ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 制御編 中の下


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/23)

自分は何をツンケンしているのだろう……と思う。
他ならぬ横島くんの頼みなのだから、もっと快く引き受けても良かっただろうに……。
ただ漠然と感じたのは、横島くんが自分以外の女性のために一生懸命になっているのだということ。

なにせさっき覗き込んだ横島くんの目は真剣そのものだった。
学校で私には一度も見せた事が無い、ドキッとするほど純粋な表情。
ただ漠然と思ったのは、自分は横島くんのほんの一部分しか知らないのではないかということ。

それゆえさっき横島くんが訪ねて来た時も、その理由を勘違いしてしまったのではないだろうか。
なぜ今日に限ってなのかとか、どうしてこんな時間になのかといった事には全く頭が廻らなかった。
ただ漠然と考えたのは、横島くんが自分の寂しさを察して来てくれたのではないかということ。

とにかく誰でもいいから傍にいて欲しかった。
暗く静まりかえった真夜中の学校は活動するものの気配が微塵も無く、否応なしに孤独を感じさせられる。
だからこそあの時感じた気配が、声が、無常の歓びだった……はずなのに……。



 「お〜い! 愛子!」
今の私は押し黙ったまま廊下をずんずんと早足で歩いている。
横島くんが知り合いの女性を助ける手助けをするために。
 「なあ、愛子っ!」
横島くんが大股で歩いて私の隣に並び、顔を覗き込みながら話し掛けてくる。
 「……何っ?」
私は目だけそちらに向けて、凍えるような声で答える。
 「い、いやっ……。そのっ……」
私の剣幕に横島くんがオタオタとひるむ。
その様子を見て、自分でも冷たい対応をとったことに少し胸が痛むが、同時になんだか少しホッとする。

 「なんで黙ってるのかな〜っと思って……」
場の空気が少し和んだのを感じてか横島くんが口を開く。
 「別に。特に話すことが無いだけよ」
が、またも私が冷たい言葉で気まずい雰囲気を作り出してしまう。
 「………」
 「………」
ふたり、無言で黙々と歩を進める。
真夜中の廊下に二人の足音だけが響き渡る。
この広い学校の中で、たった二つだけの活動するものの気配……。

ふと、あることに思い当たって横島くんの顔を見る。
横島くんは前を見据えて歩いていたけれど、私の視線を感じて振り向く。
目が合った瞬間、私は顔をそむける。
 「………なんだよ?」
私の不審な挙動に横島くんが疑問の声をあげる。
私は俯いたまま首だけ横島くんの方に向けて、自分が気付いた事実を述べる。
 「じ……実は、ふたりっきりね……」

 「…………」
反応が、無い。
チラっと目を上げて横島くんの表情を確認すると、いつもの、今にもつっこみを入れようとするかのような顔をしていた。
 「わ、悪かったわね。どーせ『まさに青春』とか思ってたわよッ!」
心にもないセリフが勝手に口に出て、横島くんの機先を制する。
それは次に来る横島くんのセリフを恐れての事だったのかもしれない。
もしも「机が何言ってやがる」とか言われたら……。
頭ではそんなことは絶対に無いと思いつつも、臆病な口が勝手に予防線を敷いてしまったのだろう。

 「いや……そうじゃなくて―――」
しかし、この一言で私の無意識の努力が全て灰塵に帰す。
やはり……と、まさか……が意識の中で交錯する。
本人の口から自分は女性として意識されていないと知らされるなんて……。
私はぎゅっと目を閉じた。


 「マリアがいるだろ」
目を閉じた私はその言葉の解釈の仕方を懸命に探したが、どう考えても予想したような衝撃は得られなかった。
 「えっ?」
私は目を開き、横島くんの顔を見つめる。
 「だから、マリアが居るから二人きりとは言わんだろ」
横島くんが手にしたMDプレイヤーを軽く持ち上げてみせる。
 「あっ……」
自分の勘違いに気付き、途端に体中で張り詰めていた何かが緩む。それと入れ替わりに何かモヤモヤしたものが込み上げてくる。
 「そ、そんなMDの人造人間なんて関係ないじゃないッ」
私は再び心にもないセリフを言い放ち、自ら胸を痛ませながらも、先に立ってズカズカと階段を下りていった。
暫くの間、校舎に響き渡る足音は私ひとりの分だけになった。



 「……誰もいねえな」
真夜中のネットカフェ。
店内にはコンピュータの低い駆動音だけが充満し、ずらりと並べられたディスプレイが無言でスクリーン・セイバーを流す。
 「まあ、こんなものよ」
今日は他の利用客は一人も居ないが、喩え数人いたとしてもこの寒々とした雰囲気に変わりは無い。
しかし自分は学校で一人夜を明かす寂しさに耐えられなくなった時に、ここに来る。1本の線を介した先にある世界を求めて。
そこには自分に共感してくれる仲間がいるから。自分が一人ではないと感じることができるから……。


 「これよ」
並べられたPCの中の一つを指差し、躊躇うことなく席に着く。
実はMDが使えるPCというのは非常に稀で、この店にも1台しか置いていない。
普段から席の取り合いに慣れていたので、競争相手がいなくても自然と席をキープしてしまう。
 「使い方は知らないだろうから、私がやるわ。MD貸して」
横島くんの方は見ずに、手だけを出す。
 「あ、ああ……」
横島くんは少し焦ったような様子で、MDとイジェクトする相談をしていた。


