォークマンとはまた、おぬしにしては高そうなものを持っておるな、どうした?」
 「どーしたもこーしたも、マリアが……。……!!」
その時、カオスの背後、工事現場の中を、鉄筋をまとめて十数本担ぎ上げた黒服の人影が横切るのが目に入った。
 「マリアッ!?」
 『どうか・しましたか? 横島さん?』
俺の大声に、ヘッド・ホンから返事が返る。
同時に、ビルの足元近くを歩いていた人影がこちらを振り向く。
間違いない、マリアだ。
 「マリアがどうかし――あ、おいっ、小僧っ! 勝手に入ってはイカン――」
カオスの言葉も耳に入らず、俺は瞬発的にマリアの方へ駆け寄る。
 「…………横島さん?」
近寄って来た俺に対して、マリアが呟くのを聞く。
 「おまえ、マリアか?」
 「………イエス」
 『マリアの・ボディ・作動中・なのですか?』
目の前と、ヘッドホンと、同じ声が返事をする。
しかも同一人物であるという。
 「どうなってんだ?」
MDに入っていたのは間違いなく『マリア』だ。しかし目の前でマリアの格好をして動いているのもマリアで―――
しかし、どことなく『マリア』とは違うような気もする。
どこだろうか。
俺は立ち尽くしたままマリアをジッと観察した。
向こうもこちらを見ているまま動かない。


暫くお互い見詰め合っていたが、周囲が何か騒がしいことに気付く。
周りにいた工事のおっちゃん達が何事か叫びながら怯えたような顔で上を向き、その場を離れていく。
俺も一旦マリアから目を離し、上を向く。
 「ヤバいッ!!」
何本かの鉄筋が空を蔽っていた。
俺も逃げようとして、未だに自分を凝視して微動だにしないマリアに気付く。
 「……クソッ!!」
踵を返して、マリア庇おうとする。
刹那、大音響が響き、俺の意識は途切れた。



 「………さん。横島さんっ! 横島さん!!」
目を開くと、マリアの顔が目の前にあった。
 「マリア……?」
体が動かない。周囲は鉄筋だらけ。どうやら俺は埋まってしまっているらしい。
 「横島さん!! ……大丈夫・ですか?」
マリアが安堵したような顔で聞いてくるが、とてもじゃないが大丈夫そうな状況でもない。
……というか、空から降ってきた鉄筋の下敷きになって、なぜ俺は死んでいないのだろう?
 「いや……取り敢えず、これ、どかしてもらえる?」
 「イ、イエスっ! 横島さんっ!」
マリアは慌てたように、俺の上の鉄筋をどかし始める。それに伴って徐々に自分の置かれている状況が明らかになる。
俺のちょっと後ろあたりで数本の鉄筋が地面に突き立っているのが見えるが、あれが降ってきた方の鉄筋だろう。
一方、俺が下敷きになっていたのがマリアがさっき運んでいた鉄筋だ。
 「イテテ……」
だからといって無傷で済むというわけでもない。
体の節々が痛いし、頭もガンガンする。下敷きになる時に色々な場所を打ったのだろう。
鉄筋がどかされても動くことができない。
 「大丈夫・ですか? 横島さん?」
作業を終えたマリアが心配そうな顔で聞いてくる。
 「ヤレヤレ、今度は俺の体の方がうごかねーや。……!!」
思い出した。マリアは今どうなっているのだろう。
俺の手にはMDウォークマンがしっかりと握られていたが、カセットはイジェクトされていた。
それを確認した後、目の前のマリアの目を覗き込む。
 「……マリア……か?」
 「イエス・横島さん! マリア・戻れた! ありがとう・ございます!」
なんだか釈然としない。
自分が気絶していた間に何があったのだろうか。

ただ確信を持てる事実が一つ。
目の前のマリアは間違いなく『マリア』本人であるということ。
 「そうか……良かった……な……」
体中の痛みからか、ホッとして気が抜けたからか、俺は二度目の眠りについた。










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