ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 永遠編 付 〜一期一会〜


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/ 9)

買い物帰りの道ですれ違おうとした男性が、突然向きを変えて隣に並んで来た。
 「女性がこんな時間にこんなスラム街を一人歩きなんて危険ですよ。お送りしましょう。あ、お荷物もお持ちしますね」
道で知らない男性に声をかけられることは、よくある。その中にはこの手の申し出も少なくない。しかし自分には必要のない事だ。
いつも通り断ろうとして男性の顔を見たのだが、その瞬間意識がある一点に奪われる。
……似ている……?
 「どうしました? あ、別に盗ろうなんて考えてないですよ。道はこっちでいいんですよね?」
聴覚により意識が現実に引き戻される。
いつの間にか手に提げていた買い物カゴは男性の手に握られており、疑問と不安の入り混じった顔で彼は立ち竦んだままの私の顔を覗き込んでいる。
その顔がまた私の意識を奪う。
……やっぱり全然似てない。
……当たり前。『彼』はもうずっと前に死んだ。
 「ど、どうしたんです? あ、別に怪しい者じゃないですよ? 特にやましい考えも……」
でも隣でオロオロと言葉を足している男性は、どこか『彼』に似て安心させるような雰囲気があった。
 「ありがとう・ございます。こちらです」
必要は、無い。でも、もう暫くその懐かしい雰囲気に触れていたかった。

先に立って歩き出すと、彼も横に並んで歩き出した。
 「さっきはビックリしましたよ。いきなり立ち止まって俯いちゃうから大声でも出されるのかと……」
彼は心底安堵したような表情をしている。この表情にも懐かしさを感じる。
 「俺、ナガシマって言います。……この近所に住んでるんですけど…」
態度から後半が嘘である事は明白だった。しかし嘘をつく理由は分からないが、悪意が無いことだけは何故か理解できた。
 「名前…訊いても、いいかな?」
彼はなにかとても申し訳無さそうに聞いてくる。
 「マリア…です」
 「マリア…さんか。優しそうな、いい名前だね」
そう言って彼は見るものを安心させるような微笑みを浮かべる。
 「ありがとう・ございます」
褒められたお礼を言うと、彼は益々ニッコリと微笑む。
 「……マリアで…いいです…」
理由も無く俯いて、付け加える。誰にでも同じ事は言うが、特に彼には『マリア』と呼んで欲しかった。
 「あ、うん」
すると何故か彼まで俯いてしまった。


 「ところでマリア…は、こんな時間に買い物? 学校か何かの帰り?」
暫くお互い俯いたまま無言で歩いていたが、彼は躊躇いがちに質問を口に出した。
 「アルバイトの・帰りです」
 「バイトしてるんだ。こんな時間まで、大変だね」
彼は同情と言うより心配するような表情で、暫く思案げにしていたが再び口を開いた。
 「…そうだ! それじゃ俺、毎日君を送りに来るよ。バイト先まで迎えに行ってさ!」
あまりに唐突な物言いに思わず彼の顔を見るが、いたって真剣な表情だ。
 「………」
送ってもらう必要性は、無い。だが、断るのも躊躇われた。
 「ダメ…かな…やっぱ」
沈黙を否定と受け取ったのか、彼は誰にともなく確認の言葉を呟く。
 「………」
 「………」
沈黙。
再びお互いに俯いたまま無言で歩く。
しかし、ふと彼を横目で見て、先程との相違点に気付く。
どこか嬉しそうだった彼の表情は、今は悲痛な後悔に曇ってしまっている。
 「ありがとう…ございます」
躊躇われていた返答が自然と口に出た。
それは無意識に、次に来る結果を予測しての事だったのかもしれない。
彼が……笑った。
それだけで安心する、それだけで全てがこれで良かったのだと思える。そんな笑顔。
 「よかった。怒ったのかと思った」
見当違いの安堵の声を漏らす彼の表情をよく見ようと顔を上げ、あることに気付く。
 「じゃ、バイト先教えてよ。あとバイトの予定なんかも……」
私が立ち止まると、彼の話も止まる。
私が脇を見上げると、彼も見上げてその意味を理解する。
 「ここがマリアの家か」
頷いて、先に立って歩く。彼も無言でついてきた。


階段を上り、2階の一室のドアの前で振り向くと、彼もすぐ後ろについて来ていて私の目の前で立ち止まった。
 「ありがとう…ごいました」
彼の持つ買い物カゴに手を伸ばしかけて、ふとその手を止める。
少し腰をかがめた位置から、俯いていた彼の顔を覗き込み、彼の表情が何かに耐えるように辛そうに歪んでいるのに気付いた。
 「……お礼・したいです。あがって・いきませんか?」
ごく自然に出たこの言葉も、道義的な理由のため……だけだったろうか。
 「え、いや、その、いいの? あがって?」
そう、この表情。この人にはこの表情でいて欲しい。だから…
 「どうぞ!」
部屋のドアを開けて彼を招き入れた。