手渡されたのは何の変哲も無いMDカセットだった。
これだけ見ると今までの会話は全て録音だったのではないかとすら思えてくる。
私は首を傾げながらそれをPCにセットした。

その瞬間、画面が切り替わり、女性の首から上の映像が映る。
 「マリアっ!!」
私の背中越しに画面を見ていた横島くんが声を上げる。
……この人が……MDの中に居た……マリア……人造人間?
 『横島さんっっ!!』
画面の中の女性が反応し、安堵したような表情になる

 「あなたがマリア……さん?」
自分が蚊帳の外に置かれている気がした……からだけだったろうか。
私はふたりの再会に割り込んで不機嫌な声を投げかけた。
 『イエス。マリアで・いいです。そちらは・ミス・愛子・ですか?』
マリアは私の険悪な態度に動じることも無く、平然と答えを返す。
それもなんだか気に食わない。
 「ミス・愛子? それ、文法的に間違ってるわよ。ミスは姓の上につけるものだわ」
どうでも良いことなのは分かっているが、つい突っかかってしまう。
 『すみません。……愛子さん。…それから……ありがとう・ございました』
自分の険悪な対応にも素直に応じられ、そのうえお礼を返されて、私は何も言えなくなってしまった。


 「……で、何があったんだ?」
会話の切れ目に、横島くんが本題を切り出す。
 『思索の・結果を・画面に・表示します』
マリアの発言と同時に、画面にウインドウが生じて文章が表示される。

内容は次のようなものだった。
『3月10日 20時23分 ボディのメンテナンスのためにMD型のメイン・メモリ・ディスクにバックアップを取り、イジェクトする。
 3月17日 2時15分 PCにてMDからのレストアを行う。聴覚・視覚デバイス及び演算環境入手。
  その間約150時間は無感覚のため殆んど外部情報なし。

 現行の事態予想
 何らかのトラブルのためにMDがボディに戻されないままになっている。

 必要とされる対策
 早急にボディの所在を割り出し、MDを戻す』


視覚・聴覚というのはCに偶然ついていた小型カメラとマイクのことだろう。
しかしマリアはそれらPCの能力を自在に使っているらしい。
何故そのような事ができるのだろうか。
 「……バックアップとかレストアって何のこと?」
取り敢えず理解できなかった用語の説明を求める。
 『マリアの・魂を・メモリに・封入したり・機械に・展開したり・することです』
 「魂……?」
 『ドクター・カオスが創った人工魂です』
……ということはマリアも自分と同じように、物に宿る霊体であるということだろうか。
しかし自分には本体である机から離れて他の物に乗り移る事などできない。
 「そんなことができるなら、なんでMDのスイッチ切り替えを横島くんに任せたりしてたのよ? 自分で制御すれば良かったじゃない」
憎まれ口が自然と出てきてしまう。
 『演算装置の出力・及び・メモリの容量・不足のため・思考・計算・機体制御に・著しい制限が・ありました』
 「なに? あなた。乗り移った体に演算装置とかメモリが無いと何もできないの? 私なんて本体は机だけど、自分で計算も思考もできるし、見る事も、聞く事も、感じる事もできるわ。あなたちょっと機体の能力に甘えすぎてるんじゃないのッ!?」
理不尽な物言いであることは分かっている。
自分とマリアを同列に考えて較べること自体が既におかしい。
妖怪と、人造人間を制御するために創られた人工魂では、能力が違うのは当たり前である。
 『…………』
それなのにマリアは無言で私の話に耳を傾けている。
それゆえ自分の誤りを理解しながらも、私の憎まれ口は止まる事を知らない。
 「そうよ、甘えすぎだわ! 断られないからって横島くんに面倒事まで押しつ……むむ」

……止まった。
当の横島くんが私の口を手で塞いだためだ。
 「もういいだろ、愛子。そんなことより、今は『これからどうするか』だ」
普段の横島くんからは想像もつかない言動に、別人のような印象を受ける。
さっき私の剣幕にひるんだ横島くんはどこへ行ってしまったのだろうか。


 「ボディの場所は調べようがねえし、取り敢えずカオスのおっさんトコに行ってみるか?」
横島くんの言葉に、マリアの表情が翳る。
 『ドクター・カオス……』
 「大丈夫だって。トラブルの一つや二つでどうにかなるよーなタマじゃねーだろ。それより早く行ってみよーぜ」
笑顔で軽々しく話す横島くんを見て、私は全てを理解する。
この横島くんも、私の知っている横島くんも同じなのだということを。

横島くんはいつでも周囲に安らぎを与える。
学校でバカをしている時も、今みたいに真剣な時も。
それが無意識によるものなのか否かは分からない。
でも、それが横島くんらしさ。


 「待ってっ!」

もう心の中にモヤは残っていない。
喩えそれが他の女性のためであっても、横島くんが横島くんらしくあるための手助けがしたい。
そう思った。

 「いい考えがあるわ」

私はそんな横島くんが好きだから……。


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