ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(40)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/12/20)

 しかし、甘く分かち難いひと時程、その終焉の訪れは早い……と感じるのは、往々にして錯覚、もしくは気の所為……後付けの屁理屈なのだろう。が。

「なっ……んたる事っ! おいっ、テレサ!! こいつは一体どうした事じゃっ?!」
 ドクターカオスの突然の雄叫(おたけ)びは火山の突然の噴火のように、平安に満ちた空間を激しく揺さぶり、引き裂いた。
 当然衆目は部屋の中央、やや小高い位置にあるその火山に集中する。
 間近の光源の陰気な照り返しを受けて、カオスの焦りの表情は一層歪んで見える。
「応急処置的にあれこれ手を尽くしてみたが、炉の内部圧力下降が一向に止まる兆しを見せん! その所為で熱冷、エネルギィ、電源供給などの各系統に於いて流れの停滞、もしくは逆流が始まっておるが、安全弁の4割が全く正常に動作しておらん! このままでは……っ!」
 顔中に粘りのある汗を滴(したた)らせながら、カオスは弟子を睨み付ける。
 老魔法科学者のやや濁りのある瞳には、強烈な殺気と見紛う程の尖鋭なる憤怒。
 かつての弟子は、しかし師匠の激情を、高山の頂を包む万年雪のようにひっそりと柔かく受け止める。
「ええ。このままでは恐らく連鎖的に炉の内部崩壊が進み、済(な)し崩し的に……」
 たとい、その雪が一瞬で解かされたとしても、そこから沸き立つ蒸気は、
「……ほぼ100パーセント、煉獄炉は崩壊、爆発します。」
 あくまでも白く、冷たく、気高い。
 首筋にはヌルに絞められた痕が、微かに紅く残っている。

「しかしっ! お主、じゃが、それが一体、何を……」
「何を意味しているのかは勿論、よく存じておりますわ。でもこれらの事は全て、神様が我々に与え給うた定めなのですよ?」
 冷や水を浴びせられたようなカオスのしどろもどろの言を接ぐテレサの厚い唇には、何処かこの状況を楽しむような悪戯っぽい響きがある。しかしその瞳には、現実を直視し受け止めようとする、強い意志の灯火(ともしび)が以前として在る。
 ゆっくりと母は、息子から身体を離す。
「おキヌさん。その子を、私に。」
「あ、はい。」
 キヌは心持ち急いでテレサの元へ駆け寄る。そして胸元で安らいでいる主人を目覚めさせないよう、慎重な手付きで母親の胸元へと移した。
 母は、小さな息子の頬に、優しく唇を寄せた。
 その瞬間、その母子は完成された一枚の絵となった。この陰鬱な空間の中に於いても、否(いや)、それだからこそなお神々しく、一層暖かく輝いて映り、その姿が無神論を気取る衆人にすら連想させるのは……聖母マリアと幼児キリスト――カトリック世界的モティーフの再現が、正にそこに在った。
 その一部始終を間近に見るキヌの目には、手渡した瞬間からその幼子の表情が変わったようにすら見えた。そこにはこの腕の小さな温もりとの離れがたさは在ったものの、一部の嫉妬の念をも入り込まなかったのは、正直彼女自身も驚いていた。
「(今迄、私は親子の絆と謂う物に飢えていた……親を失ったひとりの子供として。でも今は、親に近い立場からこの絆に憧れている。)」
 キヌの脳裏に浮かんだのは、ひのめを抱く美智恵。それが目の前の光景と面白い程良く重なるのは、テレサ母子の醸(かも)し出す空気がルネサンス的な――宗教的な神聖さよりも、人間的な生命の喜びに強く溢れていたからかもしれない。
「(あんなお母さんに、私成れるかしら……?)」
 ぼんやりそんな事を考えながら、幼子を抱えたまま静かに歩き始めるテレサの姿を追う。その往く先に横島の姿を認めるなり、何故か急に顔が熱くなる。誰にと無く取り繕うように四方に視線を泳がせると、隣の美神と目が合った。どちらとも無く目を伏せる。
 キヌの網膜に一瞬焼き付いた美神の顔は、赤面していた様だった。

