ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】 『タダオの結婚前夜』(17)[霊峰燃ゆ](前編)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(02/ 1/ 9)

 ……あらあら、久し振りね。見た処、とっても元気そうで安心したわ。
 ……どうしたの、不思議そうな顔して?……って、まあ無理もないわよね。
 ……この格好? ああ、あなたはまだ思い出してないのね。可哀相に。
 ……その細い綺麗な手足に刻まれた、醜い縛(いまし)めの所為なのね、きっと。
 ……いいわ。今の私なら、そんな忌々しいもの、取り去ってあげられる。
 ……さあ、いらっしゃい、こっちに……貴女の愛しい、母の胸の中に。

* * * * *

 ……「現代」から遠く9年後の、6月23日。つまり世界的GSカップルこと横島忠夫・氷室キヌの結婚式の、まさに前日。
 武道館にて、完全復活を遂げたメドーサ一味の強襲を受けた花嫁キヌ&横島シニア夫妻。しかし小竜姫の機転により遣わされた「鬼門タクシー」によって、横島+主要GS軍団+αも集結、これを撃退する。かくして斉天大聖ハヌマンの指示により、横島、キヌを始めとした結婚式の関係者一同は、大事をとって全員妙神山で待機する事となった。
 そして夜。満月の黄色い光に照らされた妙神山の修行場、その中でも鄙(ひな)びた温泉旅館風に設(しつら)えられた来客用宿泊施設の中の畳敷きの大広間では……同窓会ムードで大いに燃え上がっていた。


「ちくしょ〜〜っ、横島! やっぱりおキヌちゃんだったのかよぉ!」
「くそぉ、幽霊ん時もあ〜〜んなに可愛いかったもんなぁ! このこのこのっ!」
「いででででで! てっめえら、何しやがる! ふぐっぐびびびっっ!」
「うるへ〜うるへ〜っ! 女のいる奴、それも飛びっきりの可愛娘ちゃんのいる奴なんか、み〜んな敵じゃ〜〜っ!」
 さて明日の新郎殿は、やんややんやと騒ぐスーツ姿のかつての学友数人に羽交い絞めにされており、もがもがと喘ぐその口から見事な一升瓶を生やしている。
 彼らの足元にも数本の空瓶が転がっている。程なくそれに誰かが足を取られたらしく、スーツ姿の塊は派手な音を立てて畳の上を転がり出した。

 そんな一団の醜態を冷ややかに眺めるのは、花も恥らう新婦殿の一団である。
「あら、全くガサツな方たちばかりで、折角の神聖な夜のひと時が台無しですわ。」
「まあまあ、『折角の神聖な夜のひと時』に、そう厳しく目くじら立てんなって。」
「……あの連中、どうやら精神感応で過剰に興奮してるようですわね。」
「なっ……たく、しょうがねえなあ。おい、寅! もう好い加減にしろっての!」
「ははははは……。」
 六道女学院時代からの大親友、弓かおりと一文字魔理の遣り取りを見ながら、キヌは急速に湧き上がってきた喉の渇きをお冷やの一服で潤す。他の六女の友達たちも呆れ顔で、騒々しく席を立った魔理とその顛末(てんまつ)を見守っている。
「……ねえおキヌさん。」
「はい?」
 音一つ発てず優雅に梅昆布茶を啜るかおりが、溜め息混じりに親友に問う。
「……やっぱり、もう一度考え直した方が宜しくってよ。貴女なら、まだまだ他に好い殿方が沢山いっらっしゃるのではありませんの?」
「いいえ。」
 訊いた方が面食らう程きっぱりと、キヌは答える。
「あんなにガサツそうでも、騒がしくても、……ちょっとHでも、私には横島さんしか居ない。それは9年前から漠然と感じていたけど、正式にお付き合いさせて戴いてからのこの2年間で、その想いは絶対確かなものだと言い切れるようになったわ。」
 何処か遠くを見遣るような目付きから一転、今度は探るような視線をかおりの円(つぶ)らな瞳に投げ掛ける。
「……かおりさんなら、解ってくれると思ってたんだけどなぁ、この気持ち。」
「……わ、わたくし!はぁ、その、えと、うん、」
 今度はかおりが明後日の方向を向く番だ。
 彼女の家、即ち弓式除霊術の宗家には現在、伊達雪之丞が「修行」の名目で居座っている。8年前の美神の失踪以来、雪之丞もまた突然思い立ったかのように人知れず日本を離れて世界に飛び出した。その時以来数年に及び、心の痛みに耐えてただ毅然として在り続けようようとするかおりの姿。そして3年前にふらりと日本に舞い戻ってきた雪之丞に見舞った強烈なビンタと……涙。そんな彼女を、キヌと魔理は良く見知っていたのである。もっとも本人はその事件をして「おキヌさんはまだともかく、魔理さんに見られてしまったのは一生一度の不覚ですわ。」と曰(のたま)ったが、どうやらその認識も少し改めなくてはなるまい。
 とは謂え、普段の鼻につく程に慇懃(いんぎん)無礼な態度もすっかり鳴りを潜めて、言い訳を思い付こうと赤面した顔をただただ左右に忙(せわ)しなく揺らすかおりの様子を、キヌは心底可愛いと思った。
 そんな時、大座敷の障子が大きく開いた。

