ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(39)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/12/14)

 それは、あっと言う間だった。呆(あき)れる程に。

「お前は私とブラドーの息子の筈です……どうしたの、もっとシャンとしなさい……男の子でしょ!」
 何時までも愚図(ぐず)り続けて止まない子供に向けられるようなテレサの叱咤。
 その声に、顔に、瞳に導かれるように、強張ったピートの腕がその背後にある物目掛けて差し出される。
 そして全身に纏(まと)わる大気から、固く踏み締める大地から、柔らかな「熱風」が幾筋もの尾を引いて彼の肉体の中に「流れ込んでくる」。入ってきた熱はその勢いを殺す事無く足の先から腕の先へと巡っていき、花の形を模するように併せられた両手の内側に蓄えられていく。
 そう、この流れは自然の摂理の中の普遍的なエネルギィ流動の調和状態。
 そして、その流れの中に自在に在る事こそが自然を律する神の愛の実践であり、父と母から与えられた彼自身の「強さ」の証左!
 掌が熱い。次第に緩やかになりつつある熱風の流れは、もはや熱の蓄積が限界である事を示している。

 ピートの両掌から放たれた目映(まばゆ)い神聖な光の塊は数メートルの距離を跳躍し、プロフェッサー・ヌルの額の中央に浮かぶ白い星印――かつてカオスの短銃により止めを撃たれた跡――の中央部分を、寸分の狂いもなく射抜いた。
 ヌルは、テレサの羽交い絞めをゆるゆると解いてまもなく、急な身体バランスの変化に耐え切れないと云った風に、上半身を大きく開きつつその場に崩れた。
「お袋!」
 ピートは既に、その数メートルの距離を走り出していた。気付いてテレサが足を踏み出す直前で、ピートは彼女の身体を受け止めていた。
 初めて覆い隠すように抱き締めた母の肩は何とも小さく細く、それに酷く冷え切っていた。しかしその存在感の大きさは例え様も無く大きく、そのささやかな温もりは強張り続けていた息子の身体と心を溶かし暖めるのには充分であった。
「……ピート。」
 テレサは両腕を息子の背中へと回す。柔らかな衣擦(きぬず)れの音と共に漂う、何か甘い匂いが二人を一段と大きく包み込み、ピートは音を立てて鼻を啜(すす)った。
「……で、ではワシは煉獄炉の方を見てくるかの。」
 血の固まった右頬を手で覆いつつ心なしか言い訳っぽく小声で呟くと、カオスは痛む右足を庇いながら、すっかり威光の弱まった炉へと歩み寄る。

 それらを横目で見ながら、美神がそろそろと慎重に立ち上がる。術者が滅びた今、掛けられていた石化の呪いが解けてきたのだろう。
 まあ見る迄も無いのだが、一応壇上の塊を見遣る。蛸の形をした頭部の中央にはレイザァメスで焼き切ったかのような鮮やかな切り口で、奇麗な円形の穴がぽっかりと開けられている。傷口の周辺部では自己再生がささやかながら行われているが、煉獄炉からの爆発的なエネルギィ供給が無くなってしまった今となっては最早(もはや)助かりそうに無い事は遠くからオーラの色を視ても明らかな事だった。
「……はっきり言って、アンタたちと違ってこう云うのは趣味じゃないんだけど。」
 美神は芯に痺れの残る右手で神通棍を振り伸ばし、逆手に構え、一気に振り下ろす。
 人間では胸骨の中央に当たる部位に6センチくらい棍が埋没する。
「取り敢えず、先刻(さっき)のお返しの分。」
 更に両手で構えてぐりぐりと抉(えぐ)る。手応えが這い上がってくる。
「で、これが前の……ぁくんの分。」
 そして鮮やかに抜き放つ。あらゆる物を払拭(ふっしょく)するかの様にもう一度強く振ってから、釣り竿の要領で小さく折り畳んでいく。
「うわ、エグぅ〜……んがほっ!」
 思わず本音を口に上らせた横島がその事を後悔するよりも早く、畳まれた神通棍の尻がその口に埋(め)り込む。
「何言ってんの。アイツは只の敵じゃない、魔族なのよ。」
 過激な仕打ちの割に、美神の声にはそんなに強い怒りは無い。
 寧(むし)ろ一抹の空しさすら漂っていた。
 フランチェスカに抱き締められて身動きの取れない横島は、棒の生えた面(おもて)をぶら下げたまま、歩み寄る美神を見下ろし待ち受ける事しか出来ない。
 因(ちな)みにキヌは一足早くフランチェスカの縛(いまし)めから脱し、肉体に戻ろうとしている。
 美神は紅いマニキュアが丁寧に施された指先で、見上げる神通棍のもう一方の端を優雅に抓(つま)む。
「もしも倒すとなったらなら、一切の妥協は許されないわ。例えそれが死者に鞭打つような行為だとしても、キチンと止めを刺してやる必要がある。どんなに嫌な事であっても、それがそいつと因縁を持った者の最後の義務なの……あんたにも、解らない話じゃないでしょ?」
 つまり美神は汚れ仕事を自ら進んで請け負ったのだ。
 嘗(かつ)て横島自身が拒絶すらした、あの責務を。
 果たして潤んでいるのは自分の瞳なのか、それとも……。横島には判断できなかった。
「……ふぅひぃひゃへぇむぅ。(すみません。)」
「ん、わかればよろしい。」
 美神はめかした調子でそうのたまうと、項垂(うなだ)れ気味の横島の顔を覗き込む。何処と無く艶(なまめ)かしい手付きで神通棍を奪い取ろうとすると、棍棒が口から離れる瞬間に「きゅぽぉん」と間抜けな水音がし、思わず双方の頬に微(かす)かな笑みが上る。
 一瞬交わされた二人の視線はごく自然に、只管(ひたすら)抱擁したままの母子(おやこ)へと流される。

