Coming her to HONG KONG(\)――決意――
投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(02/ 3/14)
――パン
乾いた激発音が響き渡る。……その音は全てを止めた。……止める力を持っていた。
愕然とした顔の女性が、振り返る。
「こいつは……『悪霊』じゃないんです……『除霊』しちゃいけないんです……」
銀によって成る銃弾は、教師の霊の眉間に深々と昏い穴を穿っていた。……いや、自分が穿った。
「こいつは……ボクが納得させます。……退がって下さい……」
……彼女は退がってくれた。……こちらの気迫に呑まれたのか……ただ単に、明飛にも出来ると思ったのかどうかは分からないが。
「……どうする気ですの」
「……教師なら……人に物を教える立場の人間なら……こちらの言う事だって聞いてくれるはずですよ」
明飛は霊に歩み寄った。
額に穴を穿たれた霊は混乱しているようだったが、幸い、消える気配はなかった。これ位強い霊ならば、一発くらいの銃弾では倒せないと思い、撃ったのだが、それは正解だったようだ。
「ボクは明飛。……恥ずかしいけど、昔から教師になりたいと思ってたんです」
霊に語る。……この行為が無駄であると思わないかというと、確かに思う。……既に彼らは人の残骸であって、決して人ではない。人であった自分を引きずるだけで、決して人としての倫理観など持ち合わせてはいないだろう。
……しかし。
「……昔、ボクの先生が言ってました」
明飛は霊に対し、話しつづけた。……彼を『殺したくは』ない。……同時に、今も後ろで明飛を唖然とした顔で見ているであろう女性に、彼を『殺させたくは』なかった。
「『先生って仕事は、仕事に誇りを持たなきゃできない仕事だよ』って……」
自分は奇麗事の世界で生きているわけではない。
除霊しなければならないときもあるであろうし、もしかしたら、人を見殺しにしなければならないときもあるかもしれない。
しかし……この霊は……除霊出来ない。
本当に純粋に教職と生徒を愛し、それを行いつづけてきた、本当にいい先生だったのだろうから……
「……『誇り』。ボクにはそれが分かりませんでした。……ただ、何だかとてもカッコいい事を言っているんだという事だけが、辛うじてあの時のボクに分かった事でした……」
眼前の霊は、動かない。……じっと、こちらを見据えている。
「今でも……その『誇り』という物が何なのかは、本当はわかっていません。……だから、ボクはあなたにお願いがあるんです」
「お願い……?」
後ろで見ていた女性が、怪訝げに呟く。……それには構わず、明飛は……言った。
「……ボクに、それを教えてください。ボクに、『授業』をしてください……!」
「!……馬鹿! 何て事を!」
女性の叫びと同時、霊が動いた。……最初はゆっくり……そして、滑らかな動きで、床に何かを指で描き始める。
『ほ……こ……り……?』
そして、呟く。霊は、その何かを確認するかのように、こちらに頭を巡らせた。
明飛は、かぶりを振った。
「教えてください…… ボクは……あなたに訊いてるんです」
「あなた……何を言っているんですの……?」
いつのまにかすぐ隣まで来ていた女性が耳元で囁いてくる。……彼女の口元に指を当て、沈黙を促す。…………霊が、話していた。
『ほこ……り……? ……我が国中国は1911年に起こった辛亥革命において長年の王朝であった清が滅び、翌1912年に中華民国が興ったんだ。これは前も話したよな…… ……ほ…………こり……?』
「……そうですよね……分かりますか? あなたはもう『ヒト』じゃないんです。……ただ、生前の行動をそのまま模写されただけの……言わば、焼き付き(ゴースト)なんですよ……」
『ご……すと? ……辛亥革命は孫文らによって起こされ、瞬く間に大陸全土へ…… ……オレ……が?』
「あなたはもう教師じゃない……おねがいです。……あなたが今居るべき場所へと……還って下さい……」
『うが…… ……清王朝は全力を挙げ…… ……う……う……』
(やった……か?)