「わあ、ホント凄〜いっ! やっほ〜〜っ、おキヌちゃん、久し振りっ!」
「やあ。」
「あ、明子、山村くん、みんな!」
 明子はオロチ村時代の大親友で、噂話と世話焼きが三度の飯より好きなクラスメイト。
 山村は違うクラスの男子で、元野球部の主将。かつてキヌに好意を寄せていたものの、キヌの記憶が戻った一件で疎遠となってしまった。その時にキヌとの中を取り持とうと画策していた明子と自然に付き合うようになり、二人して大学を卒業した4年前に結婚している。
 その後ろにも見知った顔がちょっぴり大人びた様子でずらずらと並んでいる。「オロチ村ご一行様、ただ今到着」と云った処だろうか。恐らくこの建物の玄関先に黒塗りの板に白い字でそう書かれているだろう事は、キヌにもはっきりと想像できた。
「だああああっっ、みんな、どいてけろ〜〜っ!」
 唐突の大音声(だいおんじょう)と共に、その一団を掻き分けて登場したのは、
「あ、お姉ちゃうっ!」
 呼び終える間も与えず、姉・早苗は両の腕に妹の首っ玉をしっかと抱き締める。
「あああっっ、大丈夫だがっ? どごも怪我っこしてね〜だがっ? ぶど〜がんでの話さ聴いで、おら、生ぎだ心地さすねがっだだよ〜〜っ!」
「あ、お姉ちゃん、わ、私は大丈夫らから、れ、れ……。』
 衆人が呆気に捕られる中、姉の抱擁は的確に妹の頚動脈を極め、着実に彼女を「大丈夫」じゃなくしようとしている。
「こら、いい加減にしねーか。」
 そんな姉の巫女装束の襟を横合いからの大きな手がひょいと抓(つま)み上げると、あれ程完璧だった縛めは泥鰌のようにするりと妹の頭からすり抜けていく。猫の様に温和(おとな)しくぶら下がる早苗を、その手の主である背の高い男性がその脇にゆっくりと下ろす。
『は、はりがとお、を義兄さん。」
 離脱しかけた幽体を戻しつつ、キヌが神主姿も凛々しい長身の男性に礼を言う。
 男性の旧姓は山田。現在の姓は氷室。云う迄も無く、早苗の旦那さまにして氷室神社の次期後継者である。
「こいつも相変わらずの心配症なもんだから、悪気が有った訳じゃねんだ。おキヌちゃん、どうか許してくれろ。」
「いいえ、もちろん解ってますから。」
 済まなそうに頭を下げる義兄を見上げる視線に飛び切りの優しさを湛えて、次にもじもじと指を合わせる姉を見詰める。そして、にっこりと微笑んだ。
「……早苗お姉ちゃん、心配掛けてごめんね。それに、ありがとう。」
「……ど、どういたましてだ。」
 妹の心からの感謝の声に、姉も正気を取り戻したらしい。
 直後、その目に薄暗い炎が灯る。その中に映るのは……妹の伴侶の姿。
「そんにしても、許せないのはあの男だあ! 日本最高のぼ〜しとすりっぱ〜だか何だか知んねえだども、傍に付いていながら自分の嫁っこさを危険な目に遭わすとは、一体ど〜した了見だあ?」
「で、でもね、お姉ちゃん、ああっ!」
「だああああっ、そこの人たちっ、その男さすっかりと押さえといてけろ〜〜っっ!!」
「おい、早苗! いいかげんに……あちゃあ。」
 義兄は再び済まなそうに寄せた眉を右手で覆った。
 遮った視線の先には、相変わらず羽交い絞めにされていた横島の無防備な頬に、ダッシュで入った早苗の真空飛び膝蹴りが煙を上げてめり込んでいた。
 一瞬の沈黙の後、男女双方のグループから一斉に喝采が揚がった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa