ザ・グレート・展開予測ショー

夜、唄う 後編(V)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(02/ 3/10)

「こーら!人様のいる所で何やってるの!」
「っ!……あ、ママ!」
 レジを済ませて出て来た美智恵が、令子の頭を軽く小突いたのだ。
「二十歳にもなった大人が公衆の面前で口喧嘩なんてやるもんじゃありません。それに令子、さっきのは貴方が悪かったわよ」
「う……。はぁい……」
 母親には弱い令子が、美智恵に叱られて素直に黙る。エミも、ピートの前で少々みっともない所を晒したと小さく俯くと、美智恵はそれで場が収まったと見て取ったのか、一つ頷いてから皆に笑いかけてピート達に会計を済ませてきた物を渡した。
「はい。横島君におキヌちゃんにピート君。メリークリスマス!」
 そう言って、横島には赤と黄色の縞模様のマフラー、ピートには白地で両端にだけそれぞれ黒の一本線が入ったマフラー、キヌには小さな花飾りが一つ付いた白い手袋を笑顔と共に渡す。
「包装してもらおうかと思ったんだけど、三人とも着けて帰るって言ってたから包んでもらわなかったわ。それで良かったかしら?」
「はい。ありがとうございます!」
「どうも。マフラー、ちょうど欲しかったんスよ〜」
「ありがとうございます。僕にまで買ってもらってしまって……」
「……ああ。クリスマスプレゼントだったワケ」
 それぞれにお礼を言いながらマフラーや手袋を身に着けていく三人を見て、美智恵が会計を受け持った理由に行き当たり呟く。すると、美智恵はベビーカーに乗っていたひのめを抱き上げて言った。
「そうなの。去年は横島君とおキヌちゃんだけだったけど、今年はピート君にもと思って一緒に来たのよ。事務所のバイト、本当は事務手伝いだけやってもらう約束で来てもらったのに、結局ひのめのお守までだいぶ任せちゃったから、バイト代の割増分を兼ねて、と思って。クリスマスにはちょっと早いけど、今日でピート君バイト終わりだから、仕事からそのまま連れて来たのよ。ほんと、ひのめの面倒いっぱい頼んじゃって悪かったわね」
「いいえ、構いませんよ。ひのめちゃん、懐いてくれたのでやり易かったですし」
 ねー、と笑ってピートがひのめの頭を撫でてやると、実際本当によく懐いているらしく、ひのめもきゃっきゃっと笑って応える。
「本当によく懐いてますね〜。最初に美神さん達と預かった時は結構人見知りしたのか大泣きしてたのに」
「まさかこいつ、美形が好きなんじゃないでしょうね……?」
「人の妹を掴まえて何言うのよ。あんたみたいな色ボケと一緒にしないでよね」
「ああ!?まだ言うワケ!?」
「はいはい、やめなさいったら」
 またも令子の余計な一言でざわりと殺気立ったエミと令子の様子を見て、美智恵が苦笑しながら止めに入る。そして、ピートの方に向き直ると笑った。
「でもこの子、本当にピート君に懐いてるのよ。ピート君、本当によく面倒見てくれるんだもの。何だかもう、お兄ちゃんみたいだったわね」
「そんなこと……単に子守唄聞かせるぐらいしかあやし方なんてわかりませんでしたし」
「いいのいいの。ひのめが喜んでるんだもの。ありがとうね、ピートお兄ちゃん♪」
 冗談めかしにそう言うと、美智恵はピートの頭に手をやって戯れのように撫でた。
 柔らかな黄金色の髪の中を、美智恵の白い指がほんの二、三回小さく往復して離れる。
 それはほんの数秒のことだった。

 だから、誰も気づかなかった。

 美智恵も、キヌも、横島も、令子も、ひのめも、そして恐らくピート本人も。

 しかし、エミだけがそれを目にした。目にして、気づいてしまった。
 気づいてしまったその時、ピートを誘うタイミングを外した上にピートの目の前で令子と口論までしてしまったせいで腐っていた気分など一瞬で吹き飛んだ。

 美智恵に頭を撫でられたピートは、「子どもじゃないんですから」と、すぐに照れた風を装って苦笑し、美智恵の手からやんわりと逃げた。
 逃げたけれど。
 照れた風を装って、逃げたけれど―――

 ピートの目に一瞬だけ浮かんだ、心底からの歓喜をエミだけが見た。
 その喜びの色はすぐに苦笑に紛れて見えなくなってしまったけれど、あれは間違いなく心底からの喜びだとエミは思った。

 頭を撫でた美智恵の手に、ピートは本当に喜んでいた。
 子どもじゃないんだからと、大人な風を装ってその歓喜はすぐに隠されてしまったけれど、あれは子どもの目だとエミは思った。
 子どもだ。子どもの目だ。
 親に褒められて喜ぶ子どもと同じ目だ。
 その考えに行き当たった瞬間、津波が押し寄せるように一気にエミは理解した。

 白いうなじ
 途中で消える子守唄
 夢の中で見た子ども
 泣いていたような唄声
 子どもの目

 バラバラに散らばっていたそれらが一つに結ばれて現れた答えに、エミは眩暈を感じた。
 その後、ピートがどんな話をして令子達と別れたのか、エミは覚えていない。聞いていなかったのだ。
 そして我に返った瞬間、エミはすでに帰途へとついたピートを追って走り出していた。
 後ろから、「送り狼でもする気〜?」という令子の呑気なからかいが聞こえた気がしたが、そんなものに構ってはいられなかった。
 うなじ。白いうなじ。彼のいたいけな部分が集まって露出したようなあどけないうなじ。
 襟足を少し長めに伸ばした髪に隠されて普段日の目を見ることのないその部分の肌は、生まれつき白い彼の肌の中でもことのほか白く透き通っているように感じられ、時折ちらと覗くその肌を垣間見る時、エミは何かを連想しかけて考えることがあった。
 ああ、あれは何の肌か。あの白い白い淡雪のような肌は一体何に似ているのか。
 彼のうなじの色に似た真白い細雪のそぼ降る夜、エミは不意に気づいた。
 気づいて、エミはうっすらと白くなった歩道を駆けた。
 その歩道の先の先にいる蜂蜜色の髪をした少年の背中を追って、一心に駆けた。

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