ザ・グレート・展開予測ショー

あなたをScandal!【9】


投稿者名:黒犬
投稿日時:(02/ 2/25)




「ふぅ。とりあえず、撒けたみてーだな」

かおりと魔理の猛撃によって、知らず知らずの裡に誘導されてたどり着いたその場所は、ビルの谷間にひっそりと設えられた小さな児童公園だった。
既に夕刻を過ぎて空には星が見え始めているこの時間、遊び戯れる子供たちの姿はそこに無く、そっけない無人の空間が「しん」と広がっているばかりだ。

「いったい、どいつもこいつも何だってんだ? アレの事か? それともアッチの方が原因か!? あぁ! 心当たりが多すぎて逆にわからーん!!」

頭を抱えて身悶える横島。
考えれば考えるほど、アレとかコレとか理由になりそうな事柄が次から次へと脳裏に湧き出してきて、思わずその数の多さに絶望してしまいそうになる。
日頃の行いって、やっぱり大事ダネ。

「ま、待て。落ち着け、落ち着くんだ、俺! 冷静になって考えるんだ、俺!」

ブンブンと頭を振り、不吉な未来予想図――もちろん地獄絵図――を、とりあえず心の棚に放り投げておく事に決め込んだ。

「原因究明は後だ、後! まず、今を生き抜く事を考えるんだ!」

恐怖に震える手で懐をまさぐる。
出てきたのは、液体を湛えた茶色の壜。逃走劇の途中でスーパーに逃げ込んだ際、ちゃっかりとくすねておいた代物だ。

「こんなもんに縋るのも逃げ、か…」

呑んで不安を誤魔化そうという己の弱さに苦笑しつつ、壜の蓋を開ける横島。
そしていつものように、腰に手を当てて一気飲みする。

ごっごっごっごっご。

「――ふぅ。やっぱコイツは原液に限るな」

男なら原液だぜ。薄めて飲むなんざ軟弱者のすることさ。

そう一人ごちながら、後ろ手にポイと空になった――カルピスの壜を放り投げる。




その瞬間だった。――背筋に、ゾクリと来たのは。




動いたのはとっさに。判断したのは一瞬。でも完全に避けることができたのは偶然だった。ほとんど勘だ。
背後から伝わる気配に剣呑なものを感じた瞬間、迷わず真横に跳んだ。

――ちゅいん!!

直後、一瞬前まで自分がいた場所で何かが弾ける。

「よく、避けることが出来ましたね」

声。聞いたことのある……いや、よく知っている声。

「こ、小鳩ちゃん……」

花戸小鳩。それが彼女の名前。
いつもと同じ、しかし何かが決定的に違うその微笑み。

「ふふっ、見つけましたよ。横島さん」
「ちょ、ちょっと待って、小鳩ちゃん。その手に持ってる物は何?」
「拳銃ですけど」

こともなげに言う小鳩。

「ソ、ソレで俺を撃ったんスか?」

自分はいつの間にか、殺されるほど憎まれていたのだろうか?

「大丈夫です。ただの麻酔弾ですから。死ぬことはありません」

そう言ってにっこりと笑う小鳩。正直言って今までの小鳩の表情で一番怖かった。

『あぶないの〜! あぶないの〜!』

頭の中で警鐘が鳴り響く。
危険。今の小鳩は危険だ。

「さぁ横島さん、これから貴方は小鳩の物です。占有物です。所有物です。愛の虜です。今こそ二人の愛欲の楽園にれっつ――――がはぁっ!!」

その瞬間、横手から細い少女の人影が突進して来たかと思うと、小鳩の躰が「く」の字に折れて吹き飛んだ。

「小鳩さん、抜け駆けはなっしんぐよ♪」

小鳩の肝臓を的確に打ち抜いた姿勢のまま、愛子が小さく呟く。顔は笑顔だが、その眼は決して笑ってはいない。

「さーて、横島君?」
「は、はいぃー!」

振り返ったその顔に浮かぶのは、今晩の夢に出てきそうな微笑みだった。ヘタに小学生にでも向けた日には、登校拒否にでも陥りかねない。

「私の言いたい事、わかってるわよね?」
「………へ?」

――イヤな予感がした。

違う。

――イヤな確信があった。

「う〜ふふふふふ。よ・こ・し・ま・く〜ん」

よーするにアレだ。彼女もまたハンターだったという事だ。
そして獲物は自分。自分なのだ。

何がどうしてどうなっているのかは、相変わらずさっぱりであるが、ここまで来てやっとひとつだけ理解できた事がある。

狩人に狩られた後の獲物の運命なんて、どうせロクなもんじゃない。―――つまり、そういう事だ。

「横島君………覚悟はいいかな?」

ぶんぶんと思いっきり首を横に振る横島。今しがたの小鳩への無慈悲な仕打ちを見た後では当然の反応かもしれなかったが。

「そう……じゃあ、今すぐ覚悟してね。人生の理不尽な試練に耐えるのも青春よ♪」

(わざわざ尋いた意味が無えぇーーーっ!! お前、それ試練じゃなくて、趣味だろ、趣味ぃっ!!)

そんな横島の心の叫びに気付く事無く――いや、気がついているのかもしれないが――愛子はニタァ〜っと笑っている。

……おーまいごっど。神様、そんなに俺の事がキライですか?

