血塗られた2月14日(四)
投稿者名:AS
投稿日時:(02/ 3/13)
天国から地獄。
オアシスから砂漠。
大抵窮地に陥った時程、こういうどーでもいい事が脳裏をかすめ、惑わしてから過ぎ去って行く。
シャワーで上気した肌は瞬時に鳥肌だらけ、直面した人狼の少女が放つ殺気は、かつてこの同じ場所でまみえた妖刀使いを思い起こさせる。
「シ、シロちゃんさ・・・あの・・・」
判っている。
判っているのだ。言葉などもはや何の用も為さない。
しかしそれでも、彼の、ピートの胸に強く刻まれた少女の温情は、なかなか彼に現実と直面させるに難い枷となっている。
少女がーーー動く。
青年がーーー息を呑む。
少女は、腰に添えた手から、まるで鞘から抜刀するかの様に霊波刀を出現させる。
その動作の滑らかさは、やはり絶えず繰り返した『修練』に依るものか・・・?はたまた『血』か・・・?
『覚悟は決まったでござるな?』
青年が本能的に身構える。
今の少女の問いかけには、情けなどといったものは露ほどにも含まれてはいない。形は問いであろうと、こちらの覚悟の有無などまるっきり聞き入れはしないだろう。
そしてーー・・・
それは正しかった。
人間の身体能力では到底辿りつけぬ獣の瞬発力。
空を裂き、己の身体をも裂いた斬撃を、ピートは夢の中の出来事のように呆然とただ見ていた。
『霧と化す能力・・・拙者とした事が失念してたでござるよ』
体勢を立て直し、少女がゆらりと、再び構えをとる。
ピートは動かない。いや動けない。少女の霊波刀は自分に傷を負わす事は出来ない。しかしかといって、今の自分にこの少女をどうにか出来る筈もない。
今この瞬間はどうであれ、どん底だった自分に、この少女だけが優しく手を差し伸べてくれたのだ。
攻め手にあぐむシロと、煩悶するピート。
しかしその膠着も長くは続かなかった。
『さっきから見てれば・・・シロ!何してんのよ!?』
途端シロが露骨に舌打ちし、ピートはパッと顔を輝かせた。
タマモだ。
妖狐の少女。
彼女がこの無意味な争いに『まった』をーー・・・
『あんたはどいてなさい!霧になろーがどーしよーが、燃やして灰にしちゃえばいいでしょ!?!』
ピートは窓ガラスをぶち破った!
「シローいたー?」
タマモの声に、シロはうなだれたまま首を横に振った。
「何であんな事しちゃったんでござろう・・・助けを求めてた相手の傷を広げるような事して・・・拙者は・・・」
即座タマモは心霊麻酔の準備を終えた。
「拙者は・・・武士失格、侍の面汚しでござるっっ!!こうなったらこの腹かっさばいて・・・はぅ」
がくりと崩れたシロを横から支えて。
「あんまし世話焼かさないでよね・・・バカ」
タマモはそう呟き、青年の捜索を自主的に打ち切る事にして、事務所への帰路についたーー・・・
主よ。
信心が足りなかったといわれるのか?
それとも僕の日頃の行いはそんなに悪かったというのか?
拾った帽子を深くかぶり、女性達の刺すような視線に身を縮こまらせて、ピートはとぼとぼと独り歩いていた。
「これから・・・どこに行こう?」
言ってみただけ、行くところなんてない。
警察に追われてる?身としては教会にも戻れない。しかし自分の知人は多数が女性。友人の横島とタイガーは学校に・・・
「あれ?・・・横島さ〜〜ん」
ギョッとして、振り向く。
そこには少女がいた。六道女学院の制服を着た、見知った少女が駆け寄ってきた。
少女は少しの間呼吸を整え、ふいに怪訝な表情になる。
「???ピ、ピートさんっ!?で、でもその服は・・・」
少女はうろたえ、困惑する。
ピートは迷った。
最後の砦が崩れぬ内に、ここから逃げ出すか!?