「フランチェスカ。起きなさい。」
 低く密やかな規則正しい唸りを発する巨体に向けて、緑の麗人は優しく告げる。
 そんな物で起こすのは到底不可能そうに見えたが、優秀な人造吸血鬼はただちに再起動コマンドを実行、十数えない内にゆっくりと立ち上がった。
「もう、横島さんを放しておあげなさい。」
 今度はたっぷり二十は数えなくてはならなかった。見上げる母の強い視線に押されるように、しかしその冷たい筋肉人形は、大事にしていた子猫を手放す時のようにゆっくりと、実に名残惜しそうに床の上に下ろす。
 自由の身と成った横島は半ば呆然と、フランチェスカの空虚な両目を見上げていた。室温に近い鋼の肉体が触れていた部分は冷たさの為に未だ感覚が戻っていない。しかし予想に反し、脱出不可能なまでに完璧に極められていたのにも関わらず、暫く動けなくなると云う程に酷い状態には成っていない。
 フランチェスカは横島の事を自分の大事な宝物の様に、抱え上げていたのだ。
「お前……。」
「…………。」
 手首を擦(さす)りながらの横島に見詰められて、「彼女」が擽(くすぐ)ったそうに首を竦(すく)める。
 少し申し訳なさそうに、横島は目を伏せる。
「この娘(こ)は、余程横島さんの事がお気に入りだったのね……この子の相手をしている処でも覗いていて、あっ、優しいお兄さんなんだな、って。」
 暖かな目をピエッラに送りつつ、テレサが歌うようにそう云う。
「……フランチェスカ。」
 横島は呟きながら、再び見上げる。
 彼女は横島に初めて「名前」で呼ばれた所為か、更に身を縮み込ませてはにかんで見せる。
 その造作は全く不思議と、少女らしかった。
「では横島さん……この子を。」
「あ、はぁ。」
 出し抜けにテレサから託された幼子を、やや面食らいつつも横島はしっかりと受け取る。彼女の手首にもやはり痣が浮かんでいる所為かどうか、今迄意識していなかった命の重みが両腕に加わったような気がする。
 テレサに軽く背中を押されて、横島はよろよろと美神たちの元へと歩き出した。
 横島が再び振り返るのを確認してから、テレサはやはり静かな声で告げた。
「わたくしの試算ではもう10分程で、この煉獄炉は爆発します。こう成った場合の為に、この施設以外に被害が及ばない様に設計された安全機構は入念なメインテナンスの下で生かしてあります。どうか皆さまは成るべくこの城から遠ざかる様になさって下さい。」
「「皆さまは」って、一体どう云う……?」
 静観する美神の傍らで、キヌは問うた。少し声が揺れていた。
 テレサの口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「わたくしは……この煉獄炉と、運命を共にします。」
 それは凄絶な、笑みだった。

 美神は、この時点で全てを理解した。
 横島は、事情こそ判らないが、その微笑みには何処か見憶えが有る気がする。
 キヌは、どうにも成らない事情は察したものの、とてもその微笑みには耐えられない。
 ドクターカオスは、己に恥じ入るように、黙って目を伏せている。
 そして、ピートには、全く一切合切、理解が出来なかった。

「……それは一体、どういう事なんだっ!!」
 激しい口調で、誰にとも無く、ピートは罵り始める。
「この炉がお袋の研究人生の、最高傑作だって事は、解る! それが壊されたからって、落ち込むのも、解る! でも、だからって、だからって!!」
「……おキヌちゃん、横島くん。ここから出るわよ。」
「美神さん!!」
 ピートの遣り場の無い激情の矛先は、腹立たしい程冷徹な美神の一言に向けられる。
「何て事を言っているんですか! いつもの貴女ならこんな無茶、諌めこそすれ……」
「お母様に、きちんとお別れを言ってきなさい。」
 心底済まなそうに、腹の底から搾り出された、美神の言葉。
「ではテレサ伯爵夫人。私どもはこれにて、失礼致します。」
「あの……色々とありがとう、ございました。」
「……ごめんなさい。でも、きっと、きっと……。」
 美神に促され、横島とキヌも不器用に告げる、惜別の言葉。
「……美神さん! 横島さん! おキヌちゃん!」
 無理矢理押されて出口へと消えていく3人の背中に、ピートはただ叫ぶ事しか出来ない。そう、それだけしか。
 何故なら、彼の超感覚――自ら発した霊波の反射を捉え、視覚的イメヂとして把握する「指向性レイダァ感覚」――は母親の肉体の変調を、絶望的な死の幻影を見せ付けていたからである。敏感過ぎる程に。

 3人が並ぶには少々狭い螺旋階段を、そのまま2人の背中を押し上げるようにして、美神が後ろから付いて上る。
 炉の出力が大幅に低下しているからだろう、そこそこ明るく見えていた橙色の照明も、今では正に風前の灯と云った風情である。
 暗い石段の上を、不安の権化のような重苦しい3人分の靴音と果敢ない影だけが這いずり回る。
「……美神さん。」
「……ん?」
「俺、頑張ればあと2個くらいなら文珠、出せますよ。」
「……駄目ね。彼女は余りにあの炉に依存し過ぎていた。あんたが文珠を幾つ使っても、多分彼女は……。」
「でも、でも俺たちはっ!」
「仕方ないのよ! ……だって、彼女はもうとっくに……」

「……私はもうとっくに、この世の物ではなくなっているのです……550年も昔に。」
「…………。」
 余りに率直なテレサの告白の前に、ピートは成す術も無く只、塩の柱の様に固まっている。
 ドクターカオスは先程と全く変わらない姿で、煉獄炉の操作パネルの上の数字だけを見詰めている。

 30 AUGUSTUS 1797

「私はスックベ00。エネルギィを煉獄炉に依存する、人造吸血鬼の試作型です。」
 声色はこの上も無く自然で、柔かかった。

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