ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(44)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(02/ 1/18)

* * * * *

 両手には、咲き誇る大輪の花々。
 貧相な裸体に茶系統のペイズリィ柄のトランクス一丁の青年こと横島は、やはり全裸の顔見知りたちの真っ只中に在る。
 その誰もが顔を赤らめ、蕩(とろ)けそうな熱い眼差しを横島に降り注いでいる。
「あははははぁ〜〜っ!! まるで夢みたいな……って、本当に夢なんだけどさぁ……。」
 自分にツッコみつつ、横島は苦笑いする。当然「砂男の砂」の魔力でいつぞやの夢の続きを観ようとの魂胆だが、上手く行っているようだ。
 女性たちは口々に横島の名を唱えつつ、ますますその人の輪を狭めつつある。
「い〜やいやいやいや! こ〜なったらも〜、時間ギリギリ迄とことん楽しませて貰いま! それじゃ〜っいっただきま〜す!」
 横島は、もう手に届く位置にいる美女の群れに無遠慮な両腕を差し出していた。

「……ねえ、なにやってるの、ぱ〜ぱ?」
 足元の異様に低い位置から、舌っ足らずな甘えた声。
「え?」
 横島の両腕が空を切る。接近を続けていた筈の肉体の壁は凍り付いた様にその歩を止めた。
 横島の視線は下に追う。右太腿から下に纏わり付く気配の正体を目指して。
「どうしたの、ぱ〜ぱ?」
 年の頃せいぜい3、4歳のお河童頭の幼女が右脚にしがみ付いている。目が遇(あ)った途端、くっきりとした目元を綻(ほころ)ばせて、口元を「にいっ」と横に広げて無邪気に微笑んだ。訳も分からず反射的に横島も全裸の幼女に微笑みを返す。
「ぱ〜ぱ……。」
「……ぱ〜ぱ……。」
「……ぱ〜ぱ。」
 周囲から揚がる無機質な声に気付いた時にはもう遅かった。全裸の美女で構成された肉体の壁は幼女のセリフを口々に復唱しながら物凄い勢いで横島から離れていく。あんなに大人数が整列したまま一斉に、しかも後ろ向きに全速力で駆け去っていくのは不気味を通り越して凄い。所々に青筋の浮かんだ無表情の顔を皆一様にこちらに向けて遠ざかる一団の様子は、そのままカメラで撮影しても充分にネオ・オカルト映画の素材と成る事請合う。

 二人の「父娘(おやこ)」以外、すっかり誰も居なくなった空虚な空間を、何処からか吹いてきた一陣の風が駆け抜ける。
 「父」は仕方の無いと云った表情でその場にしゃがむと、足元に落ちている自分の上着を「娘」に掛けてやる。上の釦(ぼたん)を留めてやると、幼女の身体は肩から足首まですっかり隠れてしまった。
「……あのなぁ、いいじゃねえかよ。折角の夢なんだからさ。」
「……「せっかく」って、なあに、ぱ〜ぱ?」
「……こら、なにが『ぱ〜ぱ』だ。もうとぼけんなって、ルシオラ。」
『……ふふふっ、判っちゃった?』
 瞬間の閃光の後、幼女の居た場所には年頃の外見を具えた少女魔族の姿があった。先刻の上着は少女の膝上辺り迄を覆っているだけで、他には何も身に着けていない。
「判らいでか。くそう、生きてた頃はもっとこう、浮気に寛容だった筈なのに……。」
『あら、それを私の所為にするのは筋違いじゃないの? そもそもこれはおまえの夢。「砂男の砂」の魔力で貴方の望んだ物を観ているのよ。だから……。』
「うん?」
『この夢の出来事は全て、おまえの望みで出来ている。……例えば私が他の女性と違って子供の姿で出て来たって事は、おまえが「私との事」から順調に立ち直ってきていると云う証なのだから、本当は喜ぶべきなんだろうけど、ね。』
「……で、でも、俺……。」
『……でも私、この姿でこうしてここに出てこられた……。私は今、こうしておまえと居られて、とても嬉しいの。』
「……うん。」
 自分の望んだ夢である以上、これは一種の自慰行為に他成らないかもしれない。ここでこうして今の偶然に感謝している彼女だって、横島が望んだ都合の好い彼女に過ぎないかもしれない。
 でも、これが本物の彼女だったとしても、きっと同じ事を言って呉れるだろう。そんな確信めいた予感が、横島には確かに有った。
『じゃあ、そろそろ行くわ。本当はもう少し居たいんだけれど……その、離れ難くなっちゃうから。』
「うん。」
 そう、それは横島自身が望んでいる事。この状況で自己嫌悪に陥る程純粋と云うでは無いが、暫(しば)しの甘い誘惑に執着し続ける程大人でも無い。
『それじゃ……。』
「あ、一寸待った。最後に一つだけ。」
『ん?』
「その……時間移動の時、助けて呉れてサンキュな。あの時お前が文珠の力を増幅して呉れなかったら、今頃俺は一人で路頭に迷っているかもしれない。」
 時空超越内服液の効果が全員に完全に現れる直前、横島たち数名は声を聴いていた。『独りでなんか死なせないわ!!』と叫ぶ、悲痛な女性の声を。横島の霊基に宿る彼女の人格は完全に消滅した筈なのだが、果たして。
 虚空を背にして、少女魔族は努めてにこやかに微笑む。
『……じゃあ、そのお礼は、ここに……。』
 ルシオラは後ろ手に組んだ半身を心持ちこちらへ傾ける。そして爪先立ちになって、薄く目元を閉じる。
 横島は僅かに膝を屈(かが)め、その細身を大きく包み込む様に両腕を廻した。

 沈黙する事、十数秒。彼女の唇の感触は甘くて軽くて、まるでぷよぷよとした……マシュマロ?
「へへへ、引っ掛かった。」
「……うう。」
 唇を合わせる直前、ルシオラは幼女形態に戻っていた。
 薄っすらと血の混じった涙を零す横島を尻目に、ルシオラは果てしない虚空へと浮き上がる。
「だってあのすがたのままでこんなをしていたら、それ以上行っちゃいそうだったから……。」
「ううう。いいじゃないか、夢の中ぐらい〜〜。」
「それにわたしだってはどめがきかなくなっちゃ……。」
「え?」
「ううん、なんでもない。」
 上着の前を合わせて、幼女は赤面する。
「じゃあ、またな」
「うん。けっしてすぐではないけれど、そうとおくもない、みらいで……かならずあおうね、ぱ〜ぱ!」
 幼女の姿は段だら模様の闇の中に覆い隠されて、やがて見えなくなってしまった。


 翌朝、横島は何やら疲れ切った顔で目を醒ました。余程酷い夢でも観たのだろうが、本人に具体的な夢の記憶は無い。
 枕元には空に成った薬包紙。眠る前に脱ぎ散らかした筈のジーンズのジャケットは、ポケットの中のなけなしの財産と共に、どうした訳だか行方不明になっていた。なお、泥棒や悪霊に侵入された形跡はこれっぽっちも無かった。

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