後味が悪い。……結果的に自分は、彼に本当の事を気付かせてしまった。霊が自分の事を知る事ほど残酷な事はないというのに……
「馬鹿! 離れなさい!!」
「え……」
反射的に、飛びのく。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
突如、霊が暴れだしていた……いや、これは……!
「うわっ……な、何で……」
「当たり前でしょう!? 霊の存在をあれほど否定したのよ! 霊が暴れださない方がおかしいわ!」
明飛の上に覆い被さりながら、女性が怒鳴る。その声は、聞いたこともない程の怒りと焦燥を内包していた。
「……あの『悪霊』を祓います!」
「そんな……あの霊は……」
『ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
辺りに撒き散らされる建材の破片。鉄骨。……そして、床板。
……明らかに、錯乱している。
「……あれが、『悪霊』ではないというの?」
「アイツは……今はただ錯乱しているだけで……」
バシッ!
尻餅をつく。
「……え?」
「甘ったれるんじゃないわよ……」
明飛を引っ叩いた平手を握りこぶしにかえ、ぎりぎりと握り締めながら、彼女が言う。……その瞳には、紛れもない『怒り』があった。
「私たちはゴースト・スイーパー……人を霊から守るのが仕事……そして、義務よ。あなたみたいな甘っちょろいことを言っていたら、人の命が失われるのよ!!……私たちにとって、守るべきものは人間。……倒すべきものは霊。どちらも守ろうなんてこと……誰にも……誰にだって……出来るわけないのよ!!」
「な……」
言葉が出ない。……彼女は後ろを向き、こちらから表情は窺い知る事は出来ない。……いや、きっと彼女は『無表情』だろう……何も感じることなく、何も思うことなく、仕事を遂行する……プロとしての顔……
(ボクは……ボクは……っ)
「弓式除霊術……! 聖生後光っ!!」
(ボクは……何をやっていたんだろう……)
そして、聖なる光の中に、全てのモノは包まれた。
……視界も、……音も。……そして、優しい教師の霊も……光の中に呑まれた限り、二度と現れる事はなかった…………
あの後、すぐに女性とは別れた。
校長に除霊代を貰い、彼女に半分を手渡してすぐ、彼女は、早く行かないと待ち人が居る。と残してこの場を去った。……明飛の精神に、空白だけを残して……
(伊達サン……強いって何ですか……?)
自転車を漕いでいても、心に浮かぶのは先程の女性の言葉だけだ。
(人間は……人間と霊……両方守りながら闘うことなんて出来ない……)
それが出来るのが、強さだというのか。……だとしたら、その強さとは何なのか。……どうすれば手に入れることが出来るのか……それも、分からない。
事務所に着く。……明飛は嘆息しながら自転車を降りた。
「……でも、ボクは認めない……」
両方を守る事は、出来るはずだ。……あるいは、その『強さ』が、昔先生が言っていた、『誇り』なのかもしれない。
(ボクは……霊を守ってみせますよ。……見ててください)
優しい教師の霊に心中で別れを告げ、明飛は事務所へと続く階段を上った。……事務所には電気が灯いている。
(あれ? この靴……?)
