ザ・グレート・展開予測ショー

Coming her to HONG KONG([)――生命――


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(02/ 3/ 8)

「で、結局どうやって攻めるんですか?」
 校舎の中。
 明飛は、先程から無言で隣を歩いている女性に恐る恐る訊ねた。……心なしか体が緊張しているようで、動きが固い。自分で意識できるくらいなのだから、他人から――例えば今隣を歩いている女性から――見れば、自分の動きがぎこちない事など丸分かりだろう。
「正攻法……で行きますよ」
「? 正攻法?」
「つまりは力で押すこと」
 事も無げに答えてくる所が凄いと言えば凄い。師の話によれば、除霊を力のみで行うには相当な技量が必要だという事だが……
 明飛は女性の前に立ち止まって、彼女の歩みを止めた。
「あなたには……それだけの力があるんですか?」
「? 力……?」
 疑問符をあげる彼女。明飛は構わずにまくし立てた。
「除霊なんかで死ぬのは馬鹿らしいって……ボクの先生は言ってました。……闘って死ぬなら、幽霊なんかに自分の命をくれてやる事はない……って」
 死ぬ事は、怖い。
 だから、最低限死なないようにするのがGSの義務だ。……悪霊なんかに自分の命を差し出すつもりはさらさらない。『仕事』としての闘いに命を賭けるのは、馬鹿のやる事だ。……自分は、これまでの仕事でそれを学んだ。
 生き残る事……を。
「……ボクは死にたくありません」
「今更遅いですわよ」
「それでも……死ぬわけにはいかないんです」
「そんなこと、誰だって同じよ」
 誰だって同じ。
 命の価値は、全てのものが等価になることの一つ……そう考えれば、自分の命も……彼女の命も。
 雪之丞の命も……もしくは、今から闘おうとしている霊が、生前、持っていたであろう命も。
 全ては等しい。いや、等しくされてしまう。……だが。
「……違いますよ」
 明飛は反射的に答えていた。言ってしまってから、ハッと気付く。……彼女は、唖然とした顔でこちらを凝視していた。
「……違うんです……ボクの命はボクの物。あなたの命はあなたの物。……命の価値が等しいなんてことは……絶対にないんです」
 こちらを凝視していた彼女の顔が、ふっと緩む。
「だから……ボクは死ねない。……あなたも死ねないんです。ボクの命は一つきりだし、あなたの命もここにあるものだけしかない。命は……命には……等価な物なんてないんです……」
「だったら、尚更気を抜くわけにはいきませんわね」
 顔をあげる。……彼女は、微笑んでいた。見るものを魅了する、天使の微笑み…… 思わず、それに引き込まれそうになる。
「あなたは後衛を務めなさい。……私が前に出ます」
 微笑はその欠片も残さずに、引き締まった表情へと化けた。……明飛は頷いた。命を捨てる事は出来ない。……だが。
 自分にもやらなければならない事がある。……義務を果たさない事は、心を廃す事に他ならない。……自分は、やる。
 無言で覚悟を決め、明飛は掌の中の自動拳銃を握りなおした。


 一つ一つ、教室を回って行く。深夜の学校ほど不気味な物はないが、それが仕事である以上仕方のない所ではある。……明飛は、扉を閉めた。
「ここには何にも居ませんね」
「そうね」
 先程から、隣の女性は口数が異様に少なくなっている。……もしかして自分が怒らせたのかとも思ったが、ついさっき、そうではないと気付いた。彼女は集中しているのだろう。……実際、暗所に閉所。少しでも油断すれば、死が現実のものとなる。
(……見鬼くんも反応しっぱなしだし……)
 霊気探知機たる見鬼くんは、先程からひっきりなしに回転を繰り返し、喧しいアラーム音を鳴り響かせ続けている。……学校中に霊の気配があるため、悪霊の霊波を絞りきれないのだろう。
 自分には霊の気配などを感じ取る力はない。それ故、その辺では彼女に頼るしかないとは言え、何もしないでただ後ろから着いて行っているだけと言うのは、なんとも情けない。意識を凝らしても、自分には辺りに充満しているはずの霊気すら感じ取れないのだ。
「えーと……何か、見つかりましたか?」
 思い余って訊く。……隣の女性は、ただ、前を向いて黙々と歩きつづけるだけだった。……分かっていた事とは言え、思わず溜息が――
「出たわ」
「え……」
 出掛かった溜息が引っ込む。……扉の前。扉に書いてある文字は……
『体育教室』
「? さっきと同じ所に……?」
 先刻、自分が張っていた場所に間違いない。
「間違いなくこの中よ。……他の霊とは霊気の質が違う。それなりに強力な霊みたいですわね……」
 明飛は自動拳銃を握り締めた。両手で肩の辺りに保持し、いつでも撃てる体勢を作って置く。
「開けますよ」
 彼女が扉を開いた。……扉の中からは、声が聞こえていた……

――いいかお前らよく聞けよ……我が国は朝鮮の為に、当時帝国国家だった日本と戦ったんだ。だけどなぁ、日本は我が国に勝っちゃったんだよ。つまり我が国は日本に負けてしまったということだ。おい、聞いてるか?――

「何て……言っているんですの?」
 広東語が分からないのだろう。隣の女性が訊いて来る。だが、明飛は答えることが出来なかった。……これは……
(この……この悪霊は、『授業』をしていたのか!?)
 生前の通りに授業をして……それを聞くために霊が集まって来る。霊を相手に中国史を教えていたのだ。この霊は……
「こいつは……悪霊じゃない」
 反射的に、口をついて言葉が漏れる。
「……?」
「駄目です……こいつは、除霊しちゃいけない…… こいつ自身は……無害なんだ」
 問題があるのは、集まってくる霊達なのだろう。……『授業』に惹かれて集まってきた霊達が地縛霊化して、更に集まって霊団となる。霊団となってしまえば最早個々の意志は限りなく薄くなる。校舎を破壊したとしても不思議はない。
「無害……? 実際に被害が出ているんでしょう?」
「でも!」
「……どいていなさい。私はこの『悪霊』を除霊します。……その為に私は来たんだから」
 未だに『授業』を続けている教師の霊へ、彼女は近づいて行く。手に数珠を取り出し、念を込めてそれを武器と化す。
「……駄目です……」
 動かない。
「そいつは……何も知らない……ただ授業がしたいだけなんですよ……」
 足が動かない。
「それ以外は何も出来ない……」
 声が震える。
「だから……」
 震える手が、握っている鉄の塊を持ち上げる。
「ボクは……こいつを『悪霊』だとは思いません……」
 明飛は引き金を引いた。


現在時刻、1時23分

                            ――To be continued――

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