ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 贈物編 後


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 2/11)

2月14日正午。
日本に帰り着いて、まずマリアは自分のミスに気がついた。
太陽は一日のうちで一番高い位置にあった。正午だ。
しかも日にちは2月14日。バレンタイン・デー当日だ。
マリアは焦りのあまり時差を考えていなかったのだ。日本と南米はちょうど反対側。時間のずれは12時間近くある。
しかし、チョコレートを渡すことができない事実に変わりはない。材料は手に入らないのだ。

マリアはアパートに戻ったがドクター・カオスはいない。
今日はバイトはないので、また夢の島にでも研究材料を集めに行っているのだろうか。
ドクター・カオスは錬金術師である。ゴミのような材料からでも、必要な成分を取り出し、自分の欲しいものを手に入れてしまう。
―『成分』
カカオマスとカカオ脂の成分と同じ組成の物が作れれば、チョコレートを作ることができるのではないか。
マリアは電子頭脳をフル回転させて、それらの成分の検索と、その成分を含む食品の検索を進めた。

しばらくしてマリアは、おもむろに立ち上がり、いつもの商店街へと向かった。
彼女の頭の中にはチョコレート(?)を作るためのレシピが完成されていた。



2月14日昼さがり。
マリアは亞比寿駅前に来ていた。駅は商店街をアパートとは反対に抜けた位置にある。手荷物が増えていくので、家から遠い順に店を回るのが買い物の基本だ。尤も今日は買い物ではないが…。


まずマリアが向かったのは『DOG・RONALD』。全国チェ―ンのファーストフード店である。
自動ドアのマットが必要以上に沈み込み、透明なドアが開く。と、同時に。
 「いらっしゃいませこんにちは!!」
レジの店員が入ってきたマリアに声をかける。が、すぐに目の前の客の対応に戻る。
マリアは無言のまま階段へ向かい、2階に上る。その行動を不審に思う者はいない。
「あんなきれーなねーちゃんと待ち合わせしとんのはどんなヤローだ」などと思った者はいたかもしれないが…。

マリアの目当ては、2階に上がってすぐの台の上に有った。
そこには紙ふきんやらストローやらが並んでいて、それと一緒にコーヒー用のミルクと砂糖も並んでいる。ガムシロップのように小分けされたミルクと、スティックシュガーである。
マリアはそれらを、ひょいひょいと無造作に数個ずつ手にとり、やはり無言で下に下りる。
そんな彼女を不審に思う者は、やはりいない。
「あんなきれーなねーちゃんにパシリをさせるとは、下にはどんなヤローが?」などと思った者はいたかもしれないが…。

―『砂糖』
砂糖はどんな菓子を作るにも必要な、それどころか料理にも欠かせない材料である。しかし貧乏なカオスの家に砂糖の買い置きはない。
―『ミルク』
マリアの意識にビターやスイートといったミルクなしのチョコレートの存在は無い。チョコレートの主成分としてリストアップされた脱脂乳を作るためには不可欠な材料である。

マリアは入ってきたときと同じ様に、無言で自動ドアを開け、出て行った。
上に行ったと思ったら、すぐに仏頂面で降りてきて、スタスタと出て行っってしまったマリアを見て、客と店員は不審に思うどころか妙に納得していた。
 「上のカレシ。フられたな」


マリアが次に向かったのは、駅側から商店街に入ってすぐのところにあるコーヒーショップであった。
マリア自身が客として訪れたことはなかったが、ここのマスターとは買い物の途中で出会ったりしていて顔見知りである。
マリアが入口の扉を押すと、扉につるしてある鈴が甲高い音を鳴らした。
 「いらっしゃい。…オッ。マリアちゃんか」
初めて入ったが、店内は存外狭い。カウンターとテーブルがいくつかあるのみだ。そのどこにも客の姿は見えない。
照明は薄暗く、店中にコーヒーの香りが充満している。
 「なんにする? ウチのブレンドはオススメだけど、モカもブルマンもいい豆が入ってるから飲み比べも…」
 「ノー・マスター」
マリアの発言に、マスターは多少、怪訝な顔をした。
それが返答の内容に対するものなのか、自分の講釈を途中で遮られたことによるものなのかは判らない。
だが、すぐにいつもの人好きのする穏やかな顔に戻り、尋ねた。
 「どうしたんだい?」
 「コーヒー豆の・出し殻を・わけて・ください」

―『ポリフェノール』
カカオマスの主成分の一つでありチョコの苦みと渋みの素となっている。種類は違うがコーヒー豆にもこれに類するものが含まれている。また、コーヒー豆は色、香りともにチョコに近いと言える。

それを聞いたマスターはニヤリと笑って言った。
 「いいよ。特別に香りのいいヤツを見繕ってあげよう。匂袋でも作るんでしょ?」
 「…………」
 「ま〜た。テレちゃって。バレンタインだもんね。チョコと一緒にカレにあげるんでしょ。いいねぇ。うらやましいねぇ」
当日に匂袋の材料を求める女の子もいないと思うのだが、そこら辺に気付かないのはマスターがバレンタインに縁が無いことを示すのだろうか。
とにもかくにもニヤニヤしながらビニル袋を手渡すマスターに礼を言い、マリアはコーヒーショップを後にした。