「まあ少なくともこれで「悪の魔人を退治した名誉」は、かの伯爵家の若君に帰する事になる訳、ね……。」
「あ、そう云えば、何時の間にピートの野郎、あんな大技が使えるようになったんだ?」
 横島は首を捻る。
 ピートの自己鍛錬に対する情熱は相当のモノであり、纏(まと)まって休みが取れた日にはほぼ確実に山篭(やまごも)りを敢行し、大自然を相手に自身を鍛える事を怠らない。その熱は伊達雪之丞との関わりで一層加速したらしく、横島は何かにつけて彼らの手合わせに嫌々付き合わされる羽目になる(無論、タイガーも。愛子は呼びもしないのに付いてきて、しかも色々喧(やかま)しい)。だから横島としては二人の手の内は大体理解している、つもりだった。
 先刻ピートが繰り出したのは、前方へ飛ぶダンピール・フラッシュ。それが的確な例えなのだろうし、実質も恐らく当たっているだろう。
「でもピートは余り飛び道具は好みじゃないと思っていたんだけどな……ああ、とうとう奴も西条の西洋強欲主義だか何だかに染まってしまったのか?」
「西洋合理主義、ですよ。」
 何時の間にか肉体に戻ったキヌが二人の傍らに佇んでいる。その腕に抱えられているのは、何とも幸せそうに眠りを貪(むさぼ)る幼子ピエッラの白いナイティ姿。
「でも、ピートさんの性格からすると確かに、珍しいですよね。」
 同じく考え込むキヌ。やはり考え込む横島。
「「う〜〜〜〜〜〜〜ん。」」
 ステレオで聞こえる二人の唸りに観念したように、美神が寄った眉根をそのままに呟く。
「……ピートは先刻あの瞬間に、あの技を会得(えとく)したのよ、きっと。」
「「へ? どう云う事ですか/っスか?」」
 ステレオで詰め寄る二人に、美神は更に眉間の皺を深くした。
「つまり先刻の状況はスイーパー資格試験、対雪之丞戦の時と状況が似ているわ。つまり目の前に重大な危機が迫ってきた時、誰かがこう彼に叫ぶの――「どうしたの、頑張んなさいよ! あなた、男の子でしょ!」――ってね。」
 スイーパー資格試験の時にはミカ・レイ――つまり、変装した美神令子。
 そして今回は伯爵夫人テレサ――つまり、ピートの実母。
 男性顔負けの押しの強さと潔さを感じさせる一方、そこはかとなく母性を滲(にじ)ませている年上の女性である点など、両者に共通点が有ると言えばまあ言えなくもない。
「で、あの時には人間と吸血鬼の混血児である事実を受け入れる事で、双方の血が持つ「強さ」を自分の物にする事が出来るようになった。そして今回はその「強さ」の更に深い処迄開眼した……。」
「ええ、これ程完璧に霊的に隔離された場所で、一人の霊能力者があんなに大量の気を操る処を観たのはは初めてです。きっとあれがお父さんの――吸血鬼としての能力なんですよね。」
 キヌ心底感心したように、そう言った。彼女は幽霊としての経験は勿論、地脈からエネルギィを汲んで他者に与えるタイプのヒーリング能力の使い手である。従って或る程度の強度を持つエネルギィの流れ――「気」ならば視覚的情報と云う形で「読む」事が出来る。
「それに、あんなに輝き方の大きい……いや、光そのものが大きいんじゃなくて、こう、輝き方が力強いと云うか何と云うか……なんか太陽の光みたいな、あんなダンピール・フラッシュは初めてだったな。しかも飛ぶなんて、なあ。」
 横島は今更ながらしみじみと思い返す。敵を一撃で打(ぶ)ち抜く程物騒な攻撃だったのに、その輝きには何時もの月光の様な清浄さよりも、太陽の様な熱っぽい暖気が宿っていたのが、彼の目にも残像として焼き付いているようだ。
「(……どうしてピートが私やテレサの「あの一言」で奮い立ったのか、なんだけど。)」
 美神は気付かれないよう、こっそり溜息を洩らす。
「(やっぱり、幼い頃に女の子用のフリフリした可愛い格好ばっかりさせられてた事が、心の何処かでトラウマに成っていたから……偶像化し美化した後にどん底までにも貶めた母親像を救済して、更に自らの殻を破る為の鍵となる言葉が、母性的な人物による「男の子でしょ」の一言に成るって訳か。……私も気を付けなくっちゃねぇ。)」
 これ迄のひのめとの触れ合いの日々を思い返してみる。
 ……うむ、これからはもう少し、改めなくてはならないかもしれない。
「(ま、折角その事に気付かせてくれたんだから……他の皆にはこの分析結果は当分の間内緒にしといてあげるわよ、ピエッラお坊ちゃん?)」
 美神は飽きもせずに互いの温もりを伝え合う母子の姿を、やはり飽きもせずに眺めていた。

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