ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 制御編 中の上


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/18)

自分はどうなってしまったのだろうか。
記録されている最後の記憶はメンテナンスのために魂をメイン・メモリ・ディスクに乗り移らせ、イジェクトされたこと。
ただ漠然と感じたのは、そのあと異常な長時間ボディに戻されないままでいたのではないかということ。

なにせ意識があっても与えられているのは記憶を司るデバイスだけ。
演算装置も、サブメモリ(イメージ展開用の領域)も無いため思索をまとめることができない。
ただ漠然と思ったのは、何か異常が発生してボディに戻るのに失敗したのではないかということ。

それゆえ発声デバイスが与えられた時には、とにかく救援を求める事しか考えられなかった。
なぜ発声だけが可能になったのか、自分がどのような状況に置かれているのか等に考えを廻らす事もできなかった。
ただ漠然と考えたのは、もし応答が得られたとしても聴覚デバイスの無い自分には反応する事ができないのではないかということ。

とにかく感覚を得るために、ボディに戻りたかった。
今、自分は光どころか音・臭い・その他ありとあらゆるものを感じる事のできない『無の世界』で完全に孤立している。
しかし、今、何か感じたような気がする。何だろう。それは自分に向けられた、とても温かいような、何か……。



 『お〜い! ひょっとしてマリアなのか!?』
突然与えられた聴覚に流れ込んできた声を聞き、意識が掻き乱される。
感覚を得て『無』から解放された事に対しての安堵は、確かに感じる。
しかし、意識に渦巻くものはそれだけではない。この声が……この声は……
 「横島さんっっ!!??」
音声照合はできなかったが、確信があった。先程漠然と感じた『何か』からも瞭然と想起された人物。
 『おうっ!……本当にマリアか。何があったんだ? このMDがおまえなのか?』
 「…………」
横島さんの声を聞いて、すぐには返事を返す事ができなかった。
意識の全てが何かに満たされてしまっていて、考える事も反応する事もできなくなっていた。
しかし何故かその状態を異常とは思わなかった。
いや、むしろその状態は大筋には心地よく感じられ、好ましくさえ思えた。
 『おいっ! どうしたんだ? やっぱMDプレイヤーじゃ調子が悪かったりとかするのか!?』
横島さんが心配して声をかけてくれる。
先程の『何か』の余韻に重ねて再び意識が奪われかけるが、ムリヤリ思考へと意識をもっていく。
意識の片隅にうずきのようなものが残ったような感じがするが、それも不快なものではない。
 「MD……?」
ようやく一言を紡ぎ出す。
 『ああ。今は録音しながらプレイヤーのマイクに話かけてるんだ。おまえが話すときには再生してるんだけど、それで大丈夫か?』
録音……? 再生…… 分からない。
いま理解できるのは横島さんが傍にいて助けてくれているということだけ。
 「マリア……思索……できません。演算装置……ありませんか……?」
そう、今は演算装置が欲しい。
現状の認識や対策の考案は、現在の状況では難しい。
 『演算装置!? コンピュータとかの事か? ンなモン、ウチにはねーぞ!? う〜〜〜ん……』
横島さんが発言している間は発声デバイスが聴覚デバイスにとって替わられる。
自分のために一生懸命になってくれている横島さんに感謝の言葉を言いたかったけれど、それも叶わない。
不自由な状態に、やきもきする。
 『……そうだ! アイツに聞きけば、何とかなるかもっ!?』
横島さんの発言が終わり、発声デバイスが与えられる、しかしそのとき意識されていたのは……
 「アイツ?」
おかげで感謝の言葉を言いそびれてしまう。
 『まあ、とにかく。俺に任せろ! 必ず何とかしてやっから!!』
また意識に何ものかが訪れる。
しかしそれを言葉にして伝える事はできなかった。
なぜならいま与えられているデバイスは聴覚の方だったから……。



風を切る音を感じる。
人の――たぶん横島さんの――早い息づかいをかすかに感じる。
横島さんは録音ボタンを押したプレイヤーを持ったまま走っているのだろうか。
ふと、世界に自分と横島さんの二人しかいないような感覚を覚える。
少なくとも自分が感じられる範囲ではそれは間違いではない。

