ザ・グレート・展開予測ショー

夜、唄う 後編(T)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(02/ 3/10)

(……別に、変わったところは無いわよねえ……?)

 クリスマスまであと二日と言う十二月二十三日の午後。
 公立学校の冬休みも始まった直後の休日であるからか、カップルだけでなく親子連れや子ども同士のグループでも賑わっているデパートの中の喫茶店で一休みしながら、エミはピートの唄を初めて聞いた日の夜に見た夢を思い出していた。
 薄い胸に息を吸い込み、か細い喉を必死に震わせて何かを唄おうとしていた子供。
 姿ははっきりしていなかったけれど、あの日の状況や自分の勘から考えて、夢の中で見たあの子供がピートを象徴したものであろうということは何となく見当がついていたが、夢の意味自体は今もよくわかっていなかった。
 あれ以来、年末の事務処理やら打ち合わせやらその他の用事で何度か令子やGメンの事務所を訪れたりこの近くを通りかかったりしてはよくピートの唄を耳にしているのだが、ピート自身や唄っている唄から特異な波動や気配を感じることはない。
 霊能力者として、不思議な夢を見るとその夢が何を象徴しているのかとつい考え込みがちになるのだが、これだけ考え調べてもさして何の異常も感じられないということは、本当にただの奇妙な夢だったのかも知れない。
 そんなことを考えてミルクティーを口にしながら、エミはふと隣の椅子に置いてあるバッグの中に入れた小さな紙袋の中にある長方形の紙箱と封筒を確認した。
 クリスマス用包装のつもりか、赤と緑と金で彩られたリボンの花をちょこんと隅に貼り付けられた白い紙箱の中には触れると柔らかできめの細かい起毛がすべすべとした肌触りを与えるビロードで覆われた長方形の小箱が入っていて、ちょうどエミの手に乗るぐらいの大きさをしたその箱の蓋を開ければ中では絹張りで光沢を帯びた真っ白なシルクが緩やかな波を作っている。
 その波の真ん中に、オリーブの小枝を模したデザインのピンブローチがひとつ鎮座しているのを確かめて、エミは口元がにんまりと緩むのを止められなかった。
 小さな葉を何枚も持った小枝の葉の部分には淡い水色のアクアマリンとパールがオリーブの実のように散りばめられていて、重なり合う枝葉の繊細なシルエットを形作る銀色の台座はプラチナで出来ている。
 エミがちょくちょく訪れるこのデパートの宝石店で見つけたもので、以前から目をつけていたのを先程買って来たのだ。
 スカーフ留めや礼服の襟に飾るピンブローチとしてメンズジュエリーのコーナーに並んでいたそれは、銀と白と水色で構成された淡い色彩と小枝を模した繊細な細工のせいかメンズにしてはやや女性的な雰囲気を醸し出しており、身に着ける者をかなり選ぶであろうことが一見してわかるが、ピートにはきっと存分に似合うだろう。
 淡い色彩や繊細な細工はそこらにいる地黒な男や武骨な連中には確かに似合わないだろうが、色白でその容貌も無骨という言葉からは程遠い風体をしているピートにはむしろあつらえたように似合うのではないか。
 以前、GS協会の関係で開かれたパーティーに出かけた際に見た三つ揃えにベスト付きの黒い礼服を身に着けたピートの姿にこのピンブローチを当てはめてみて、エミはにんまりと笑った。
 オカルト商品を扱うメーカーの新商品発表会を兼ねたパーティーや集会は年に何度か開かれるが、その時は少し前にあったGS試験に合格した新人達のお披露目もあったのでピートや横島達も参加したのだ。別に、合格者をわざわざ壇上に呼んで物々しく発表するわけではないが、協会に属しているGSには毎回資格試験後に資格取得者と合格した新人達が師事しているGSの名前や属する事務所・道場の名前が載せられたリストが届くため、高名なGSの弟子や資格取得前から評判の高かった者が合格していたりすると自然と注目され、実際にこの目で見てみたいと考える者が意外と多い。
 そのため、いつの頃からか資格試験直後のパーティーや集会には、新人達が師匠に連れられて出向くといった、一種の業界デビューのような慣習めいた現象が見られるようになっていた。
 実際には、一人前になった時を考えての人脈作りや他のGSと触れ合って経験を深めることを狙って助手時代から師匠に連れられて集会に顔を見せるGS候補生も多いのだが、やはり助手である頃と資格を取った後では周囲の反応が違う。特に横島とピートはあの美神令子と唐巣神父の弟子だということで本人達が思った以上に注目されていたため、令子などは「みっともない真似するんじゃないわよっ!!」といつも以上に横島の動向に目を光らせていた。