玄関に見慣れない女性物のハイヒールを見つけ、訝る。
(ま、いいか)
そして……明飛は事務所へと入って行った。
「よし次…… 罪状53……人ン家の屋根を無断で駆けずり回った…… 容疑を認めるか? 容疑者」
「…………いい加減に家に返してくれぇ……」
公安署の夜は、まだまだ長い…………
現在時刻、3時00分。魔都香港はこれから真の闇へと進む……
――THE END...and They Will get into the darkness...――
今までの
コメント:
- ハイ……という訳で、GSM MTH4へ続きます。……とは言っても、作中時間で半年後なんですけど……(爆)
今回はやたらと長くなってしまい、間にテストを挟んだり、忙しくなったりして大変でした。(人はそれを自業自得と言う……) やっぱ忙しいときに続きモノってするもんじゃないんですね…… (ロックンロール@あふたぁわぁど)
- 女性(まだトボケてみる)にしてもその心の内では様々な物を抱えていた事と思いますが、自分の仕事を人を守る義務として己の正義を貫いていくその在り方は、金自身の信念を映し出す鏡として確実に彼の糧としてその身に培われたみたいですね。
運が好ければもう暫くは続くであろう金の行く末、いつか「強さ」の断片程でも手に入れて、「先生」に明朗な答えが返せる日がきっとくる事を祈って……六勲さんに阿金、辛苦了!(お疲れ〜)
あ、雪の字とそのお客人もね(笑)。 (Iholi)
- 明飛の言う”常識”。しかし、プロである弓の”常識”とは違うもの。
これで明飛は一歩でも成長したならこの出来事も無ではなくなる。
すでに師匠は愛が空回りしてるし(笑)。 (NGK)
- お疲れさまでしたぁ〜〜! ゆっきーの顔がちょっとでも見られて良かったです。
しかしお客人は事務所の場所を突き止めるために、やはり「あんなこと」や「こんなこと」をしたのでしょうか。なおかつ明飛くんよりも早く着いてますし(汗)
その人の言った台詞「誰にだって両方助けることができるわけじゃない」。部分否定ですね。出来る人もいるということが言いたかったのでしょうか。それはひょっとしてあの人のこと? それとも目前の人の未来の可能性……? (斑駒@勘違)
- 全班、投石用意!!標的はパソ画の前に居る!全部当てろとは言わん!
頭に一発、それだけだ!簡単だろう!?ん…来た!構えろぉ!!!
―――なんてね、師匠に石なんか投げられるわけないじゃないですか。
心配しなくても大丈夫ですよ。
それにしても明飛クン……
森とタタラ場…じゃなくて霊と人の共存を望むなんて優しいんですね〜
でも、説得するのがおキヌちゃんみたいな女性じゃなけりゃあ霊も納得しないでしょうに… (魚高)
- ようやくこれで長い夜も一段落しましたね。
明飛君は、もしかしたら、唐巣神父の弟子になった方がいいんじゃないかなって、思いました。 (猫姫)
- 人間〜五十年〜っ下天のうちを〜っとくらぁっ! ども皆さん、コメントありがとうございます〜♪ 何か毎回コメント返しの場が薀蓄コーナーと化してしまっているのが気にならなくもないですが、やっぱ今回も気にせずコメント返し(兼薀蓄(爆))行きましょう!!
Iholiさん江
今回のテーマは(序盤でゆっきーが暴走したけど)明飛の人格に厚みを持たせる事でしたので、その様な感想を持ってくれると、こちらの意志は実ったのだと思います。……明飛への応援、ありがとうございました。
NGKさん江
今回の件では弓の判断の方が正しい判断でしたが、本質的には正しい判断はどちらでもありません。明飛が理解したのはそのようなことです。……って、話外で自らの小説の解説をするのはいけませんね……(汗) (ロックンロール)
- 斑駒さん江
ゆーみんは一度道具を取りに来た明飛について事務所まで来てましたから。あとは、伊達事務所の場所さえ分かれば細かい地理を知らずともたどり着けるということで。
『誰に――』の台詞は……実は次の話に係っています。
魚高さん江
おキヌちゃんみたいな女性でないと納得しないということは、霊には人格が残っているということになりますね。今回の話にもありましたが、その点は私にも分かりません。でもまぁ……霊ならずとも、どうせ説得されるんだったら……(以下略)……あぁっ! その竹刀は……!?
姫さん江
唐巣神父も基本的に善人ではありますが、『悪霊祓い(エクソシスト)』である以上、霊を『祓う』事をし、実際に彼は霊を『祓って』います。この辺は私にも是非が問えませんが……明飛クンも……う〜ん。 (ロックンロール)
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