ザ・グレート・展開予測ショー

!〜よく晴れた空の下で〜 後編


投稿者名:猫姫
投稿日時:(02/ 2/14)




 探していたの。

 広い広い世界の何処かに、どんな人にでも必ずある、たったひとつだけの場所。

 ずっと、ずっと探していたの。










〜よく晴れた空の下で〜 後編










 一般の海水浴場から、更に湾岸道路をひた走る事十キロくらい。
 道路の右手側はすぐに山になってて、左手側には不思議とひと気の少ない海。
 お兄ちゃんがバイクを停めたのは、そんな場所だった。
「ここは遠浅だけど、波に洗われても磨り減らない硬い岩があちこちに突き出ていて、子供とかには危ないから、海水浴場にはなっていないんだ」
 なーるほど。
 見れば、黒い岩が海面から点々と顔を覗かせてる。きっと、水の下にも見えない岩がゴロゴロしてるはず。確かに危ないよね。
「ま、泳ぐんならともかく、水遊びなら気をつけてりゃ問題無いから。ちょっとした穴場ってヤツだ」
 ちょっと得意そうに言うお兄ちゃん。
 そうやって笑うと、何だか子供みたいだよ?
「ねー、早く砂浜に降りようよー」
 わくわくする心を抑えられなくて、お兄ちゃんを急かす私。
 ふふ。私も子供みたいだね。
「んじゃ、行くか!」
「うんっ♪」






 お兄ちゃんと海で遊ぶ。色々して遊ぶ。

 水のかけっこをしたり。
「そーれ!」
「ぷわぁっ!そのバケツはどこから!?」
「落ちてたのー」

 カニを追いかけたり。
「わっわっ、早いよ!カニって早い!」
「脚が多いのは伊達じゃないってか」
「わわっ、こっち来るー」

 綺麗な貝を拾ったり。
「これ、シジミかな?」
「食ってみりゃわかるんじゃねーの?」
「砂を吐かせなくちゃいけないから、明日の晩御飯だね」

 波打ち際で、寄せて来る波と遊んでみたり。
「よし、引いたぞ!突撃だ!」
「とつげきー!」
「新たな波が!転進、転進ー!」
「てんしーん!……わわっ、波に追いつかれちゃったよー」
「トロいなー、お前」

 楽しいね。楽しいね。
 お兄ちゃんといると、こんなにも楽しい。

 ……でも、ちょっとはしゃぎすぎたみたい。

「えへへ。お兄ちゃーん♪」
「うわっ!ちょっ!ちょっと待て!」
 いつもなら平気なんだけど、膝まで水に入ってたのがいけなかったみたいで。
「わわっ!やー!」
「おわーっ!」

 ざぶーん!

 私がお兄ちゃんの背中に抱きついた格好のまま、二人一緒に水の中。
 溺れるような深さじゃないけど。
「ぷはっ、びしょびしょだよ〜」
「うえー、海水って不味いよなー」
 うぅ〜、パンツの中までずぶ濡れだよ。
「あ、ちょっとあっち向いてて!」
「了解…………ちぇっ」
 わざとらしく舌打ちしながら、背中を向けるお兄ちゃん。
 お兄ちゃんもずぶ濡れ。全身からぽたぽたと雫を落としてる。
(……あ……)
 そうだった。転んじゃったのは私のせい。
「あの……ごめんね、お兄ちゃん」
 濡れたTシャツの張り付いた背中に、そっと手をふれて謝る。

 お兄ちゃんは何も言わずに向こうを向いたまま…………いつものように優しく頭を撫でてくれた。
 えへへ。






 二人並んで、海面から突き出た岩に腰を下ろして、お日様の光で服を乾かす。
 顔を上げると、晴れ渡った空の青と水平線まで続く海の青さがいっぺんに眼の中に入って来て、何だか素敵な光景。
 潮の香りを含んだ海の風に、ちょっとだけ鼻の奥がツンとするけど。

「……ねえ、お兄ちゃん」
「んー?」
 ぼんやりした声の返事。眠いのかな?
「このまま、どっか遠い所へ行っちゃおっか。何もかも忘れちゃって、さ」
「何もかも、か……」
 お兄ちゃんの眼差しは遠い。
 視線だけは海に向いてるけど、ホントはもっと遠い所を見てる。
「そ。忘れちゃうの、何もかも。『横島忠夫』も、『横島蛍』も……」
 それから『ルシオラ』も……
 私達は誰でもない、ただの“わたし”と“あなた”になって……
「それで、だーれも知らない場所で、二人っきりで暮らすの。おじーさんとおばーさんになっても、ずーっと二人だけで一緒に暮らすの」
 もし、そうなら。そう出来たのなら。
 きっと、私達はまばゆいばかりに幸せ。
「……どうかな、お兄ちゃん?」

 返事は無し。
 かわりに、そっと肩を抱き寄せてくれた。

 そのまま、お兄ちゃんの肩に頭をすり寄せる。
 少しだけ、まだ湿ったシャツ。日に焼けて、ちょっとガサガサする肌。私の大好きな匂いがする。お兄ちゃんの匂い。
 いつだって私を、悲しさから、寂しさから、守ってくれる匂い。

 私はお兄ちゃんの温かい掌に、そっと手を重ねる。
 私が大事にしていきたい温かさ。
 私はこの温かさに溺れる。
 この温かさに包まれて、幸せにまどろむ。

 お兄ちゃんの隣。
 そこが私の居場所。
 世界で1番、大切な場所。
 私はずっとそこにいたい。
 ずっとそこから離れたくない。
 お兄ちゃんと、いつまでも一緒にいたいの。






 近くのファミレスで晩御飯を食べて、再びサイドカーに乗っての帰り道。
 日はもう半分沈みかけていて、街も人も車も、夕方の光に塗り上げられたみたいに紅い。
 お兄ちゃんは無言。私も無言。
 何も言葉にはしないまま、二人で同じ思い出に浸ってる。

 夕焼けに染まる空に、沈んでいく夕日に、いつも私は願いを込めるの。
 この夕焼けのヴェールの向こうで、いつかのあの日に願った明日が、きっと待っている。そう思うから。

 明日も、あなたを感じる事ができますように。
 ずっと、あなたのそばにいる事ができますように。

 ただ、一緒に生きていく。それが出来れば、私はいい。

 ずっと、ずっとこの人の傍にいたい。

 それだけ。本当に、ただそれだけなの……。






「蛍、着いたぞー。…って、寝てんのか?」
 お兄ちゃんの声がする。
 起きなくちゃ。眼を開けて、バイクを降りなくちゃ。
「ほら、起きろって」
 身体が揺さぶられてる。
 起きようとしてるのに目が開かない。上の瞼と下の瞼が仲良くしたがってる。声を出そうとしても、口が開かない。手も足も、とろけちゃったみたいに動かない。
「ったく、しゃーねえな」

 ふわり。

 身体が持ち上げられる感覚。
 力強い腕に支えられて、うっとりするような優しい温かさに丸ごと包まれてる。
 抱き上げられて 運ばれているのだけがぼんやりと感じられる。

 あ…この腕の感触は……お兄ちゃんだぁ………

 動かなかったはずの両腕が動いて、手探りでお兄ちゃんの首にぎゅっとしがみつく。
「……起きてんじゃねーか」
「ううん、寝てるよー」
 あ、声まで出る。あはは。
「ほれ、起きてんなら、自分で歩けって」
「ん、ヤだぁ」
 しがみつく。ぎゅっ。さっきよりも更に強く。ぎゅっ。
 お兄ちゃんは溜息をついて、「しょうがないヤツだなぁ」って。
 うん。私、しょうがないの。
 だから、このまま連れて行って……
「やーれやれ。我が家のお姫様はわがままやのー」
 ごめんね。私、わがままだね。
 でも、そう言うお兄ちゃんの声も、ちょっとだけ嬉しそうだよ?
「ま、甘えられるのも悪くないけどな……」
 お兄ちゃんの声が、酷く遠くに聞こえる。
 耳をくすぐるその声と息遣いが、私を心地良い陶酔に誘う。

 ゆらゆら ゆらゆら

 お兄ちゃんの腕に支えられて。お兄ちゃんの温もりに包まれて。
 私の身体が運ばれていく。
 それは誰よりも頼れる腕で。心から安心できる温もりで。

 ゆらゆら ゆらゆら
 
(揺り篭みたいで、気持ちいいな)
 そんな事を思いながら、私の意識はまどろみの中に滑り落ちていった。






 広い広い世界の中で、たったひとつだけ探し当てたの。
 
 大切な場所。安らげる場所。私の帰れる場所。
 私の幸せが置いてある場所。
 私の一番。他に何もいらない。

 それがここ。お兄ちゃんの腕の中。


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