 「おお、マリア。遅かったな…なんじゃ? そいつは?」
部屋の隅でデスクについていた老人が、私の隣で買い物カゴを提げた彼を見て訝しげな視線を向けた。
 「ナガシマさんです。マリアの・荷物を・持って・くれました」
 「ふむ。またぞろマリアの色香に惑わされたクチじゃろう」
思わず彼の方を見ると、呆然として今の発言の内容も聞こえていないようだった。
 「図星じゃろう。マリアの魅力も大したもんじゃな。わっはっは」
彼が反応しないのを肯定と受け取って、老人は高笑いした。そこで彼はやっと我に帰って、マリアに向き直った。
 「えっと…マリアの…お祖父さん?」
返答の替わりに首を横に振る。
 「親戚…か何か?」
首を振る。
 「そもそも一人暮らしじゃあ…?」
首を振る。
 「わっはっは。小僧、マリアに親戚などおらんぞ。そもそも血縁というものが有り得ん」
彼は突然高笑いを再開した老人に目を奪われる。その表情には混乱しか浮かんでいない。
私も理由もなく落ち着かなくなる。次に来るのは誰にでも言う同じセリフだが、彼には何故か言って欲しくない。
 「マリアはな……」
 「ドクター・カオス!!」
突然の大声に、二人は驚いて私を見る。
 「夕飯…作ります。お礼に・ナガシマさんも・一緒に」
そう言う自分の声が小さく感じられたのは先ほどの大声と比較した際の錯覚だったろうか。
 「な…なんじゃ? 大声を出しおって? 夕飯ぐらいおごってやってもよいぞ」
 「あ…ありがとうございます。もしかしてマリア…の手作りですか?」
Dr.カオスも彼も、いまいち理解の行かない様子ながらも夕飯を話題に会話し始めた。
それを確認して、私はキッチンに向かった。




 「うわぁ。俺、初めて見ましたよ! これって日本の伝統料理でミソシルとか言うヤツでしょ?」
食卓に並んだのは日本の伝統的な家庭料理。
 「なんじゃおぬし、日本人のクセに食ったことが無いのか? わしなんぞは毎日食うとるぞ?」
日本に来て初めてお世話になったアパートの大家さんが教えてくれたもの。
今ではすっかりDr.カオスのお気に入り。
 「でも不死身だったら飯なんて食わなくてもいいんじゃないですか? その焼き魚、1個くださいよ」
 「不死身といえども腹は減るし、餓死するほどの苦しみは味わうんじゃぞ! やらんわ!」
二人は箸を戦わせてメザシの取り合いをしている。すっかり打ち解けた様子だ。
私の調理中にDr.カオスは彼に色々な話をしていたようだった。
彼もしきりに相槌を打ったり質問をしたりして、興味津々のようだった。
 「成長期の少年にタンパク源を譲ってやろうとは思わないんですか?」
 「たわけ! おぬしこそ老人をいたわらんかい!」
Dr.カオスのこんなに活き活きとした姿は久しぶりに見た。

お盆を持ったまま二人の様子を眺めていると、メザシを諦めた彼がそんな私に気がついた。
 「あれ? マリアは食べないの? あ、そうか…俺が座っちゃったらマリアが座るところ無いんだ」
確かに卓は長細い長方形。2人が対面して食事をとれば席は一杯になる。
 「お? 言わんかったか? マリアは飯なんぞ食わんぞ」
しかしDr.カオスが正しい理由を説明しないはずもなかった。
 「マリアはわしが造ったアンドロイドじゃからな」
彼の動きが、表情が、凍る。
 「………」
私も何も言うことができない。
 「なんじゃ? 信じられんのか? まあそれも尤もじゃがな」
…違う。
彼はDr.カオスの話を疑ったりしていなかった。そして今の発言も。
彼が沈黙したのは理解してしまったから。私が人間ではないことを…。
 「マリアはわしの最高傑作じゃし、最近ではわしでも驚くほど人間らしく……」
 「帰ります!」
Dr.カオスの発言を遮って彼は突然席を立った。
 「ごちそう…さまでした」
そして誰にとも無く呟き、玄関に向かった。




 「待って・ください!」
逃げるように玄関を出た彼を追いかけて声をかける。
彼は階段の手前でこちらに背を向けたまま立ち止まった。
 「………」
そして暫くの沈黙。
つい呼び止めてしまったけれど、何を話せが良いか分からない。
このままでは彼に二度と会えなくなる気がしたのだが、何故そんなことが気になるのかも分からない。

首筋に何かが触れる感触に思考を中断される。いつの間にか目の前に彼がいた。
 「……かたい」
私の首に片手をあてて、無表情に、呟く。
 「……でも、なんかあったかい」
相好が、微妙に緩む。
 「……良かった。笑ってくれた」
彼の顔から目が離せないでいた私の顔を真正面から見て、呟く。
 「マリアの…その顔が見たいから…また、来るね」
ニッコリ笑って、少し恥ずかしそうに、言う。
 「………」
私は言うべき言葉が思いつかなくて、ただコクリと1回頷いた。

それを確認すると彼は踵を返して走り出した。
しかし再び階段の手前で立ち止まり、振り向く。
 「ミソシル、おいしかったよ。また食べさせてよね!」
それだけ言って今度は本当に階段を駆け下りていった。


彼にまた会える。
それだけがハッキリと意識されていた。
いや、むしろそれだけに意識が全て占領されていた。

数秒後か数分後か、意識が解放されて振り返るとDr.カオスが玄関のドアにもたれかかって立っていた。
目が合うと、微笑みを浮かべながら歩み寄って来て、私の傍に並ぶ。
そして大きな手を私の頭にぽんっと載せ、呟く。
 「お前のおかげで、退屈せんわい」
どういう意味かは、理解できなかった。

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