ザ・グレート・展開予測ショー

Coming her to HONG KONG(T)――律動――


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(02/ 2/ 9)

 それに、前触れがなかったわけではなかった。……そう、決して。
『雪之丞。あなた香港の何処で仕事をしているの?』
 それに答えてしまったという事実は覆せないし、彼女もこちらの考えなど読み取ってはいないだろう。
 故に。
『あ、雪之丞。これからそちらへ行きますわ♪ 歓迎の用意をして待っててね』
 先程、このような電話が日本からかかってきたとしても、別段不思議な事ではなかったのだ。……そう、断じて……不思議な事ではない。……そう。そうだ。
「伊達サ〜ン、さっきの電話誰からだったんですか?」
 助手の声。……雪之丞は振り返った。……やるべき事は、もう決まっている。と言うより、決められている。
「明飛……今日、仕事入ってたっけ……?」
「え? え、ええ。今日はオフィスと学校の二件入ってますけど……」
「両方キャンセルだ」
 歯茎から軋らせるような嘆息を漏らしつつ、断腸の思いでうめく。……まずすべき事。……仕事が入っているなどと言ったら、自分は殺される。
「ええっ!? でも、信用失ったらまずいから仕事はキャンセルしないって前言ってたじゃないですか!?」
「緊急事態だ……」
 そして、次にすべき事。
「明飛。……掃除機は何処にあった?」
「……買ってませんよ。そんなの」
「買って来い! 今すぐっ!!」
「は、ハイ!」
 慌ただしく事務所から出て行く明飛。取り合えずすべき事その二。……事務所の掃除。……はっきり言って、今の事務所は最後にいつ片付けたのか分からない状態だ。
 明飛が帰ってくる前に、床に散乱しているゴミ(だと思われる物)は全て箒(ホウキ)で掃き取っておく。……取り合えず物置の中へ放り込み、その上に布団を被せてカモフラージュ。
「買ってきましたあ! 伊達サンッ! ってああっ!? 事務所がかつてないほど整頓されているっ!?」
 掃除機を背負って明飛が帰ってくる。仕事が忙しかった為、応接室以外の部屋は殆ど掃除などしていなかった。最後に箒で掃いたのもいつの事だか思い出せないほどに……
「明飛! 掃除だ! あ、あと飛行機の時間も調べとけ!」
「ハイッ! ……って、伊達サン、何処へ?」
「買い物」
 一言で答え、雪之丞は日が落ち始めた尖沙咀の街の中へと疾走していった。
(問題は……何を出すか……)


 師が大慌てで出て行った後も、金明飛は作業を続けていた。
(……伊達サン……何慌ててたんだろ?)
 慣れない(と言うより、この職場はそれを必要とはしていなかった)掃除機がけも終わり、インターネットで飛行機の時間を調べようとして、どの飛行機の時間を調べるか知らない事に今更ながら気付く。
(それにしても、伊達サン何か怯えていたみたいに見えたけど……)
 何か、いつもの師の様子とは違っていた。……いつもは棍棒でど突かれようが平然としていそうな雪之丞が、随分取り乱していたように思う。
(ま、考えても仕方のない事なんだけどね)
 飛行機は、離発着時間を全てプリントアウトしておくことにした。……これなら、師の求める情報もこの中にある可能性は高い。
「さて……と」
 やる事がなくなってしまった。
 事務所は自分自身見たことがないほど綺麗な状態になっている。雑巾がけもして置いたので、雑居ビルの一室のはずの事務所は光り輝いているように見えた。……だが、疑問もある。『どうして』師――雪之丞は、あれほどまでに怯えて、それでいて『嬉しそうに』事務所から出て行ったのか……?
(……何か、あるのかな)
 推測その@。……でかい仕事(ヤマ)が舞い込んだ。
(……違うな)
 師は、大きな仕事のときは必ず事前に自分に言っておく。……後でいぢめる為に。
 推測そのA。……何か欲しい道具が手に入りそう。
(……違う)
 それでは、事務所を整頓する意味が分からない……って整頓?
 推測そのB。……借金苦に耐え切れず、世を儚んで自殺。……事務所を整頓したということも、自殺者は未然に身の回りのモノを整頓して置くらしい……ということで説明が付く。
(でも……)
 自殺志願者がウキウキとしながら疾走して行くだろうか? ……怯えているようにも見えたとは言え、あれは断じて本当に怯えている眼ではなかった。
(じゃあ……)
 なんなのだ?
 結局分からないという結論に達し、明飛は嘆息した。……師が仕事を断るなんて、余程のことであるとは思うが。
(……って、仕事?)
 プルルルルルルルルル プルルルルルルルルル
 電話機が鳴る。……即座に明飛は頭を切り替えた。
「ハイ。伊達除霊事務所です」
 広東語で受け答えする。……雪之丞が日本人である為、事務所内では専ら日本語を使っているが、一応ここは香港だ。標準語は広東語である。
「どうしたんだ!? 早く来てくれ! 霊が暴れているんだぞ!?」
「え?」
 うめいた後に気付く。……そういえば、そろそろ当初の約束の時間……即ち、仕事の時間である。……断りの電話を入れるのを忘れていた。
「……ええと、すみませんが、今伊達サンはちょっと……」
「ならあんたでもいい! 早く来てくれっ!」
 受話器の向こうの言葉の後ろから、悲鳴やら怒号やらが聞こえてくる。どうやら、悪霊はかなり派手に暴れまわっているらしい。
「いえ……でもボクはGSでは……」
「それでも助手ならそれなりに使えるんだろう!?」
 そう、そうである。そして、これがGSの助手が慢性的に人手不足である原因の一つでもあるのだ。
(……そうなんだよな……)
 普通、GSの助手と言えば、それなりに腕の立つもの、もしくは、もともとGS志願だが、試験に落ちた者などが集まる。……危険な仕事でもあるし、堅実な人間ならその様な仕事に付いて楽して儲かりたいなどとは思わないだろう。
 ……などと言うことがつらつらと頭の中に浮かんでは消える。
「……ボクは只の助手です。使い走りです。規定賃金以下の賃金で扱き使われてる哀れな一般人民ですぅ……」
「いいから早く来てくれっ! ってうわああああああっ!?」
「え? ど、どうしましたか!?」
 つー つー つー つー つー…………
(これって……やばいんじゃ)
 少なくとも、相手方が健康な状態であるとは思えない。……悪霊にやられたのかも知れない。
「う……う……」
 これは……これは……
「うわあああああああっ!? 伊達サァ――――ン!!」
 雪之丞に遅れる事一時間。……明飛は夜の闇の中に沈んだ尖沙咀の街へ駆け出していった。……一枚の紙片をその場に落として……
『JAL 402 TO HONG KONG FROM TOKYO ARRIVE AT 21:30』


 現在時刻、19時00分

                            ――To be continued――

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