ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 贈物編 前


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 2/11)

2月13日夕刻。
マリアは、いつも通りドクター・カオスの夕飯のために買い物に来ていた。
いつもと同じ道を通り、いつもと同じ商店街へ。
アパートからはやや離れたところに位置する駅前繁華街。名を『亞比寿商店街』と言う。

いつものように、マリアに声をかけてくる店主たち。いつものように、愛想はないが微笑を返すマリア。
そんな商店街の一角に、いつもならざる光景があった。
大勢の人だかり。それも、全て女性。
どうやら彼女らの目的は、目の前の店にあるらしい。店内に人が入りきらないので外で順番待ちをしているようだ。
異常の検証と考察のため、その集団に注目していたマリアの目に見知った顔が映った。


 「ミス・おキヌ!」
マリアが声をかけると、集団の端の方にいた女の子がこちらを振り向く。
 「マリア!!」
おキヌとは同じ職場で仕事をしたこともある。だが、仕事以外のことで顔をあわせるのは珍しい。
が、そのようなことはマリアの意識の上ではあまり重要ではない。
 「これは・何の・集まり・ですか?」
目の前の異常の理解が最優先だ。
状況から、おキヌがこの集団に関与していると判断した。
 「ああ、これね。みんなチョコレートを買いに来ているのよ。『亞比寿の無明堂』と言えば、お菓子屋さんとしては有名でしょう?」
 「…………」
知らなかった。知り得るはずも無い。
マリアは菓子を買わない。菓子は値段の割に栄養価が低いので、合理的な買い物を強いられるマリアにとって菓子屋は、玩具屋や薬局と同様に商店街の中でも関係のない店のひとつであった。
しかし、有名であるだけでは普段と様子が違う理由にはならない。
マリアはさらに質問を重ねようとしたが、その前におキヌが口を開いた。
 「マリアは買わないの? チョコレート」
 「ノー・ミス・おキヌ」
突然の質問に、ついイギリスにいた時のように「ノー」と答えてしまったマリアだが、そのミスには気付かない。とにかく現状について納得できる説明を聞くことしか意識に無かった。
 「じゃ、マリア。いっしょに見て行きましょ!」
おキヌは言うが早いかマリアを集団の最後尾に引っぱり込んだ。
 「やっぱりカオスさんにあげるの? バレンタインのチョコレート」
――『バレンタイン・デー』
2月14日。聖バレンタイン司祭の記念日。愛する人に贈り物をする。日本では特に女性が男性にチョコレートを送ることが多い。

ここに来て漸くマリアにも目の前の異常の原因が理解される。しかし、そうなると、もはやマリアがここにいる理由は無い。
 「ミス・おキヌ。マリアは……」
 「わかってる。マリアも女の子だもんね。カオスさんにはナイショね?」
おキヌに声をかけ、この場を辞そうと思ったのだが、おキヌは何か勘違いをしたらしい。しかし――
――『女の子』
マリアは女性型の人造人間である。なぜ女性型にしたのか、創造主であるドクター・カオスに問うたことは無い。しかし今までにマリアが女性型であることを利用した作戦は何度か実行されている。横島さんを拉致した時や、シャーロック・ホームズの時……。自分の女性らしい振舞いを否定的に感じたこともあったが、今ではドクター・カオスの手助けをするために必要であると認識している。
より女性らしい振舞いを身に付ける。
これもマリアがドクター・カオスのためにするべきことであった。

集団が動き始める。店内が空いたらしい。
 「いきましょ、マリア」
 「イエス・ミス・おキヌ!」
マリアは決意を固めて初めての菓子屋の店内へと足を踏み入れたのだった。



数刻後。
マリアはアパートの部屋の窓枠に腰掛けて外を眺めていた。ドクター・カオスはもう寝てしまっている。電気代節約のため、夜は早く寝てしまうのだ。

結局、マリアもおキヌもチョコレートは買わなかった。
マリアにとって、チョコレートは高すぎたのだ。例の菓子屋のチョコはどれ一つとっても、カオスの3日分の食費に匹敵した。
無念ではあったが、さすがにそれは買えない。
ドクター・カオスに(女性らしい振舞いがとれることを)喜んでもらいたかったのだが…。

一方おキヌは「気に入ったデザインが無かったから自作する」と言っていた。
――『自作』
材料さえ集まれば、加工費が上乗せされない分、一般的にコストは格段に低くなる。
自作チョコと言えば、バレンタインに自らの想いを懸ける女性の高等ワザだが、マリアにそのような考えは一切ない。
そのうえ、自作チョコといっても大体は市販のチョコを溶かして再形成するのであるが、マリアの意識には『自ら製作する』事しかない。

とりあえず、チョコレートの材料に検索をかけてみる。
―カカオマス・カカオ脂・砂糖・脱脂乳・その他 成分比…任意
ミルクと砂糖はともかく、カカオマスとカカオ脂が分からない。さらに検索。
―カカオマス・カカオ脂……共にカカオの実を加工することによりにより得られる……(以下略)
今度はカカオなる植物が分からない。さらに検索。
―カカオ……中南米熱帯原産。現在ではアフリカなどでプランテーション栽培されており、その実は……(以下略)

日本には熱帯に属する地域が無い。これはつまり日本国内にはカカオが自生していないことを意味する。
栽培されているものはあるかも知れないが、その実をとったら泥棒になってしまう。
と、なれば、原産地に行くしかない。
マリアは、窓枠から地上に飛び降り、ロケットを点火して東の空へ飛んでいった。



マリアが南米の某国に着いた時には、太陽はもう天頂を過ぎていた。
マリアは急いで手近な人に聞いてみた。
 「カカオ・このあたりに・ありますか?」
現行の言語でマリアがしゃべれない言葉は無い。それどころか古代語もいくつか扱えるぐらいだ。
質問を受けた男性は、いきなり目の前に降って来たマリアと質問の内容に戸惑いはしたが、マリアが美人であったため懇切丁寧に場所を教えてくれた。


教えられた場所は都市からかなり離れたジャングルの中にあった。日はもうかなり傾いている。
焦るマリアが降り立ってあたりを見ると、そこにはラグビーボールのような実をつけた木がずらりと並んでいる。
しかしその様子は、とても自生しているようには見えない。木々の間で作業をしている人もいる。
 「これは・カカオ・ですか?」
マリアは、とりあえず作業をしている人に聞いてみる。
 「ああ!? お譲ちゃん、どっから入ったんだ!? ここはカカオのプランテーション農場だぜ!?」
作業員が驚くのも無理はない。普通このテの農場は柵などで厳重に保護されている。空から来れば話は別だが……。
 「マリア・チョコレートの・材料・カカオを・探しています」
作業員も男だ。いきなり現れたマリアを不審には思うが、露骨に追い出したりはしない。
 「お譲ちゃん、チョコレートを作るのか!? ここのカカオは商品だからやれんが…その前に、もしカカオの実があってもチョコレートの材料として使うには2〜3日発酵させなきゃイカンぜ」
そういえば、カカオの実をどう加工してカカオマスとカカオ脂にするのかまでは検索していなかった。
――『2〜3日』
2月14日には到底間に合わない。それどころか、明日になる前に日本に帰りつけるかどうかも怪しい。
マリアは即座にカカオの実を諦め、西へと飛び立った。
後には呆然とするカカオ園作業員だけが残されていた。

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