ザ・グレート・展開予測ショー

!光舞うシーサイドドリーム(中編)


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 3/13)

絶対不浄霊域――人間やその他学術的に生物とされるものよりも霊的に拡張された存在
そのなかでも「陰」に属する妖魔・幻獣の類や死霊・悪霊といった負の霊質が集うことで
重反応・霊的リンクが自然発生する現象が起こりうる。このネットワークは生長するほど
その牽引力を強め、存在の密度を雪だるま式に高めてゆく。
(余談になるが、逆の属性を持つ「究極清浄霊域」というものも、理論上では存在しうる。)
この集合体はより確実に霊的中枢を保全しようとする習性を持ち、
ネットワーク内で損壊した端末に、別の端末から活力を送って一秒以内に修復する。
この結果、ある一定の狭範囲においては実質の霊的浄化は不可能となる。
また、このネットワークは驚異的な処理速度と記憶容量、学習機能を全体で共有しており
外部からの干渉はネットワークのバージョンアップを促すこととなるため
GS協会ではこういった地域を封鎖しており、封鎖区域への侵入は重いペナルティーとなる。
勿論、他者を送致するなど言語道断である。事故とはいえど、「普通なら」厳罰に処される。
――六道女学院での講義の際、美神令子特別講師本人が発した弁の要約である。
「普通なら」に妙に含みのあるアクセントをつけた彼女でも免停程度の危機はあるらしい。
もっとも今現在、彼女の身を案じてやれるほどの余力を持ち合わせる二人ではなかった。
『っきゃあぁぁあああぁぁぁぁぁああぁぁぁッ!?』
走りにくい。洋上に漂い揺れる、廃棄物で形成されたごちゃごちゃの足場に期待はしない。
とはいえこれほどまでに、逃走という最低限度の危機回避運動さえ遮られるとは――。
氷室キヌは己の想像力の乏しさを呪いつつも、足と足が絡まないように油断なく走った。
一方の彼女の傍らを走る横島蛍は、跳ねるような走りで後ろを振り返る余裕があった。
「しょーがないッ!あいつら適当にスッ転ばしてから追いつくから、絶対止まらないでね」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
おキヌには声を出す余裕もない。追跡者は決して難敵ではないし、従うことにする。
蛍は後ろ側に残っている左足に重心を乗せたそのままで、前に伸びた右足を引き戻して
華麗にターンする。すぐ後ろを走っていた小柄な妖魔=餓鬼が、彼女に追突する……
ことはなく、百円の破魔札を敷いた彼女の右手を乗せられ、次に彼女の体重が全て乗る。
一瞬後には餓鬼の背後に降り立った蛍は新しい破魔札を両手に一枚づつ携え
両脇の二匹の餓鬼の横面に叩きつけてから反転し、目前で再生しつつある餓鬼に更に一発。
厳密には先程餓鬼に貼った破魔札に、退魔札を貼り付けた。
異質の破邪力が互いに反応し、餓鬼の身体ごと輝く粒子となって霧散する。
道が開けたことを確認する間ももどかしく、蛍は弾かれたように駆け出す。
比較的安定した足場は霊感で先読みできる。
彼女は生れつき偏った霊質を持ち、ひたすらに敏捷性に富んでいた。
だからそれを補助する形で、彼女の霊感は自分の次の到達点の安全性を読むよう進化した。
『彼女』のスピードは多少衰えても、普通の人間の感覚器官では手に余る。
「おキヌちゃん!目の前のゴミ山沿いに右行くわよッ!!」
追いついて叫ぶ蛍。隣を走るおキヌの疲労が限界なのだ。
背後では、塵と化した餓鬼の肉体が再構成される最中だった。
右が安全かどうか、それは一歩手前まで進んではじめて解ることだし
足場はともかく敵性個体の有無までは彼女の能力の管轄外だ。
しかし運良く、彼女らは絶対霊域の末端に辿り着けたようだ。敵の増援はしばらく来ない。
「はーッ…はーッ…はーッ…」
「落ち着いていいからね。鬼は鬼でも餓鬼ぐらいなら、一ダースはあしらえるから」
無限に再生できる敵は倒せない。手懐けて追っ払うのみである。
「ううん、もう平気」
言っておキヌは、死霊使いの笛を取り出す。
ピルルルルルルルルッ
三匹の餓鬼は、殺意に燃えていた瞳をとろんとさせて思い思いの方角へ歩き去った。
「はぁ、さっきっからこのへんうろうろしてはこんなのばっか…」
蛍は焦りを隠そうともせずにぼやいた。
最初、遭遇後その場で交戦しようとしたところ
瞬く間に雲霞のごとき餓鬼の群れに取り囲まれてしまった。
笛の音による精神干渉は遮蔽物(この場合は前列の餓鬼)に弱く後列の餓鬼に通じない。
その時は蛍が囮になって道を切り拓いたが、次も助かる保証はない。
だが、彼らのネットワークがネクロマンシーに耐性をつけるまでが勝負であるのも事実だ。
「せめてこの区画だけでも突破できればいいんだけどね……」
おキヌが微苦笑とともに言う。そこで蛍は、少し視線を伏せていたがやがてぱっと笑って、
「もしかしたら、イケルかも……」

ようは、その場にいる餓鬼どもに等しく笛の音を聞かせればよいわけである。
何の遮蔽物も存在しえない方角から。その答えは、
「夢の島廃棄物処理システム管理塔…ここに昇って「頭上」から演奏してやるのよ」
作戦の要は、おキヌである。彼女は真っ直ぐ塔に向かい、蛍は回りこんで敵を連れて向かう。
(なんか走ってばっかのよーな気ぃするけど、張り切っていきますかね)
自分が立てた作戦だけに、誰にも文句が言えないので胸中でぼやく。
おキヌが塔到着以前に交戦に入ったら話にならない。蛍は一足先に出発し、囮になる。
バギギュガガザガリグシャドシャッ
一人で走ると、足元のゴミたちの悲鳴がより鮮明に聞こえる。敵にも聞こえているだろう。
この作戦が、もっとも高確率で三人が帰還できる作戦だった。
まず進路上に二匹。それを見とめ、蛍が更に加速する。
破魔札で彼らを突き飛ばしてスペースを作り、奥の方に五匹現れた内前衛の一匹を掴んで
盾代わりにして突進する。その間にその掴んだ餓鬼の口腔に札をあるだけ詰め込む。
バヂッバチバチバチッ
即席の捕虜爆弾完成である。眼前に集結しつつあった餓鬼にソレを押しやって更に進む。
ズガァァァァァァン
「あぁ…ウチの一か月分の食費を一日で使い切っちゃうなんて……」
これに購買部で買える低純度精霊石を一個追加していたら一ヶ月の風呂代も飛んだだろう。
こういうスケールの商売が、本当に自分達兄妹に務まるのか何度も疑問に思う。
ともあれ、吹っ飛ばしてやった連中が再生して迫ってきている。もうそろそろ潮時だ。
人間の霊質はその他の存在よりもアグレッシブである。
適性さえあればその分野の成績は優れるが、大局的には押しなべて低級な存在だ。
蛍には敏捷性や瞬発力という長所があってもパワーやスタミナ面という短所もある。
囮は加減して長時間走る必要があるから、蛍には苦手な任務だった。
しばらくして、塔が目視できる距離まで来た。が――
「い……いない…」
塔の先端付近には、おキヌの姿が見当たらない。早過ぎたのだろうか?
それとも彼女の方になにか問題が起こったのだろうか?
無論、彼女は今塔内を昇っている最中だったかもしれない。
しかし、ハッキリした勝算がない状態でハッキリした勝算のカギを握るあの場所に
敵を誘い込みたくはない。この作戦は一時中止するしかないだろう。
だが、問題もある。おキヌと連絡がとれない。
つまり、こちらにつもりがなかろうと
彼女の現状によっては彼女を見捨てたかっこうになってしまう。
ただの一度として、彼女が自分に対して裏切り行為をはたらいたことはなかった。
なのに自分は、それでいいのだろうか?自分はそんなような、悪魔のような選択をするのか?
醜い――裏切りはおよそ、この世の中でもっとも許されざる醜い行為のひとつだろう。
だが退く。自分の知る限りおキヌは、他人を思いやることに関しては徹底している。
その彼女が、塔の中で姿も見せずにまごまごしていれば
こちらが不安に思うことを見落とす筈もなかった。
作戦開始地点まで真っ直ぐ走れば鉢合わせるだろう。
後続の敵も、振り切ろうと思えばいつでも振り切れる速さだ。
彼女を信じればこそ、作戦が失敗してることは明らかなのだ。
しかしそう自分に言い聞かせるほど尚更、彼女の頭頂から背中にかけての神経が疼いた。
逆説的だが、決意することによって迷いはいっそう深まっていた。
この時になって、実戦の恐怖がはじめて蛍を追い詰めていた。
この、初の実戦を開始した当初は、友達といた事もあり、気分はむしろ昂揚していた。
その昂揚感が麻酔となって、彼女の緊張や恐怖を巧みに隠していたのだが
迷いがブレーキをかけ、冷静な自分を欲し、冷静になればなるほど焦燥感は鮮明になる。
過剰かも知れぬ期待に賭けるか?現実を見据え信頼できるからこそ裏切るか?

つづく

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