ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(41)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/12/26)

「テレサ様の異常に最初に気付いたのは、おキヌちゃんだったわ。」
 美神が呟く。穏やかな口調ではあるが、全くニコリともしていない。
 今丁度、彼女とキヌ、それと横島の三人が研究施設から抜け出してきた処だ。そして今、美神を先頭にしたまま、更にそこから遠ざかろうと順調に歩を進めている。
 この城の常夜灯を全て賄い、更に一体の魔族と……数百年生きてきた人造吸血鬼を養って尚、余り有る程の電力を供給するこの煉獄炉の爆発となると、それはもう派手な花火と成るに相違無い。霊感に頼る迄も無く、ここは設計管理者のテレサの指示に従い速やかに遠くに退避するのが妥当な判断と云える。
 歩きながら後ろを振り返ろうともせず、美神は話し掛ける。
「歓迎の宴会の後、私に教えてくれたのよ、ね。」
「ええ。ピエッラちゃん……いえ、小っちゃい頃のピートさんを寝かし付けに往く前、でしたよね。」
 キヌは答えながらも、歩き始めてから初めて腕の中に抱えた幼児に視線を下ろす。そのまま自分の目玉が零(こぼ)れ落ちそうな錯覚を不意に覚えて、慌てて顔を上げる。
「……、宴会の時のテレサさんの言葉が、何か判らないんですけど、何処か心の中に引っ掛かってたんです。それでその後廊下を歩きながら、ず〜っとその事を考えていて……気が付いたんです。」
「な、何に?」
 傍らで発言を促す横島に、キヌは顔を向ける。
「一寸前の話――まだ私が幽霊をやってた時の話に戻るんですけど、……美神さんと横島さんが、マリアと一緒に昔のよ〜ろっぱにたいむとりっぷした事がありましたよね?」
「ああ、あの蛸親父との出会いのあった、アレね。」
「ええ、あの時現在に残されていた私とカオスさんは色々と話し合っていました。カオスさんなら皆さんを元の世界に還す良い方法を思い付いて呉れると思って。で、その際にカオスさんが思い出したんです。昔若い時に、たいむとりっぷをした美神さんたちに会った事があるって。」
 横島もその辺りの概要は、事件の後暫(しばら)くしてから聴いている。結局、現代に残った二人は何の役にも立たなかったのだが、その時の事を気にして自分から言い出そうとしないキヌに対し、カオスが笑い話ついでにそれはもう愉快そうに口を滑らせていたのを横島は憶えている。当然美神もその話には怒り心頭と云った様子だったが、その直後にマリアのメモリィに残されていた裏帳簿のネタを出されたとあっては、さしもの美神も黙っている事しか出来なかったらしい。
 その時の美神の顔を思い出し、横島の口元が緩む。
 キヌは怪訝そうに俯きつつ、話を続ける。
「その時にカオスさん、こう仰ったんです。……」

**********
『――それからどうなったんです?』
「うむ。領地には平和が戻り私はヌルの施設をぶんどって、50年ほど居座ったのじゃ!
 (マリア)姫の援助のおかげで思う存分研究をすることができた。何度かプロポーズもしたんじゃがな、不老不死の私のあしでまといになるからと断られてな。
 いい女じゃった……!
 姫の死後、しまってあったアンドロイドに彼女の顔と名前をつけたのは――いやーてれるの〜」
**********

「……このお話、普通に解釈するなら、――事件から50年後、つまりマリア姫が70歳前で亡くなった直後に、マリアを今の形に完成させて領地から立ち去った――と云う風に言えますよね?」
「うん。」
 横島は素直に頷く。多少カオスの心情を酌(く)んでやれば、その講釈が一番すっきりくるだろう事は理解できる。
「でも、それだとおかしいんです。……どう鯖を読んでも30歳前後の――日本人の私には外国人さんの年齢は正確に判断できていないでしょうけど――テレサ様が、マリアの活躍の噂を知っている筈が無いんです!」
「あっ……、そうか!」
 横島が呆け面をぶら下げたまま、ぽんと手を打つ。
 結局は「姉の姿をした人造人間を造った事に対する猛烈な批難の声」を予測したカオス本人によって有耶無耶(うやむや)にされてしまったのだが、宴席のテレサ姫が「ヨーロッパの魔王に傅(かしづ)く麗しき鋼鉄の乙女」の武勇伝を頻(しき)りに聴きたがっていた事は、彼の記憶にも今だに鮮やかだった。
 つまり基本的には人間である処の、実年齢60歳以上のテレサが、30歳前後の外見年齢を維持しているのでなくては、辻褄(つじつま)が合わない。
 まあ彼女の母親である森人――森の精霊族の血の影響がその辺りに及ぼす影響も考えられなくはないだろうが、少なくともそれはこの場に居合わせた3人の想像力の預かり知らぬ処の話である。
「……この事を美神さんにお話したら、美神さんが、私の方でも調べるから、おキヌちゃんもお願い、横島さんはまあどうでもいいやって。だからピエッラちゃんを寝させた後に、その事を横島さんと相談しようって思ってたんですけど……ほら、あんな事がありましたから……。」
 そこ迄言うと、キヌはモジモジと上半身を揺らして俯き加減に成る。
「……そう云えば。」
 ピエッラも交えて3人でカードゲイムに興じた後、そろそろ寝かし付けようと思ってた矢先に、キヌから相談を持ち掛けられた事があったような気がする。あの時には「愛の告白」でも有るかと有頂天に成っていた横島であったが、あの時の恥じ入った様なキヌの様子は美神の「横島さん(尚、実際の発言では「あのバカ」であった)はまあどうでもいい」発言に対するささやかな気兼ねだったのだろうと、今更ながら納得する。
 深い落胆の溜め息を喉の奥に飲み込みつつ、横島は大きく項垂(うなだ)れた。