その、あまりにも禍々しい笑顔の眩しさに、思わず天を振り仰がずにはいられない。
勿論、人外に好かれやすい性質を持つ彼は、天にも神にも愛されている。
問題なのは、彼をもっとも熱烈に愛しているのがトラブルの女神だったという、ただそれだけの事。

「神様にお祈りは済んだかしら、横島君?」

現実逃避で天に語りかけていた横島に、愛子が嬉しそうに声をかける。その声色は幼子のようにあどけなく、歓喜と期待に濡れていた。

(ヤバい……。愛子のヤツ、正気じゃねーぞ……)

ちらり、と地に倒れた小鳩に視線をくれる。
どうやら彼女は先ほどの一撃によって失神しているようだ。完全に意識を失っているその顔は土気色に変色し、あからさまに死相が出ていたりする。

「大丈夫、イタイのは最初だけ。一瞬で終わらせてあげるからぁ♪」

愛子は両手を、見る者の背筋が凍るほどに妖しく動かした。こきこき、とその氷柱のように華奢な指が分不相応の無骨な音を立てる。
そうして、これから起こる素敵な何かを予感して瞳を輝かせ、幽鬼のような動作でゆっくりと近寄ってくる。
彼女の瞳は爛々と輝いて……というより、血走っているように見えた。
 
――なんだかとってもデンジャラスで危険が大ピンチな感じ〜。

それが、横島の素直な感想だった。







それは、ある種の緊張だった。
追い詰めた者。追い詰められた者。
狩人と獲物。それが今の二人の関係だった。だったはずなのに。

「………わかった」

横島の、その一言が全てをひっくり返そうとしていた。
言葉だけではない。全身の力を抜き、軽く両腕を広げる。
それどころかその顔に、口元に、瞳に、微笑みすら浮かべて見せたのだ。

「愛子になら……いいや」

慈しみを纏った視線が愛子を誘っている。
その眼差しを受けた彼女の肉体は、落雷に撃たれたかのように痺れて動かない。

――愛子になら……いいや。

その言葉が、その言葉だけが、頭の中でぐるぐると回っていた。

「……横島君」

見詰め合う2人。
一瞬が永遠に等しいほど引き伸ばされ、お互いの目には相手しか映らない。

傍らに倒れている小鳩も風景の一部となり、ただ2人だけの独占された空間が生まれる。

何と言おうか? 何を言うべきだろうか?
否、必要なのは言葉ではない。言葉は先程の一言で十分だ。
ならば、あとは行動と行為で回答を示すべき。

心臓の音が自分でも煩わしいぐらいに高く早く脈打っている。呼吸が乱れる。
落ち着こうとすれば、逆にそれが焦りとなってしまう。

遠くから聞こえてくる、自動車のクラクション。ビルの谷間を抜けて響く、悲鳴のような風の笛。
そんな外野の“音”よりも、自分の呼吸音の方が耳障りだ。
いっそ、呼吸も止まってしまえば、彼のすべてに集中できるのに。

「……横島君」

もう一度名前を呼ぶ。
ただそれだけなのに全身の力を使い果たしたかのようだ。

体の芯が熱い。
目の奥がじんじんする。
喉はからからだ。
身体の奥底から湧き上がってくる気持ちを抑えきれない。

愛子は横島の方へ一歩を踏み出す。
息を呑む音は果たして自分かそれとも相手のものだったのか。

横島が頷く。
愛子は現状で精一杯の笑みを浮かべてみせた。

「横島くーん!」

そして駆け出す。彼の名前を呼びながら。彼の腕の中を目指して。


――8メートル。
――7メートル。


ふたりを隔てる距離が、みるみる内に縮まっていく。
横島は動かない。あいかわらず微笑みを浮かべたまま、両手を広げて愛子を待っている。


――6メートル。
――5メートル。


愛子の手の裡に、横島からは死角になるように隠された注射器が、暗器の如くキラキラと煌いていた。
その内部を満たす怪しげな液体(薬物?)の毒々しい鮮紅色が、危険なほど眼に眩しい。

(ひゅーほほほ! こーゆー事もあろうかと、学校の近くの病院からくすねて、あ、いや、借りてきておいた『コレ』が役に立つ時が遂に来たのよー!! んもう、愛子ちゃんったら天才!! らぶりぃ!! あーーーっはっはっはっは!! さぁ横島君、お仕置きパラダイスの時間よぉー!!)


――4メートル。
――3メートル。


『愛子さん、酷いです』『抜け駆けはダメって言ってたのにぃ』
胸に去来する、親友たちの怨嗟の声。

(あーーっはははは! 負け犬たちの遠吠えは耳に心地良いわ!!)


――2メートル。


この瞬間、愛子は勝利を確信した。
希望に満ちた明日。希望に満ちた未来。
望み、願い、祈り、そして信じ続けてきた幸せへのゴールラインが今、目の前に在る。

(くっくっくっ、たまらんのぅ…。じゅるり)


――1メートル。


「横島くふぅ〜〜〜ん(はぁと)」

最後の1メートル。彼女は思い切り地面を蹴って、空中に身を投げ出した。
目標は、横島の腕の中。
新郎の胸に飛び込む花嫁の心境で、手の中の注射器を構えて特攻をかける。

そして、それを迎える横島。
大きく広げた両手を、飛び込んでくる愛子に差し伸べ――

「サイキック・猫だましぃーーーっ!!!」
「うっきゃぁーーーーーーーっっ!!!」


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