マリアが最後に訪れたのは商店街出口近くに位置する肉屋だった。
マリアもたまにバラ肉やスジ肉を買いに来るので、馴染みの店と言える。
 「らっしゃい。マリアちゃん。今日は何にする? おぢさん1g単位で売っちゃうよ!」
マリアの顔を見ると、中年の店主がにこやかに話しかけてきた。
 「ラードを・分けて・もらえませんか?」

―『ラード』
ブタの脂肪を食用に精製したもので、オレイン酸・バルチミン酸・ステアリン酸系の不飽和脂肪酸から成る。まあ、つまりこれらの成分はカカオ脂に含まれるのと同じ物である。

 「ラード? それならいくらでもあげるよ。やっぱり肉の調理には欠かせないよね」
店主もまさか菓子作りに使う人がいるとは思うまい。豚カツが3回揚げられるぐらいの量のラードをマリアに持たせてくれた。

原料を一通り揃えたマリアはアパートへの帰路を急いだ。



2月14日夕刻。
マリアのチョコレート作りは壮絶を極めた。

まずは持ってきたミルクを容器にうつし、その容器を持ってハンマー投げ選手のように(速さは比べ物にならないが)自身が超高速回転をする。遠心分離だ。これによってミルクはバターと脱脂乳成分に分かれる。

コーヒーの出し殻は粗引きのものであったらしい。このままでは完成品がまだらになってしまうので目を細かくするために手に掴んで両手を擦り合わせる様にする。両の手の平の間から粉末状になったものがパラパラと落ちる。

『成分比は任意』とあったので(正しくは作るチョコレートの種類によって材料の比率が違うと言う意味)マリアは大鍋にもらってきたラードを全て入れ、火にかける。

鍋の中のラードが液状になったら、先ほど加工した脱脂乳・コーヒーとともに砂糖を入れる。材料の中にはチョコレートには余計となる物質も含まれているが、そんなものは成分比任意の(多すぎる!)『その他』の範疇である。

火を消して鍋に蓋をし、鬼のように振る。マリアの怪力で抑えているので中身が飛び出ることはない。とにかく振る、振る、振る。

蓋を開けて中身がよく混ざっていることを確認し、後は沈殿が生じないように、かき混ぜながらゆっくり冷ます。

非常に時間がかかり、根気の要る単純作業だが、マリアにとっては何ということもない。

時間と共に、鍋の中身が冷え、固まってゆく…。



2月14日夜。
 「今帰ったぞ!」
ドクター・カオスの声だ。玄関をあけ、中に入ってくる。
 「おお、マリア。今朝はどこに行っておったのじゃ?」
 「すみません・ドクター・カオス。マリア・チョコレートの・材料・集めてた」
そう言って、マリアは鍋を逆さにして底を「ガンッ」とぶったたいた。
「ゴトリッ」と、ソレが卓の上に落ちる。
茶色がかった黒で、直径30cm近い円盤。それに、厚さが5cmはある。いちおう、それらしい香りはする。
 「おおっ。これは………………チョコレート!………か? 誰ぞに入れ知恵されたか?」
 「イエス。ミス・おキヌに・教わり・ました」
ドクター・カオスが聞きたかったのは目の前の物体の安全性の保証だが、マリアが答えたのは……。
 「ふむ。それなら問題ないか。ところで、これが今日の夕飯か?」
 「あっ………!!」
マリアはチョコレートにかかりきりで、夕飯のことを忘れていた。
 「すみません・ドクター・カオス。マリア・忘れてた」
 「ン? 何をじゃ?」
何か噛み合わない。
 「…………」
 「…………」
お互いに目が合う。どちらの目にも疑問の色がうかがえる。
 「……そもそもチョコレートとはどういう風の吹き回しじゃ?」
噛み合っていなかったのはどうやらそこらしい。
 「ドクター・カオス! 今日は・バレンタイン・デー!」
見詰め合ったまま点になっていたカオスの目がカッと見開かれる。
 「おお! そうか。そう言えば日本にはそのような因習があるのだったな」
そこまで言うと、カオスは少し考えるようなしぐさをして、
 「そう言えば小僧がむすめっ子にチョコを貰ったとか何とか言っておったな。するとマリアがワシにチョコをくれると言うわけか!」
 「イエス! ドクター・カオス!!」
それを聞くとカオスは感慨深げにマリアの顔を見つめていたが、やがてソレを手にとって言った。
 「まあ、これも食い物じゃ。夕飯の代わりに貰うとしよう」
 「イエス! ドクター・カオス!」

「ボソリッ」カオスがかじるとソレは意外にあっさりと欠けた。いや、ここで気付くべきだった。ソレがフツーのチョコレートであれば5cm超の厚みがあって噛み切れるはずがない。

 「――――――〜〜〜〜〜〜〜っっっッッッ!!!!!!」

――説明しよう。ソレは過剰の脂分によりぶよぶよと脂っこく、しかもラードより染み出した微量の塩分が味をキリッと引き締め、コーヒー豆に含まれる灰分が舌に刺激的な…………つまり―――

…………それは、たべものでは、なかった…………

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa