ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】 『タダオの結婚前夜』(17)[霊峰燃ゆ](中編)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(02/ 1/ 9)

* * * * *

『あっ、お座敷の方は益々盛り上がってるみたい。やっぱり青春よね〜っ。』
「お客さんも随分増えたみたいだし、また急いで準備しなくちゃね。頑張りましょう、小鳩ちゃん、愛子ちゃん。」
「はい、そうですね、シェフ。」
 大広間から離れる事暫しの所に在る厨房。やけにこなれた割烹着姿の机妖怪・愛子と花戸小鳩に挟まれて、いつもの魔女スタイルの魔鈴めぐみは作り置きの残量を一つ一つ確認している。
 めぐみは今回の結婚式における料理を一手に引き受けている。先日ギリギリまでヨーロッパに往っていたのはその仕込みの為だとか。今回は名立たる神魔の目と舌を楽しませる事の出来る千載一遇のチャンスと、気合いの入り様がまた格別に違う。
 愛子が手際よく盛り付けを行っているのはやはり、自分の本体である机の上。ただし、それは木製のボロボロの机ではなく、ピカピカの大きな教卓である。彼女は高校で嘗(かつ)ての級友(餌食、とも云う)の高松と運命的な再会を果たした。高松は元の次元へ帰った後、高校教師となり各地の高校を転々としたのだ……全ては青春の輝きの尊さと素晴らしさを教えてくれた人生の恩人である愛子を探す為でもあった。そしてイカした中年教師となって目の前に現れた高松にまた愛子も惹かれ、二人は結ばれた。そして彼女もまた通信制講座で教員免許を取得し、現在は国語教諭として夫婦揃って思い出の高校に通っている。
 その隣では小鳩の包丁が軽快なリズムを刻んでいる。彼女は母の介護の経験を活かし医療療法士の道へと進んだ。特に霊的な症例を持つ患者に対する扱いに関しては身近な知り合いの助けも有り、その道のエキスパートとして近年業界の中での注目を集めつつある。なお断ってはおくが、彼女の母親は今も元気に存命中である。

「あ、小鳩ちゃん。それはもういいから、出来たお料理を運んでくれないかしら。」
 めぐみが愛子の机の上を示す。
「あ、で、でも……。」
『めぐみさん、そんな仕事はブラウニーたちに遣らせておけば。』
 戸惑う小鳩を庇うように、愛子が机の前に立ちはだかる。彼女たちの足元には身の丈が膝の高さ程しかない茶色い小鬼――めぐみが召喚したケルトの妖精ブラウニー――たちが累々と横臥(よこた)わっている。
「この子たちはもう暫く休ませてあげましょ。……どうせ明日一所懸命働いて貰わなくちゃならないんだし。」
 憐れな小鬼たちの愛嬌溢れる顔が、一斉に固まった。
『でも……。』
「それに、小鳩ちゃん。貴女、横島さんに気持ちを伝えたの?」
「!」
 お尻の辺りに迄伸びた一対の栗色のお下げがぴゅくんっ、と跳ねた。
『めぐみさんっ!』
「……2年前から、ずっと会っていないんでしょう? 只でさえ貴女は自分の思いを自身の中に閉じ込めてしまう性質(たち)なんだから、仕方が無いのかも知れない。でもね、貴女にはもっと素直に成る事も必要だと思うの。心霊医療療法士の道を選んだのだって、横島さんと無関係ではないのでしょう?」
 青褪めた沈黙を、めぐみは肯定と取る。震えるか細い肩を、両手で掴む。
「なら、もっと自分の気持ちに素直に成って。結果がどうあれ、そうしなくては貴女はこれから、一歩も進めない。」
 言葉は厳しいものの、その口調は至って穏やかな、めぐみの言葉。
 小鳩はめぐみの手から逃れる。しかしその肩は震えていないし、その唇には艶やかな生気が戻っていた。
「……そうですね。このままじゃダメですよね。私が心霊療法士になれたのも、めぐみさんのダンナさんが頑張って下さったからだって云うのに。」
「ダンナさんって……あ、あのね小鳩ちゃん?!」
「じゃ、往ってきますね!」
 割烹着の袖で目尻を軽く拭うと、小鳩は料理の載ったカートを素早く押して、厨房から姿を消した。
「まだ私と輝彦さんは、正式に交際を始めたばっかりだって……はあ。」
 静かに閉じられた障子を見詰め、めぐみは力無く項垂(うなだ)れる。
 因(ちな)みに、オカルト後進国である日本に次々とオカルト関連の法律が整備されていき、妖怪が教員を含めた各資格を取得できるようになったり、心霊医療が正式な医療行為として認可されるようになったのは、オカルトGメンによるバック・アップが不可欠であった、という事にしておこう。
『……せ、青春よね……。』
 今を時めくオカルトGメンの日本支部トップとの電撃交際宣言を間近に聴いた愛子は、ただひたすら驚き戦(おのの)くばかりであった。

