ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(37)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/12/ 5)

 それは最初、囁く様な声。

  きこえる かんずる

 それは、蝋燭の炎の様な、か細い揺らめき。
 燃え尽きるまで耐え抜こうとする、そんな意思を伴う響き。

  そなたの いぶき ぬくもり

 テレサのメッツォソプラノだけが、この閉塞的な空間を俄(にわ)かに賑わす。
 機械すらもその低い唸り声を潜(ひそ)める闇の中、古風な笛の声だけが炎を煽(あお)る風となる。
 巨人に抱かれた少女――キヌが、その青褪めた口元に横笛を構えている。

  わが いわおの かいな あたたむる
  そは いのち よろこび

 薄く開いたキヌの瞳には、不思議に涼やかな光。
 しっかと開いたテレサの瞳には、不安さを隠し切れない二つの瞳。
 その場でいやいやを繰り返すスックベ01、否フランチェスカの空ろな瞳には……余りに小さい「母」の姿。

  ゆかしき あこよ
  わがむねより いでし ちち にがくば

 横島の瞳には、一層強まってくる縛(いまし)めへの戸惑い。
 見上げる美神の瞳には、成り行きを見守らんとする冷静さ。
 ピートの発作は、心持ち治まりを見せてきた様にも見えなくもない。

  こよなき あこよ
  わがかいな うるおいしし ちを めせ

 キヌの肉体に護られたピエッラの瞳は、楽しい夢を映しているだろうか。
 ドクターカオスの瞳は、嘗(かつ)て自分が唄い、そして伝えた旋律の懐かしさに心震わせているのか。
 プロフェッサー・ヌルの丸い魚眼は、この揺らめきをどう捉えているのだろうか。
 揺らめきが、風が、徐々に強まっていく。

  にがき かわの へに さく しらゆりを はめる こじかが ごとく!

 風が、吹き抜ける!

 あわやと思われた揺らめきが再び、暖かな光を取り戻す。
 風も再び、優しく光を揺らす。

  ほしあかり かすめる よぎりの 
  かんばしきが あまき ねむりを さそう
  やがて くるらむ あしたが ために

 輝きが揺らめきと共にに一歩ずつ、テレサはいやいやをする愛娘へと歩み寄る。
 フランチェスカは横島を抱き締めたまま首を横に振り続ける、だが瞳は逸らさず、母親に向けたままで。

 そしてついに、母親は娘の震える足元に辿り着いた。
 幼児(おさなご)の頭を撫でるような優しい手付きで、フランチェスカの大きな左膝頭を擦(さす)る。

  また こざるらむ あしたが ためにも
  そなたを いだかむ とこしえに

 そして、その巨木のような左脚をそのままさっくりと抱き竦(すく)めた。
 急に全身を抱き締められた様に、巨体が一つぶるりと唸る。

  るる るる るる
  とこしえに!

 更に深く、強く抱擁するテレサ。
 急速に、柔らかさを取り戻していくフランチェスカ。

  やがて くるらむ よろこびの ために……

 暖気を含んだ笛の音が最後の小節をゆっくりと繰り返し、
 幼児の深い寝息と前後して、子守唄が終わった。


『……どうした、スックベ01! このワタクシの命令が聞けないのですか!』
 不意に大事な事を思い出したかの様な教授の声が、静まっていた場を濁す。
 しかし却ってくるのは、天使の様に穏やかな呼吸音のみだった。
「どうやら唄の奥底に秘められたお前さんの「強さ」、あの娘に届いたようじゃな、テレサ。」
 ヌルの怒声を無視したカオスの言に、テレサは美しい微笑みで返す。
 一瞬、心臓が飛び上がりそうになるのをカオスはどうにか抑える。
『馬鹿な! コレはこのワタクシが兵鬼として徹底的にプログラムした人造吸血鬼! 幾ら餓鬼ひとりの魂を封じ込めたとは云え、何の変哲も無い子守唄ごときで兵鬼が自らの機能を一時停止状態にするなんて、有り得ません!』
「そこが貴様の一番悪い癖じゃ、ヌル。」
 裏声混じりに醜く絶叫するヌルを窘(たしな)める。
「確かに人間は人間、兵鬼は兵鬼、悪魔は……悪魔じゃが、貴様はそれに固執する余りにもっと本質的な問題を見失っている……いやさ、無視してきたと云うべきかの?」
『無視、してきた……?』
「そう、それは即ち……「心」じゃ。」
 ヌルは、動かない。いや、動けない。
「フランチェスカ嬢は貴様に兵鬼として訓練される傍ら、テレサに実の娘の様にして大切に育てられておる。まっさら純真な魂が本来の人間らしい「心」に目覚める事が有っても不思議は有るまい? 何せ人工的に合成した「魂」に「心」を宿らせた事のあるこのわしが言うのだから、間違い有るまい。」
 ふと、カオスは虚空の闇に目線を投じる。一瞬、時空の彼方に置き去りにした、自身の時代の永遠の伴侶が不器用に微笑むのが見えた様な気がした。
「それに貴様は、何より恐れておるんじゃ。」
『ふふ、並み居る悪魔の中でも一際学才の誉れ高いこのワタクシが、無知以外の何を恐れるというのです?』
 蛸の額に、仄(ほの)かに赤み差した粘液が伝う。
「人間も兵鬼も悪魔もその内に「心」を持つ限り、その心の持つ「強さ」が種族の垣根をいともあっさりと超越し、最終的に力関係のヒエラルキアが引っ繰り返されてしまう事を、貴様は恐れておる!」
『ふん、たかが人間風情が、はっ!』
「そう、それが貴様の大罪……「驕(おご)り」じゃ。」
 次第に色を失っていく蛸頭の上に、カオスは更に畳み込む様に言葉を打付(ぶつ)ける。
「現に貴様の心はテレサのそれに敗れた。それはフランチェスカの事は元より、テレサが唄う間、微動だに出来なかった事からも明白じゃろ。尤(もっと)もこれは、己自身の読心能力によって唄の強さが増幅された結果、とも云えるだろうがな。」
『くっ! お、おのれ……!』
 悔しさに臍(ほぞ)を噛みつつ下を向いた瞬間、ヌルは不意に膝から崩れ落ちた。
『……な、に。急に力が抜けて……!』
 膝立ちのまま、振り返る。
 先程まで外壁が赤熱しそうな勢いで稼動していた筈の煉獄炉が、通常稼動のレヴェルに迄その勢いを戻している。
 否、その勢いが更に減退傾向にある事はもう誰の目にも明らかであった。益々放射の弱まる炉心の奥でちょろちょろ燃えている青白い炎が、何とも頼りなげに戦(そよ)いでいる。
『これは一体どうした事……むむっ!』
 ゆっくりと立ち上がろうとしたヌルを鋭く射抜いていたのは、深い海(わだつみ)の暗さを宿した双眸(そうぼう)。滑らかなブロンドと日焼け一つ無い白い面差しに、その冷たい輝きは実に良く映えている。血を塗った様なテレサの唇が薄く開く。
「……前回の定期点検で、霊的圧力系に若干の異常が見付かったのですが、そのままで大丈夫そうだったので、特に処置も報告も致しませんでしたわ。無茶な運転――例えば出力を限界ギリギリまで上げるとか――でもしない限りは平気なレヴェルでしたから、ね。」
 そして、にこりともせずに押し黙る。しかしその冷え切った瞳で睨まれている事の方が嘲笑されるよりも一層、今のヌルには腹立たしかった。
『……おのれ、この人間風情めぇ!!』
 再び、ヌルは全身を震わせるほど紅潮しながら、なけなしの魔力を奮い立たせるが如く暗闇に吼えた。

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