ザ・グレート・展開予測ショー

勇気の剣(2)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 2/12)

吹き抜けるかのような澄み渡った蒼い空。一片の陰りも無いその中に、太陽を背負いつつ数羽の山鳥が力強く飛翔した。
こんな日は、肉体を離れた御霊も彷徨う事無く天に召されることだろう。シロは、無理にでもそう思うことにした。己が心境を投影した天気ならば、今頃は一寸先もぼやける程の大雨になっていただろう。それは筒井筒の仲であった彼女、霞の願いではあるまい。
シロは、葬式用の喪服に身を包み、本堂に敷かれた茣蓙に正座して、じっと前を見据えていた。正面に鎮座する人狼の僧の読経が、やけに重く耳に響く。刹那、読経の音が止んだ。どうやら一節が終わり、次の読経を捲っているようだ。シロは能動的に瞳を閉じ、亡き友に向けて黙想をした。だが、瞳を閉じた瞬間、霞との昔の思い出が奔流のように流れ込んできた。シロは慌てて頭を振り、その光景を霧消させようとする。だが、霧となって消えるにはそれはあまりに楽しく、鮮烈で、哀しい過去の結晶だった。
堅く握りこんだ拳の上に、透明な雫がぱたぱたと落ちる。僧が次の読経を朗々と紡ぎだしたが、シロの耳には最早何も届かなかった。
一般参列者として座っていた長老は、そんなシロを見てもの哀しそうな表情を浮かべていた。

一方、横島は・・・
「はー暇だなあ。何もすることないもんなあ・・・」
葬儀場にあたる寺から少し離れた所にある草むらに寝そべり、ぼんやりと蒼一色の空を眺めていた。
まさか部外者の横島が葬儀に参列できる筈もなく、かといって里の人々に話を窺って、などという雰囲気でもない。早い話、手持ち無沙汰なのである。
惰性に流されるままに本日何回目かの欠伸をしようとする。だが、その時視界の端に何かが映った。
「ん?あれは・・・?」
体を起こし視線を顔ごとそちらに向ける。そこには外見十四、五歳の少年が、黒い喪服に身を包んだまま、木に寄りかかって真っ直ぐに寺の方を見つめていた。その目からは光の色が失われており、何気なく振り向いたものを半歩退かせるオーラを纏っていた。瞳の奥が映し出すもの。それが、彼自身に飲み込まれ闇色に染まっているかの様だった。
横島の本能が一瞬エマージェンシーを告げたが、この気は邪悪なものではないと思いすぐに警戒を解いた。いや、寧ろこの気には前に一度出会ったような気がする。だが、それがどこだったか、何だったかどうしても思い出せなかった。
横島は多少躊躇ったが、ここで青空観賞していても埒があかない。立ち上がり、何気ないふりを装って軽く話し掛ける。
「どうしたんだ?葬儀場は向こうだぜ」
だが、少年の方は顔を向けるどころか、眉一つ動かさなかった。横島を返事を返す価値なしと判断したのか、横島の声など鼓膜にさえ届かなかったのか。おそらく後者だろうが、どちらにせよ無視された横島としては面白くない。
「その恰好、喪服だろ?何で行ってやらないんだ」
内心このクソガキ、と毒づきながらもう一度声を掛けた。これで無視されれば、拳骨をくれてやり話は終わりだ。だが、それを聞いた時少年の瞳に明らかな変化が見られた。その瞳に映るのは、悔恨、そして慟哭。
「俺には、そんな資格ないよ・・・」
搾り出すような震える声で、尚も無表情に言う。だが、その様子は明らかに先刻とは違っていた。感情、というものが言葉の端々に滲み出ている。
「資格がないって・・・彼女は、確か事故で死んだんだろ?それなのに、資格云々とは・・」
「違う!!」
横島の言葉を完全に遮り、咆える様に少年が叫んだ。顔全体に苦悶の様相が浮かび上がり、一瞬にして握り締められた両の拳からは爪が皮膚を裂いて血が流れていた。まるでコインの表と裏のようにがらりと変わった少年の様子に、横島は言葉を失った。
「僕は・・・僕は、霞を守ってやれなかった。アイツを、助けてやることができなかったんだ!!」
血を吐くような、少年の叫び。それを聞いた途端、横島の顔が強張った。同時に、先刻の気に思い当たる。ああ、そうか。この少年は・・・
だが、過去の追憶に想いを馳せるのは後回しにする。今は、事の真相を聞きだすことの方が先だ。
「教えてくれないか?何があったのか」

出棺する霞の亡骸を、シロは視界からいなくなってもその瞳を向けていた。彼女が消えていった方へ、いつまでも。最早物言わぬ友との、永遠の別れを偲んで。
「シロよ、少しいいか」
長老は、そんなシロの寂しげな横顔を見て非常に戸惑った。だが、彼は敢えてシロに過酷な現実を告げることにした。それが、シロのためだと自分に言いきかせながら。
「何でござる?長老」
「いいか、心して聞け・・・霞は死んだのではない、殺されたのだ」
その瞬間、シロの顔から一切の血の気がなくなった。

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