ザ・グレート・展開予測ショー

!縁者の贈り物


投稿者名:フチコマ
投稿日時:(02/ 2/22)

 「はあぁぁ」
今日、何度目の溜息だろうか。と言っても数えてないし、数えたくも無い。
 「あかん。ぜんぜん足りん」
6畳一間のボロアパート。トイレと申し訳程度のキッチンはあるが、2人所帯にはいささか狭すぎるこの住居。
それでも独り身の時よりは遥かに露出面積の広い畳の上に並べられた紙幣を眺めて俺は独りごちた。
 「やっぱ問題は蛍の学費か…」
蛍――妹にして唯一の同居人。そして―俺を愛し、助け、そのために全てを失ってしまった恋人―ルシオラの転生。

俺が幸せどころか、時間も、歓びも、もしかしたら愛さえも与えてやれなかったかもしれない嘗ての恋人。
それが今では俺の実の妹。
いや、立場なんてカンケーない。ともかくこうして俺の傍らで生きていてくれるのだ。
今度こそ守ってやりたい、幸せにしてやりたいと思う。


蛍は今年の春、六道女学院の霊能科に編入した。今ではいっぱしの女子高生である。
編入に際してはコネによるところが大きかったのだと思う。
前世に起因する霊力の高さ、おキヌちゃんなどの知り合いの存在、また経営陣(冥子ちゃんの家系だ)に事情が知れていること。
これらの理由から、美神さんが学院の理事である冥子ちゃんのお母さんに掛け合ってくれた。
そんなわけで簡単な編入試験―霊能実技と筆記―を受けるだけで蛍の入学が決まった。


学期が始まってけっこう経つが、蛍は今の生活が楽しいと言う。
食事時などにはよく学校であった事の話をしてくる。おキヌちゃんやその友達に助けられた話。自分の新しい友達の話。授業の話。面白い先生の話。
次から次へと楽しそうに話すあいつを見ていると、俺もなんとも言えず満ち足りた気分になる。
俺自身も高校生ではあるのだが、学校にはほとんど行ってないし学校を楽しいと思った事も無い。
だが、そんな俺にも分かる。蛍は今、幸せなのだろうと。

だからこそ今、自分の頭を悩ませている問題―蛍の学費―の事はあいつには知られたくない。
知ってしまったら、責任感の強いあいつは今の楽しい時間を犠牲にしてでも自分で何とかしようとするだろう。


一般に私立高校というのは、俺の通っている公立高校などよりもはるかに学費が高い。
だが、蛍の通う六道女学院の霊能科はまた特別だ。
霊能科には通常授業と共に霊能実習や特殊講義がカリキュラムに含まれている。
講義には現役GSを特別講師に招いたりするし、実習では様々な霊能関係の道具を扱うらしい。
俺の所属する事務所の所長や厄珍堂の売り物を例に出すまでもなく、これらにはべらぼうなコストがかかる。
そんなわけで日本一高いGS輩出数を誇る霊能科は、同時に日本一高い学費を誇ってしまっているのである。


 「はぁ」
また溜息が出る。といっても他に聞く者がいるわけでもない。蛍は今、学校に行っている。
そうでなければ俺はこんなにおおっぴらに金の計算をしたりしないし、だいいち溜息なんてついたりしない。


家計の事は目下のところ俺だけの問題だ。
他の家事は俺は苦手であるし、蛍が率先してやってくれるので任せてしまっているところもある。
しかし財政の管理だけは「金を稼ぐのは俺だから」とかテキトーな理由をつけてあいつには譲らなかった。
今考えればずいぶん理不尽な理由だが、あいつはそれについては何も言わなかった。

なにせ1人でさえ食うや食わずの生活をしてきたのである。2人ではさぞかし大変になるだろうと思っての事だったが、始めのうちは何の問題も苦労も無かった。
部屋代が変わるわけでもないし、光熱費に大きな変動があるわけでもない。
強いて言えば蛍が毎日、朝昼晩と手料理を作るようになったためガス代は上がったが、出来合い品を買わないで済むようになった分、食費が格段に減ったため問題にはならなかった。材料を買って作る場合、かかるコストは1人分も2人分も大して変わらないのだ。そのうえ栄養バランスもしっかりとれて、何より味が――
 「ってちゃうやろ! 俺!」
俺は蛍の手料理を思い出してニヤニヤしていた顔を引き締め直す。
あと大きく変わったのは銭湯代ぐらいだろうか。前は1週間に1・2回行けばいい方だったが、今は蛍がうるさいので2日に1回は行かされる。あいつ自身はほぼ毎日いっているらしい。2人いっしょに行くときは毎回俺が外で待たされるハメになるのだが「ごめーんお兄ちゃん待ったー?」とか言って悪びれた様子もなく俺の腕を取って歩き出す蛍は――
 「ってこれもちゃう!!」
アカン。生活費のことを考えるとどうしても蛍の話になってしまう。俺は頭をブンブン振って意識を現実に戻す。