* * * * *

 大広間のある建物、その縁側ではこの妙神山を代表する面々が一同に会している。皆その手には思い思いの大きさの湯飲みが握られている。
『……宜しい。本日は真にお疲れ様でした。明日の為に今日はゆっくりとお休みなさい。』
『『ははーーっ!』』
 ワープ能力の使い過ぎで見た目にも消耗しきった体の鬼門兄弟が御前からよろよろと歩み去る。
『……しかし、まさか牛魔王が敵の首魁とは、誤算でした。』
『その件については、この私の口から話そう。』
 小竜姫が苦々しげに言葉を漏らす。右隣の魔軍極東支部局長・ワルキューレ大佐が、言葉を継ぐ。
『中国系の魔族は完全ノーマークだった。よもや奴らが横島の子供に興味を持つとは、正直言って意外過ぎた。……これは完全な我々の失態だ。』
『それに関しては、我々の方にも大きな非があります。しかし今は彼我の責任を咎(とが)め合っている時ではありません。どうか続けて。』
 ワルキューレの打ちのめされたような表情が、微かにだが戻る。しかし直ぐにその顔は内なる厳しさに染め抜かれる。
『本来アジア圏には我々ヨーロッパ圏のような明確な善悪の概念が存在しない。何せ神族と魔族の区別すらも難しいのだ。
 彼らの本質は、「天」の意を示す大道に従って陰陽の混沌から秩序を生じ、また同様に秩序から混沌へと帰る。その流れには何人であろうと逆らう事は出来ない。
 従って、協定に拠って我々が彼らを取り締まるのは、その多くが彼らが人間界へ著しく干渉した場合に限られる。しかも彼らの殆どは他の世界を侵略してやろうなどという物騒な発想すら持っていない筈、だったのだが。』
 小竜姫の向こう側、菅原道真が口を開く。
『だが、それ故に彼奴(きゃつ)らめは比較的自由に動き回る事が出来たのであろうな。よくよく考えてみれば天星神族など、神魔族以外の存在に最も近い位置にいる彼ら中国妖魔に、既成の秩序の転覆を図るアシュタロスの残党が近付かぬ筈がない。』
『もしくはその逆……牛魔王の方からアシュタロス側に接近した可能性も十分に考えられますね……。』
 道真の左隣で伽具耶姫が呟く。
『老師、牛魔王とはどんな輩なのですか?』
『ずずず……、うむ。』
 ヒャクメの右隣で声を発したジークの問い掛けに、道真の隣りに鎮座します斉天大聖老師ことハヌマン師は茶を啜りつつ静かに頷く。
『奴めはワシ程ではないが、中々頭の働く奴じゃったからな、これくらいの事はしてくるかもしれん。そもそも奴はワシがまだ若かりし頃、天下どころか天空や海底をも股にしてブイブイ云わせていた時のダチ公でな、何を気取ってか二人して兄弟の契りを交わした事もあったが……それもまた、若さゆえの何とやら、じゃな。』
『……ブイブイ……兄弟の契り……。』
 懐かしそうに語る老人を陶然と見遣り、誰とも無く絶句する。
『その後ワシが仏教に帰依して、かの天竺への写経の旅に出た折りの事。途中に火炎山という難所が在ってな、そこを越える為に必要なアイテム「芭蕉扇」を借りに奴の処へ飛んでいったのじゃ。まあ昔の誼(よしみ)であっさりと貸してくれるものと思っておったのじゃが……どうやらその前にワシが散々懲らしめて観音菩薩さまの所に預けたボウズが、奴の子供だったらしい。それが気に食わんとか言って、アイテムを貸して呉れなんだどころか、ワシを散々追い回しおったのじゃ。まあ最後には息子同様散々懲らしめてやって、その生命と引き換えにアイテムを受け取って、難所を無事に越えたのじゃが……どうした皆の衆、そんな恐い目でワシを睨んで?』
 皆は言い出したかった。しかし言い出せなかった。この目の前の猿神が今回の件の遠因になっているだろう、なんて事は。
 それは各自の心の中に秘めたまま墓場まで持っていこう、と誰しもが思った。
『……では、これからの警備についての最終的な打ち合わせを行います。』
 やややつれた声で小竜姫がそう言い出すのが、精一杯の抵抗だった。

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