ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】 『タダオの結婚前夜』(17)[霊峰燃ゆ](後編)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(02/ 1/ 9)

* * * * *

「全く、あのサルも余計な事をしてくれちゃって。」
『あわわわっ、美神さん、そんな滅多な事を言わないでっ! 相手は仮にも神様なんだからっ!』
「「仮にも」って、ヒャクメさま……。」
 煌々とした満月の明かりの下、白いブラウスにロングスカートの上で亜麻色の大きなポニーテールを揺らしながらぼやくサングラスの女性に、あわてて赤い繋ぎ姿の個性的な化粧の女性が抱き付くようにして宥(なだ)めに掛かる。そんな二人の姿を追うのは黒い長髪をアップにしたグレーのスーツにミニスカートの少女。やや説明的で申し訳ないが、一応未来の災いを除く為に現れた、現代の世界の美神たち目下3名である。
 修行場の厳(いか)つい正門から300メートル余り離れた所に、現代からの一行は待機していた。彼女たちに接触してきた唯一の未来の存在である、「あのサル」ことハヌマン老師と善悪両要素の融合に成功した学問の神様こと菅原道真公との相談の結果である。
 曰く「その存在が知人に知れてしまう事などによる『宇宙への刷り込み』によって過去への帰還が適わなくなるのをなるべく少なくする為に、我々と行動を共にする事は極力避けるべきである。それに一つ所に固まって挟撃されるリスクも回避したい。」
 従って美神たちはそこそこの情報を提供し合った後、過去から持参した記憶消去ガスのカプセルを使って老師たちの記憶を抹消し、別れた。
 美神たちが陣取っているこのポイントも、その時の情報交換の成果だ。やや小高い岩場の上に生い茂る背の低い木立は、彼女たちに修行場を見下ろす絶好の見晴らしと天然の擬装を提供している。ついでに云えば敵を誘い込む名目で、この真正面の位置が一番霊的結界が緩く、ヒャクメの千里眼を以ってすれば御前会議の様子をそのままノートパソコンのディスプレイに映す事だって可能だ。もっともヒャクメ曰く『とは云えそこまで見通す千里眼能力を持つ神魔はこの世界広しと謂えどもこの私くらいなのねーー。』だそうで、会議を外部から他の連中が透視する事はまず不可能のようだ。

「ふーん成る程、空をも大きく覆う結界も、正門の周りだけが一見薄そうに見える訳ね。」
 美神はビスケット型の栄養補助食品をパク付きながら、霊視ゴーグル越しに双眼鏡を覗いている。
『ええ、実際はその内側に即戦力として対応出来るスイーパーを数人交代で待機させているのね。今は協会から派遣されたスイーパーの他にピートさんと雪之丞さん、あっ、今タイガーさんが加わって……何故かしらもうボロボロみたいなんですけど、大丈夫でしょうかねぇ?』
 醤油味のカップラーメンを啜りながら、ヒャクメは僅かに小首を傾げる。その隣りでキヌはパソコンのディスプレイの前で、膝の上に広げたあんぱんを一口大に千切っては食べ、三角パックの牛乳を一口……を延々と繰り返している。
「……凄い地脈の流れですねー。こんなに離れていても、強力な結界の形成の為にどんどん周囲から地力が汲み上げられているのが判ります。」
 彼女のキャリアあってこその感想だろう。しかしその顔はディスプレイの照り返しの中で微かに歪む。
「でも……これも作戦なんでしょうか、ヒャクメ様?」
『ふ? ずず〜〜……、何が?』
 ディスプレイの表示を弄(いじ)りながら、ヒャクメが応える。
「これだと地面からの防御も手薄に成ってしまいます。しかも地脈の流れが地面の下から上へと流れて往きますから……。」
『ああ、それは大丈夫よ、おキヌちゃん。少なくとも私のライブラリの中には牛魔王の配下にもアシュタロスの配下にも地力を有効に利用できる者は居ないのね。ここ妙神山はオロチ岳と同じ休火山だから、地脈は上に向かって流れるの。だからほら、修行場の裏の方で温泉が湧き出ているじゃない。』
「あ、そうですね。……いいな、温泉かぁ。あれ、どうしたんです、美神さん?」
 夢見るようなキヌの傍らで、美神は腕を組んで黙り込んでいる。
 突然、何かに取り憑かれたかの様に、美神はパソコンに飛び付き、物凄い速さでキーボードを叩く。
『ど、どうしたのよ、美神さん?!』
 咎めるような神様の言葉を無視し、美神は一心不乱に指を躍らせ続けている。
「いいから映すのよ! 修行場裏の、温泉を!」
 鬼気迫る言葉に圧倒されつつも、ヒャクメはこめかみに意識を集中させるような仕草を取る。
 乱暴なノイズを伴い、画面が切り替わる。
 岩場に取り囲まれて、実に雰囲気たっぷりの露天風呂。その湯煙の向こうに浮かぶのは中央には虚ろに宙を仰ぐ少女の瑞々しい裸体、それを覆い隠さんばかりの長い亜麻色の髪の毛。あれは美神……、
「ひのめ!」
 そして、彼女が両腕を差し出している、その先に漂っているのは、
「うそ……なんで、どうしてなのよ!!」

* * * * *

……そう、そのまま私に手を、足をお預けなさい。
……「善財童子」なんて名前は、その手枷足枷と一緒に捨ててあげます。
……貴女は牛魔王の息子、「紅孩児」の生まれ変わり。
……二度とは消えない業火「三昧真火」を操る、私の可愛い娘。
……そして母の名は羅刹女。牛魔王の最初の妻なのです。

* * * * *

「こ、こんな事って……。」
『時空間移動能力を応用して、あの頑丈な結界を破ってきたのいうの?!』
 色を無くした三人の顔に映りこんだ像。それは薄手のレースのような衣服に身を包まれて宙を浮いている。
 その高貴な顔(かんばせ)に宿るのは、思慕の念とも憂慮の念ともとれる極上の笑み。
 決して、見間違える筈は無い。
 羅刹女――この時代では8年前に死んだ筈の、美神美智恵。

 瞬間、そこに居合わせた者たちの網膜を焼き尽くす閃光。
 耳朶(じだ)を激しく揺さぶる轟音。
 そして全ては、判らなくなった。

* * * * *

 3人の内、初めに目を覚ましたのは、キヌだった。
 彼女は他の二人に庇われた格好で、地面に這いつくばっていた。
「美神さん! ……ヒャクメさま!」
 自分の体の上に覆い被さった二人の呼吸を辛うじて肩口に感じ、キヌはその下からのそのそと這い出てくる。
 周りは夥しい量の砂煙で視界が殆ど遮られている。急に咽(むせ)て吐き出した唾液には恐らく漂流物と同じものが混じっているようで、柔らかな明かりの下でも黒く映った。
 その瞬間、鼻腔に乱暴に飛び込んでくる刺激臭。これは……硫黄?
「まさか……うそ……。」
 修行場……の在った場所を見て、キヌは絶句する。
 そこには土砂に煙(けぶ)る夜の闇の中でもはっきりと、いや逆に闇を昼間のように照らし上げる光の柱――溶岩が、満月を掴もうとしているかのようにその先を天に差し向けている。

 突発的な噴火、それに伴う溶岩流により、妙神山は煌々と燃えていた。
 それは物語に聞く「火炎山」の再現だった。

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