そう、生活費はあまり問題にはならなかった。しかし、そこに六道女学院編入の話である。
最初に美神さんにその話を持ちかけられたとき俺は1も2も無く賛成した。
蛍にとっても良い話のように思われたし、妹が通っていれば女子高に立ち入るチャンスも増えるかもしれない。文化祭とかにも呼んでもらえて「私のお兄ちゃんよ」とか言って友達に紹介されたりして「ステキなお兄さんね〜」なんて言われたりして……などと考えていた。
アパートに帰って蛍に編入の話をすると、あいつは飛び上がって喜び「お兄ちゃん大好き」とか言いながら抱きついてきた。あん時は一瞬理性が飛びそうになったが、あいつの目にうっすら涙が浮かんでいるのが見えたので、そのまま暫くあさっての方を向いて知らない顔をしておいた。
が、次の日に蛍の意向を告げて美神さんから入学案内を渡された俺はその内容を見て愕然とした。
そこに記されていた学費の額は俺の想像も、世間の常識さえも逸脱したものだったからだ。
美神さんは編入にあたっての自分の手間とかをぶちぶちしゃべってた様な気がするが、覚えていない。
話を聞けとか言ってどつかれたような気が…いや、こっちははっきり覚えている。
とにかく。美神さんの手間はともかく、あいつに期待させてしまった以上いまさら計画を中止するわけにも行かない。
あいつは気にするだろうから学費のことがバレ無いように話を進めよう。
これが俺の立てた方針だった。


そんなわけで多分、あいつは自分の学費のことは知らない…と思う。
あいつが目を通す資料なんかからは尽く学費に関するところは抜き取っておいたし、他の者の口から―例えば美神さんなんかからその話が出そうになったときは決死の覚悟で止めた。大体は俺がシバかれて終わるような方法を取ったのだが、妹の追い撃ち文句が入らないのがせめてもの救いだった。

今のところ学費の納入は俺が六道家に直接頼みに行って待ってもらっている。俺が突然訪ねて行って目の前で土下座すると、冥子ちゃんのお母さんは驚いていたが快く「いいわよ〜」と言ってくれた。
しかし、そう長々と好意に甘えているわけにもいかない。とりあえず入学金と1学期分の学費だけでもなんとか近日中に―――


 ガチャリ


玄関のノブを回す音に思考が中断される。俺は基本的に部屋に自分ひとりのときは鍵をかけない。無用心この上ないが、もともと用心すべきものも無い。そのかわり蛍には絶対に鍵をかけるように言ってある。用心すべきものがあるからだ。

ギィ〜〜バタン! チャッ

ドアを閉めて、鍵をかける音…蛍だ。間違いない。
俺は急いで畳に小ぢんまりと展開していた金を片付ける。
 「ただいま〜! ……お兄ちゃん、何やってんの?」
蛍が声をかけてきたとき俺はちょうど金をGジャンの懐にしまうところだった。玄関には背を向けているのであいつからは見えないと思うが、それでも妹の声でギクッとしたのは十分あやしかったかも知れない。
 「お、お帰り。早かったな」
おまけに声まで慌てている。考えてみれば隠す事もなかったような気もする。
 「え〜? 早くないわよ。ヘンなお兄ちゃん」
蛍は特に追求しようともせず、そのまま玄関脇のキッチンへと向かった。ビニールをあさる音と冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえてくる。どうやら買い物に寄ってきたらしい。
するってえと今何時なんだ?
時計を見る。
5時。確かに蛍の帰宅時間としては早くない。俺はいったい何時間考え込んでたんだ?


キッチンの方からは包丁を使う規則的な音が響いてくる。それに混じって鼻歌なんぞも聞こえてくる。
俺はなんとなく手持ち無沙汰で部屋を見回す。
……片付いている。
つい数ヶ月前までは万年床に食い散らかしのゴミやなんかで畳も見えないほどだったのに。
今では床にゴミなど一つも落ちていないし、4畳分くらいのスペースは裕に確保されている。

考えてみれば、守ってやる、幸せにしてやるとか息巻いていても、家事ではカンペキにあいつに頼りきってしまっている。
果たして俺があいつに何をしてやっていると言うのだろう。現に今もあいつは働いているのに、自分は何もできないでいる。
 「働く…か」
口に出してつぶやいてしまったが、キッチンでは今ガスを使っている。聞こえてはいないだろう。
 「やっぱ俺にできることって言ったら、それぐらいしかないよな」
さっきより強めに言い放って、俺は立ち上がった。
その足で部屋の入口に向かい、キッチンを覗く。

蛍はおたま片手にガス台にかけられた鍋をなにやら熱心に覗き込んでいる。
…なにしてんだろ? でもこの臭いはカレーかな?
 「蛍ー! 俺ちょっと出かけてくるな」
あいつはちょっと驚いた様に顔を上げ、俺を見た。よっぽど集中していたらしい。
 「えぇ―!? これからドコ行くのよ!?」
行き先を聞く前なのに、既に声には不満が含まれているような気がする。
 「事務所……ちょっと仕事に…」
俺は気圧されて及び腰になりながら答えた。
 「今日、仕事があるなんて聞いてないわよ!?」
今度は明らかに不満そうな表情をし、両腰に手を当てて俺を真正面から見据えてくる。
 「あ――、とにかく行ってくるから」
俺は目を泳がせながらそれだけ答えて逃げるように玄関に向かった。
確かに今日は仕事の予定はなかった。これ以上つっこまれればボロが出そうだ。
 「あ、ちょっと待ってお兄ちゃん! 今日は話が―――」
話が終わっていようがいまいが今は逃げるが勝ちだ。この事については後で謝ろう。
俺はアパートの階段を駆け下りると事務所へと向かった。

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