 その際、美神に連れられた横島の礼服が貸衣装だったのでピートもてっきりそうだと思っていたが、後で聞くと、意外なことにピートが身に着けていたものは全て自前だった。日本にやってくる際、島の仕立て屋が普段着になるスーツやシャツの他、礼服も何種類か作って持たせてくれたのだそうだ。現金収入こそ乏しい吸血鬼達だが服の元になる布地や革や糸は自分達で生産しているので、採寸からしてジャケットから革靴やタイまで一式仕立ててくれたらしい。
 吸血鬼とはいえブラドーは伯爵として領地も持つれっきとしたイタリア貴族であり、ピートはその令息である。本人はそんな身分や肩書きなど自覚していないが、島民達はブラドーには怯えを見せてもピートのことは敬っていて、初めてブラドー島を訪れた時も、ピート様ピート様とごく自然にピートを慕う島民達の姿にある意味感心したのを覚えている。ピートにわざわざ礼服まで持たせたのは、『ピート様』に恥をかかせてはいけないという彼らの思いが多少ならずあったのだろう。「みんなに大事にされてるのね」と冗談めかして言うと、ピートはただ恥ずかしそうに笑っていた。
 採寸の時もさぞ恭しく寸法を取られたのだろうと思うと、あの性格だからきっと恐縮したに違いないピートの苦笑が浮かんできて、エミは密かに笑うと同時に、きっとあの時パーティーで見た礼服姿のピートと今年のクリスマスを二人きりで過ごしてやるぞと決意を新たにした。
 タイミングを外したり仕事で色々走り回っている内に気がつけばクリスマスまであと二日というところにまでずれ込んでしまったのが我ながら情けないが、少々早いクリスマスプレゼントにこのブローチを渡してそのままディナーの約束をと、小箱をしまい、封筒に入れたクリスマスディナーのペアチケットを確認しながらエミは小さくガッツポーズを作る。
 すでにエミの脳裏では一流ホテル最上階の高級レストランの中、東京の夜景を見渡す窓際の席で礼服の胸元に自分が贈ったピンブローチを飾ってグラス片手に微笑んでいるピートの姿とそれに向かい合う自分……という光景が展開されており、にへらと歪んだ口元の緩みはすでに顔全体に達していた。幸いというか何と言うか、喫茶店の一番奥の席に座り、壁に顔を向けているのでそのしまりの無い表情を他人に見られることはそうないだろうが、一応念の為に言っておくとエミが先程から立ち止まって妄想を先走らせているここはクリスマスと年末セールの真っ最中で賑わっている大手デパート内の瀟洒な喫茶店の中だったする。もうすでに夕方近いため、昼食にも夕食にもティータイムにも半端な時間帯で店内の客が少なかったのは他の人間の精神衛生という観点から考えて間違い無く幸いだったろう。
 壁の方に顔を向け、ビロードの宝石箱と予約チケットの入った封筒を入れたバッグを抱き締めながら、あらぬ方向を見つめてへらへらと笑うエミの姿は後ろ姿を見ているだけでも相当怖いものがあった。
「……ふふふ、うふふふふ……待っててねぇ〜ん!ピートぉ〜ん」
 別に誰も待ってはいないのだが、そう一声叫んで日頃のクールさが嘘のようなでれんとした顔で微笑み、残りのミルクティーを飲み干すと伝票を携えて飛び跳ねるような軽快な足取りでレジに向かう。その浮かれ様とでれんとした表情にレジで応対したボーイが鳥肌と脂汗を浮かべ笑顔を見せつつ青ざめていたがそんな事など今のエミの眼中には無い。
 Gメンのバイトも今日で終わるということで、ピートの仕事がいつもより早く終わるという情報はすでに仕入れてある。
 このまま事務所に向かいピートが出て来るところを待ち伏せて、上手く言い包めてプレゼントを渡しディナーに行く事を了承させてしまえばこちらのもの。これまでタイミングを外しまくって誘えず二日前まで来てしまったが、クリスマス当日の約束さえ取りつけられれば全ては『勝ち』である。
(とりあえず問題は、このピンブローチをどう言って渡すかよね……。高価過ぎるとか言って絶対遠慮しそうなワケ……)
 俯いて顎に手をあて、口の中でぶつぶつと呟きながらどうやってピートを落とすかの算段を始める。
 そうやって、考えている手の中からどれが一番すんなりいきそうかと思案しながらデパートのエントランスホールに足を踏み入れた時、視界の端で見慣れた蜂蜜色の頭が動いた気がしてエミはふと顔を上げた。

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