どのくらいそうしていたのだろうか。
永遠にも感じられ、また一瞬であったような気もする。
体内時計が無く、時間感覚が無いせいだろうか。

風切り音が、やんだ。
横島さんが立ち止まったのだ。
直後にガチャガチャという金属音。
そして再び数瞬の風切り音のあと、横島さんの声。
 『お〜〜い! 愛子―――!!』



だんだん近づいて来るくぐもった感じの足音が聞こえる。
近くで「ガチャリ」という音と、それに引き続いて「カラカラッ」という音を聞く。
 『おうっ! ワザワザ降りて来てもらって済まねーな。入口の門は越えられたけど、校舎の鍵まではチョットな』
横島さんが自分以外の誰かに話し掛けている。
校舎……どうやら学校に来ているらしい。
 『こんな夜中に大声出して、近所迷惑でしょっ? 私に何か用なのっ?』
音量を抑えた女性の声。
大声を出すのがはばかられるような時間帯らしい。
この女性はそんな時間に学校にいたのだろうか……?
 『ああ、実はさー愛子。コレなんだけど――』
 すざっ
横島さんの発言と同時に、後ずさるような靴音を聞く。
 『まさか、まさか……それ……!? よ、横島くん! あなたがそんな人だとは思わなかったわっ!!』
女性は何かに怯えるかのような声をあげた。
 『……? 何のことだよ? 俺はおまえにコイツのことで頼みがあって……』
女性の発言が理解できなかったのは自分だけではなかったらしい。
 『だから、それを私に聞いてくれって言うんでしょっ!?』
 『え……? まあ、そうだな。聞いてもらった方が手っ取り早いかもな』
横島さんはこの女性に援助を求めるつもりらしい。
先程の『アイツ』というのは彼女のことなのだろうか。
 『あなた、人間としてそれでいいの!? 自分が助かりたいためにヒトの命を危険にさらすなんてっ!!
  それじゃあなたの雇い主と同じじゃないっ!!』
 『????……まあ、いいや。取り敢えず、聞いてみてくれよ』
 『ちょっ……やめっ………』
「カチッ」という音と共に聴覚が途切れ、発声デバイスが与えられる。
何を言ったものか迷ったが、女性に対して自分からも救援を求める事にした。
 「助けて……下さい……」
そこまで言ったところで、聴覚に切り替わってしまった。
「ドサッ」という何かが倒れるような音と、横島さんの「愛子っ!?」という叫び声が聞こえた。



 『違うんなら違うって始めから言いなさいよね! さっきの今じゃ、勘違いするに決まってるじゃない!』
女性の話によると、聞くと1週間後に死ぬ呪いのMDと勘違いしたらしい。
 『そんなん知らねーよ。だいたいフツー、妖怪が恐怖のあまり気絶したりするかぁ?』
あのあと、気絶した女性とプレイヤーは横島さんによって教室に移動されて来たらしい。
しかしどうやって同時に両方を運んだのだろうか。移動中にカタカタと木の音がしたりもしたが……。
この女性は妖怪であるということだが、それに関係があるのだろうか。
 『………。んで? ソレは結局、何なの?』
 『何って……』
突然質問を返されて、横島さんは言いよどむ。
 『……俺もよく分かんないんだけど、今の状態だとただの“自分でしゃべるMD”かな……?』
 『ただの……って、十分異常じゃない。……妖怪か何かなの?』
 『………』
横島さんは何故かそれには答えずに、スイッチを切り替えた。
 「マリア……人造人間です……!」
考えていた事が声になる。
そして再びスイッチが切り替わる。
 『まあそういう事なんだけど、詳しい話は俺も知らない。本人に聞くしかないんだけど、それにはパソコンが要るらしいんだ。
  ……で、おまえに訊きに来たんだけど……』
 『ふぅ〜ん? なんかよく分かんないけど、MDが使えるパソコンがあればいいのね?』
ここで暫く無音の間が生じる。

 『………いいわ。私がよく利用する24時間営業のネットカフェがあるから、そこに案内してあげる。
  あそこなら確かMDの使えるPCもあったわ。ついてきてっ!』
「ガラガラッ」という引き戸を開ける音と、「カツ、カツ」という足音。
 『あっ! 愛子っ! ちょっと待ってくれよっ!』
少し間を開けて、間近で「カッカッカッ」というせわしい足音が聞こえ、間もなく二つの足音の区別はつかなくなった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa