ザ・グレート・展開予測ショー

勇気の剣(3)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 2/14)


喪服の少年と横島が対峙している場所。そこから一町ほど離れた小高い崖の上に、一人の男が立っている。男は藍色の着物を羽織り、薄灰色の袴に脇には二本の太刀を下げていた。
人狼の里ではスタンダードな恰好である。だが、彼の雰囲気は明らかに常人のそれではない。その身に纏うのは、深海よりも深い闇色の衣・・・木々のざわめきまでをも禍々しく響かせる、妖魔悪鬼のものであった。
彼の視線は、ずっとある一点に注がれていた。その先に映るのは、魂を引き裂かんばかりの叫び声を上げる少年の姿。男はその声を聞くと、不気味に唇の端を吊り上げ低く笑った。
(いいぞ。全ては我の思い通り・・・)
ざわり
その笑みが空気を震わせたかのように、重い風が吹き抜けていった。

「それは・・・一体どういうことでござる!!長老!!」
弔事の場であることを記憶の彼方に吹き飛ばし、激昂して長老に詰め寄るシロ。今にも胸倉を掴み締め上げそうなその勢いに長老は目を白黒させたが、十二分に予想できた反応だったので気を取り直すのも早かった。
「お、落ち着けシロ。とにかく、わしの話を・・・」
「そんなものはどうでもいい!!どういうコトかと聞いているんでござる!!」
長老の話を遮り、尚も詰め寄るシロ。あまりの剣幕に長老は瞬時言葉をなくした。
思いのほか霞を見送っていた時間が長かったので、他の弔問者が帰路についた後だったのが幸いした。今のシロを宥めるのは例え美神でも不可能と思われる程のものなので(手段によっては可能かもしれないが)、暴れられでもしたら収集がつかないところだった。
長老は自分の軽挙を後悔したが、覆水盆に返らず。長話は無理と判断し、要点だけを話すことにする。
「いいか、よく聞け。霞は、何者かによって殺された。だが、詳しいことはワシにもわからん。柊に聞くことじゃ」
「柊に?」
突然に出されたもう一人の筒井筒の友の名に、一瞬シロの思考が停止する。なぜ?という表情がシロの顔に浮かんだが、長老は深く頷くだけだ。
「とにかく、会ってみることじゃ。それで全てがはっきりする」
「承知!!」
口と体を同時に動かし、シロは砂煙を上げて長老の眼前から走り去った。なんだか厄介払いをしたようだが、自分より柊の方が真実を知っているのは確かだ。長老はふうと息をつくと、茶でももらおうかと寺社の方に歩を向けた。
「そういえば、柊の奴はどうしたんじゃ?喪服だったのは見ているが、葬儀には参列しとったかの・・・?」
ふと思った疑問に、長老は誰とも無く一人ごちた。

「何があったか、だって?どうしてアンタに話さなきゃいけないんだ。大体アンタ何者だ?」
潮が引くように感情がすうっと消えた表情で、少年は冷たげに言い放った。
横島は一瞬やっぱり殴っちゃる、と思ったが、よく考えれば当たり前である。好き好んで心の古傷を突付いてほしい奴などいやしない。ましてや、横島と彼は自己紹介も交わしていない赤の他人なのだから尚更だ。
「俺は横島。東京から来たGSだよ。この里に住むシロってヤツにくっついてきたんだが・・・」
とりあえず自分の素性くらいは明かしておくか、と思った横島だったが、シロの名を出した途端少年の顔に再び反応が起こった。だが、今度のそれは先刻のような負の感情を前面に押し出したものではない。懐古の念や過去の思いを携えた、穏やかな表情だ。
「アンタ、シロの知り合いだったのか・・・僕は柊、シロとは昔からの馴染だ」
シロと目の前の少年の意外な接点に、驚きを隠せない横島。柊はそんな横島の方を向かずに、俯いたまま淡々と言った。
「アンタなら、信じてくれるかな・・・僕の言う事を」
「・・・信じるさ、話してくれ」
柊の語ること。それは畢竟、普通は鼻で笑われる話だということだ。だが、横島ははっきりした声で柊に言った。
何ら根拠があったわけではない。ただ、今にも崩れ落ちそうなこの少年を放っておくわけにはいかないと思っただけだ。横島の本質に宿る、根源的な優しさのなせる技である。
柊は薄く笑うと、小さな唇をゆっくりと開いた。

シロは、粗末な小屋の前に立っていた。幼い頃から何回も行き来した、親しみのある苫吹き屋根のそれ。だが、シロはいつになく柄にもなく緊張していた。
(この戸を引けば、柊がいる。本当のことがわかるでござる・・・!!)
シロは軽く一呼吸置くと、勢いよく門戸を引き放った。
ところで、シロはアドレナリンの多さにかまけ己が能力を失念していた。即ち、彼女はその並外れた嗅覚を使えば確実に柊を探し出せた。だが、興奮の余り住処の方に直行してしまっていたのである。
現在柊は横島と共にいるため、当然小屋の中はがらんどうのはずである。だが、シロが薄暗いその中を見た時、そこには見知らぬ人影が立っていた。
一瞬シロは柊の縁者かと思ったが、なにぶん暗がりなので判別がつきにくい。第一、仮にそうでも明かりも点けずにぼーっと突っ立っているわけがない。
しかし、シロが考えあぐねたのはその一瞬だけだった。
ヒュオッ・・・
何かが空を斬った、と思う間もなく、シロは大きく後ろへと跳躍していた。次の瞬間、入り口の引き戸が真一文字に切り裂かれた。
狼の本能的な危機察知能力がシロを救った。後少し飛びのくのが遅れれば、上下肢が永遠の別れを告げていたところだった。
弾みで外に出てしまったシロを、追う様にして出てくる男。シロは、油断のない目で男を睨み付けた。
男は藍色の着物を着ており、脇には二つの刀の柄を下げている。だが、刀が入っているのは一つしかなかった。どこかに置いて来たのだろうか。
「お主、何者でござるか」
男はシロを嘲笑うかのように、にたりと笑った。その笑みに、シロは背中におぞましいものが這い回る感覚を覚えた。
「我が名は紅蛇。貴様も、我が妖刀「紫苑」の贄となるか?ククク・・・」
邪悪な笑みを崩さずに刀を抜く紅蛇。シロは、無言のまま右手に霊波刀を出現させた。
蒼天の空に、雲が落ち始めていた。
その雲は、鉛のような暗い色合いを帯びていた。先の見えない、これからの戦いを暗示するかのように。

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