ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(48・終)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(02/ 2/ 8)

* * * * *

『挨拶が遅いと思ったら、やはりここに居たのか、ピート。』
 青年の背後から、くぐもった男声。
「……親父?」
 手を拭く振りをして取り出したハンカチで軽く目頭を拭くと、ピートはゆっくりと振り返る。
 漆黒のスーツに身を窶(やつ)した紳士は、地中海の初夏だと云うのにマントの襟を立てて、厚手の手袋やスカーフで肌の露出を可能な限り抑えている。
『まあ、お前は母さんにはよく懐(なつ)いていたからな……昼間は。夜は結構私も好かれていたのだがな。ふくふぐっくくぐくっぐふく……』
 目元まで大きく覆うスカーフの向こうから、飴玉を喉に詰まらせて咳き込む様な何とも不穏な「音」を発している。
 これでもこの全身黒竦(くろずく)めの怪紳士――ブラドー伯爵は、穏やかに微笑もうとしているらしいのだ。
 その証拠に、目深に被った山高帽の縁ごし、ずれかかったサングラスの奥には、不器用に引き攣った笑みが張り付いている。


 復活したブラドー伯爵を退治した際、ピートとブラドーは壮絶な噛み付き合戦を演じた。下位の吸血鬼が上位の吸血鬼に噛み付き霊的に支配する事で、それまで上位の吸血鬼が保持していた霊的秩序が崩壊し、その魔力を無効化できる様になるのだ。夜を徹して続けられた必死の取っ組み合いの末、ピートは首尾良く父親を自分の支配化に収める事に成功したのであった。
 下位の存在は上位の命令に従わなくてはならない。かくしてピートがブラドーに一番最初に下した命令は、

「普通の親父らしくなって呉れ。」

 
 ……つまり、今の物騒な音の正体は、威厳溢れる父親の笑い声であり、それ以外の何物でも無い。少なくとも本人にとっては。
『……ぐひぐふぐぅ……う〜む、これも違うのか。どう違うのか、今一つよく解らんのだが。』
 黒衣の伯爵が大仰に首を傾げる。それでも決して摺り落ちようとしない山高帽をみて、ピートは思わず苦笑した。
 苦笑しながら、彼は驚いた。
 父親の前でこんな風に自然に笑えたのは初めて――幼い日を勘定に入れれば「久し振り」?――だっからだ。
 ……母を識(し)る者として、対等になったからだろうか? それとも、母を通して父と繋がったから?
「親父。」
 息子は、父に歩み寄った。

 二人して墓石の後方、崖下を臨(のぞ)む処に、花を植える。
 道具など使わず、二人の諸手でゆっくりと丁寧に、穴を掘り下げていく。
『ほう、これは例の庭先に植わっていた月下美人だな?』
「……当たり。よく解ったな?」
 先の花は、イタリア入りの前に寄った母の生家跡――只の畑になっていた――に自生していた物を鉢に入れた物である。
 伯爵は手を動かしつつも、そのサングラスはじっと堅く閉じたままの花弁に向けられている。
『ああ、私がアレを見初めた月食の晩も、こいつが美しく咲いておったからな。……と云っても母の気高さには遠く及ばなかったが……しかしまぁ、まさかあんなマッド・アルケミストだとは思わなかった。何でも不老不死を追求するとか何とか言って、私が昼間動けないのを好い事に次から次へと私の身体で実験を……私が完全に復活する迄に700年の永きに亘(わた)ったその一因はあれら一連の生体実験の成果であろうな、全く。』
 話の内容こそ穏やかではないが、伯爵は穴を掘る手付きと同様にごく淡々とそう語ってのけた。ピートはどんな顔で父が思い出話に興じているのか若干気に成ったが、珍しく饒舌な彼の手前、サングラスとスカーフを取り上げるのだけは止めておく事にした。
 さて、いよいよ鉢から移し変える。

「なぁ、親父?」
『……ん?』
 好い年した二人の父子が顔を突っ付き合わせながら、花の根元の土をぱんぱんと固めている。
「……親父にとって、お袋はどんな女性なんだ?」
『うむ、そうだな……』
 2組の土をたたく音だけを残し、しばし沈黙する。
 気を利かせてか、潮騒も遠のく。
『本っ当〜に、いい女だった……。』
 鴎が一鳴き。
「……それだけ?」
『ああ。……不満か?』
 好い年した二人の父子が顔を突っ付き合わせながら、二人して立ち上がる。
 息子は踵(きびす)を返し、墓所に背を向ける。
「いいや、ろくでなしの親父らしくて。お袋もきっと喜んでるさ。」
『そうか。』
 暫く見ない内に大きくなった息子の背中が遠ざかるのを、父は静かに見送った。

「あっ!」
 十数歩進んだ処で、ピートは振り返った。
『どうした?』
「……親父、ただいま。」
『……お帰り。』
 ピートは再び向き直り、大急ぎで走り出した。
 爽やかな海風に頬を冷やそうかと思ったが、血の巡りが良くなったお蔭で益々頬が熱くなっていく。
 それでもピートは懸命に風を捉えようと、少年の様な笑顔を空へと投げ出す。
 広がる初夏の空は想いの外に青色が濃く、そのまま吸い込まれていきそうだ。
 遠く水平線で区切られたオーシャン・ブルーの空と海に、ピートはそっと誓う。

 この命が果てる時が訪れなくても、たとえ滅びの時が来ようとも、ずっと信じ続けていよう。
 この空と海がいつまでもどこまでも共にあるように、いつまでもどこまでも変わらない想いが在る事を。

 瞬間、吹き抜けた一陣の風に乗った純白の鴎の羽根が、青年を遠く追い越して青い水平線の彼方へと消えていった。



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