バカな!他はどうであれこの少女に限って・・・!
一瞬だが永遠に等しい葛藤のその内から、やがてピートは首筋に鋭く冷たいひんやりとした感触を感じ、我に返った。
「ピートさん・・・わたし・・・」
この少女が出してるとは思えない・・・狂おしい声。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「わたしだって・・・時には大胆な事もするんです」
硬直するピート。少女は構わず続ける。
『死んでも・・・生きられますから、ねっ?』
もはや是非も無い。
首筋、頚動脈を切断される半瞬前に、ピートは霧と化した。
「もう嫌だ・・・」
もはや望みの綱は全て絶たれた。
自分には何も無い。
無。そう無だ。
「・・・・・・」
もう生き地獄は味わい尽くした。これから先、どんな事があろうと自分の前ではとるに足らない些事となる。
そう思い始めた青年の前に、バイクが止まった。
あれは・・・Gメンの?
どこか遠い世界の出来事のように、その事に気がつきながらーー・・・
「ピート君っ!」
やがてピートは聞いた。真!地獄をもたらす彼女の声を。
「一体何があったの!?警官に追われてるな、ん、て・・・」
ピートの顔が、既に今世紀一を決める程にひきつったーーー
今までの
コメント:
- 「続きです・・・来るとこまで来させてしまった感がしますが、明日のホワイトデーでこのお話とピートの生き地獄も一段落します。お付き合い頂けたら、嬉しいです」 (AS)
- ピート、災難ですね。やはりこれはピートを妬んだ嫉妬マン、もとい、横島の仕業なのでしょうか?
しかし、一番最悪な女性に会うなんて・・・もはや、合唱もとい合掌するしか我々には打つ手がありませんね。 (ガーディアン)
- 原作を踏まえたキヌのセリフが洒落に成らないです(焦)。
やたらと思い詰めたシロの過剰な興奮ぶりも、やはり例のブツの後遺症でしょうか。タマモの心霊麻酔という処置がちょっと面白いと思いました。
え〜っと、あの女性の登場で「生き地獄も一段階」と云う事は……ああ、ピートよ、短い付き合いだったなぁ(多分違う)。 (Iholi)
- おキヌちゃん…こえぇッ!?大胆ってなんか違うんじゃ…でも大胆だったけど…
と、いうか……これはこれで、陰的な色気があるというか…
ちょっと殺されかけてみたい………
あぁ、死ぬとか以前に彼女をここまでさせてしまうことが罪だ…腹切れピート(非道 (ダテ・ザ・キラー)
- タマモの苛烈な優しさがツボでした。
うんうん。やはりモテモテは罪! モテモテは罪悪! モテモテは極罪!!
はーっはっはっはっ!! ざまーみそらせーい!! (ぱっとん うぃず koware)
- 少し都合が悪くなってしまい・・・今日は無理になってしまいました・・・この日に合わせたかったのに、残念・・・ ( AS)
- タマモの心霊麻酔は幻術の応用ですかね。いかにもという感じで納得です。直前の「燃やして〜」も含めて。
シロは当然のことをしたまでだし、それまでの温情も考えると切腹なんてもってのほかです。シロが斬る位なら、事件の首謀者に切らせます……って、まさかそれまでシロが悲しむような事になるんでしょうか…??
おキヌちゃんは……見なかったことにしよう(瞑目) (斑駒)
- 次はどんな不幸がピートにやってくるのか楽しみです。 (3A)
- 今までも随分(どころかか〜な〜り)酷い目に遭って来たけど……ここから先の酷さは訳が違う……訳が違うよピート君!! 嗚呼、最近何処に行ってもピート君が大変な事になってる……(涙) (ロックンロール)
- ああ!ピート君てば、不幸!
よりにもよってあのひとに〜(悲鳴)
もうひたすらドツボですね(涙) (猫姫)
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