 依然歩いたままで、不意に美神は右肩越しに振り返る。
 気配を察し、二人とも素早く顔を上げる。そんな挙動不審の前にも、美神は表情を一片も乱さない。
「で、私はそれと別に独自の推理と霊感で、テレサ様がピートのお母様であるとの結論に辿り着いたの。でも、ピートの霊能力とか本人の証言とかから判断すると、ピートのお母様は人間であった可能性が一番高い。にも関わらず、あれ程の若さを保っていられると云う事は、……その後のヌルの登場、それと奴の長ったらしい「講義」で漸(ようや)く繋がったわ。そう、彼女は……、」
 美神は固い表情を崩さぬまま、ここまで一息で畳み掛けてくる。
 ほぼ同時に、キヌと横島は生唾を飲み込んだ。
「彼女は……人造吸血鬼よ。しかも、煉獄炉がなくては生きられ名タイプね、恐らく。」


「……わたくしの肉体と霊魂は、本物の吸血鬼のそれと継(つ)ぎ接(は)ぎされた、全くの紛い物。そのエネルギィと維持の、粗(ほぼ)100パーセントをこの煉獄炉に依存している状況です。これさえなくては、この体も魂も、半日だって持たないでしょうね。」
 誰に聴かせるでもない唱歌でも口遊(くちずさ)むような、そんな気軽な調子でテレサの告白は続いている。
 テレサは大きく振り返り、煉獄炉を見る。すっかり色褪せて見える魔法金属の塊はあちこちから極彩色の蒸気やら正体不明の怪音を発しながら、間も無く訪れる盛大な終末に向けて着実に時を刻んでいる。
 さて、女性の視点は炉の傍らの老人を軽く遣り過ごし、床伝いに無数の金管で接続された壁際のスィリンダァ群へと辿り着く。等間隔に整列している10数本の巨大な半透明の円筒が、時々内側で発生する火花を受けて不定期に明滅を繰り返している。
 その一本に、一際大きな火花が散る。その閃光がスィリンダァの硝子の中に含まれる微量の銀と反応し、ほんの一瞬しか映らなかった筈の中身の像を円筒の表面に淡く浮き立たせる。原理的には普通の写真と同じである。
 鈍い光沢の上にまるで亡霊の浮き上がっているのは……人造吸血鬼試作型・スックベ01を原型とした、全く同じ姿の人造吸血鬼量産型。
「ねえ、ピート。」
 唐突の呼び掛けに、青年は身を震わせる。彼の母親の身体は、壁際を向いたままだ。
「プロメーテウスの神話を知っている……わよね。」
 無言の合槌(あいづ)ち。
「彼はアッティカ地方の工芸の神だった。ある日彼はどうした気紛(きまぐ)れか、天から無断で持ち出した炬火(かがりび)を自分と同じ形の土塊(つちくれ)に吹き込む事で人間を造った。そして彼らが生活していく為の様々な技術や知識を与えた。……でも一つだけ、彼が人間から奪い去った物が有った。憶えている?」
「……未来を、視る力。」
 擦(かす)れた声。
「そう。彼にはその名前――「先に見る者」――の通り、予知能力が有った。彼の造った人間も最初はそうだったのだけど……身に過ぎた力の恐ろしさを、彼は身を以って知っていた。現に、主神ヅェウスの凋落(ちょうらく)を予知した彼は、それ故に危険な存在と見なされてカウカソス山の上に繋がれて、恐ろしい鷲に内臓を啄食(ついば)まれ続ける羽目に陥るのだし……不死の存在である神の内臓は直(す)ぐに再生するから、それは半永久的に続く苦しみ。
 でも、それでもやはり人間は求めて止まない。未来を見通す力を、身に余る程の能力を……そして、不死すらも。」
 もう一つ、無言の合槌ち。
「更に皮肉な事に――ギリシャ神話に皮肉な話は数多(あまた)在れど、プロメーテウスに纏(まつ)わる一連の物語が一番だと、わたくしは思う――彼の創造物に対する想い……それこそが、彼の生み出した人間を滅ぼしてしまう……。」
 主神ヅェウス以下の有力な神々が挙(こぞ)って創造し、彼の兄弟「後に見る者」ことエピメーテウスに送った花嫁「凡ての贈り物」ことパンドーラー。しかし彼女が開け放った「函(はこ)」が齎(もたら)した災厄や悪心によって、徐々に人間は堕落していく。
 結果、事態を憂えた神々は大洪水――旧約聖書の「ノアーハの箱舟」のエピソウドとも大いに関係すると謂われている――を起こして、プロメーテウスが創造した人類を尽く一掃する。
 つまり「因果応報」との見方も出来る訳だ。

 依然として、カオスは動かない。

「……これより、この滑稽なプロメーテウスは因果によりその創造物を尽く滅ぼし、また自らの身を裁きの縛(いまし)めの鎖に委ねるとします。」
「! そんなの、だめだ!!」
 ピートが大きく、肩を震わせる。握り締めた両手に爪が食い込んでいる。食い縛った奥歯の方から血の味がする。額から上の血管は今にも決壊寸前だ。見開かれた瞳には膨張し切った毛細血管からの拍動が、目の前の像を歪ませる。
 それでもやはり、息子の目に映った母は、美しかった。

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