きっとそれはやさしいうた【4】
投稿者名:黒犬
投稿日時:(01/12/ 5)
〜きっとさよならはやさしいうた〜
再び自室のベッドに横たえられた美神は、穏やかな表情で目を閉じていた。手首と頭部には、心拍数と脳波を表示する器具が取り付けられている。
「痛いはずなのに…こんなに穏やかな顔をしているなんて…」
小鳩が時計を横目で見ながら呟く。
「本当に、大往生みたいですね…」
と、ヒャクメ。
「…心残りが無くなった顔です。未練や後悔の一片も無い」
小龍姫が、そう続ける。
「…姉さん…」
ひのめが、眠っているかのような姉の手を握る。
「…ひのめ…」
美神の唇が、かすかな言葉を紡いだ。
「姉さん、姉さん。…ひのめは、ここだよ」
「ピートや、おキヌちゃんといつまでも仲良くね。…それから、あたしの旦那に負けない位、素敵な人見つけるのよ」
「…難しいよ〜」
涙ぐみながら、それでも笑みを形作って答える。
「ピート…」
「はい」
「螢子のこと、頼むわね。それと、おキヌちゃんのこと、支えてあげてね、これからも…」
「勿論…ですよ。螢子ちゃんとおキヌには、ボクがついててやります。ずっと…」
「おキヌちゃん…」
「うん!うん!」
おキヌはもう、少しつついたら崩れ落ちそうな表情になっていた。
「ピートを、信じてあげてね」
「うん…、ピートを信じますよ、美神さん…」
涙を流しながら、それでも微笑んで答える。
「約束よ……」
そう答えて長い長いため息をつく。
「…昏睡状態に入りました」
小鳩が機械的に告げる。それを聞いた皆は“その瞬間”を待つべく身構えた。その時――
「……ん…」
意識の無いはずの美神の唇が動いた。
「…よ…ん」
「美神さん!?」
「姉さん?」
「美神さん、なんですって?」
三人が、美神の傍に耳を傾ける。
「待って、横島君…」
『!!!』
ピートとおキヌが顔を見合わせる。美神がうわ言で呼んだ声は、間違いなく“横島”と言っていた。
「ピート…」
「ああ…」
頷きあって、美神の方を向き直った時、
「………………」
思い沈黙が、場を支配した。
「…9月19日17時27分。ご臨終…です…っ」
小鳩がやっとのことでそう告げて、声を詰まらせる。小龍姫とヒャクメは無言でハンカチで顔を拭い、シロはベッドの端に顔を埋めてしゃくりあげていた。ひのめは美神の手を握り締めたまま顔を伏せている。
「…おキヌ?」
その光景を見てしばし呆然としたピート。ふとおキヌの姿を探すが、
「おい、おキヌ!」
慌てておキヌの姿を捜すピートの目に飛び込んできたのは、開け放たれた部屋のドア。
「おキヌ!!」
叫んで部屋を飛び出すピート。二階に駆け上がり、おキヌの部屋へと飛び込む。
「…おキヌ」
いつのまにか雨はやんで、真っ赤な夕焼けが窓から部屋へと射し込んでいた。
「…誕生日、だったんだよね…」
ピートに背を向けて、夕焼けを見ながらおキヌが呟く。
「ああ…そう言えば今日だったね、美神さんの誕生日は」
「いろいろあって、忘れてたけど…皆、プレゼント渡せたね…」
「…そうだな、賑やかだったしね…」
おキヌがピートに向き直る。青空のように透き通った微笑を浮かべて、ピートをまっすぐに見つめる。
「あたし…5年前より少し強くなれたよ…」
「そうか…」
「笑って…笑ってられるから。…明日からまた、笑顔でいられると思うから…」
笑顔が、ゆっくりと崩れ始める。
「今日だけ…今日だけ支えてくれるかな?ピートに、支えてもらって、いいかな…?」
言葉の最後は、蚊の鳴くようなか細いものになっていた。
「…5年前に言っただろ…。君は…強くなくたっていいんだって。悲しい時は、ボクが慰めてやるって…」
そう言うピートも、涙声だった。
「そう…だね…」
おキヌが、ピートの胸に縋り付いてきた。
「う…ぅ…」
嗚咽は、すぐ号泣へと変わった。
「うわあああああああーーーーーーーん!美神さあーーーーーーーーーん!!」
自分の胸の中で、はばかることなく泣き叫ぶおキヌを抱きしめながら、ピートも声を出さずに泣いていた。
(美神さん…。おキヌは、強くなりました…。もう大丈夫です。おキヌに支えが必要な時には、ボクが支えます…安心してください…)
「やっと落ち着いたね」
真新しい仏壇の前に座りながら、おキヌがそう言う。
「ああ」
紙袋を手に帰ってきたピートが答える。
「しかし、本当に良くやってくれたよ。何から何まで…」
事実、喪主として葬儀の全てを取り仕切ったのはおキヌだった。あの日の約束どおり次の日からおキヌの顔には笑顔が蘇っていた。
「えへへ…、美神さんと約束したんだもん」
「それもそうだね」
そう言って唐突におキヌを抱き寄せる。おキヌもやめて、やめてよと暴れつつも本気で嫌がってはいなかった。そうして暫くじゃれあっていた二人だが…。
「…二人とも、いい年して姉さんの前でなにやってるの?」
呆れたような、というより完全に呆れたひのめの声に、我にかえる二人。
「あ、ひのめちゃん…。あはは…」
「か、帰ってたのか…ひのめちゃん…」
ひのめは、ふぅ、とため息一つ。
「今日は土曜日だよ。あーあ、見ているほうが恥ずかしいったらありゃしない」
真っ赤になって離れる二人。
「それよりさ…」
二人の傍に座り込んで、
「姉さんと義兄さんの16年前のお話、あたしにも教えてくれない?」
それを聞いたピート、ふわりと笑顔を浮かべて。
「そうだね、聞かせてあげよう。有能で寂しがりやな世界一のGSと、心優しい煩悩少年の物語を…」
“令子、こっちだよ”
“ごめんなさい。ずいぶん待たせちゃったわね”
“いいって。…いつまでだって、待つつもりだったんだから”
“……………ありがと”
“それに、これからはずっと一緒だろ?”
“ええ、そうね。一緒に居ましょう、いつまでも”
“いつまでも、な”
〜FIN〜
今までの
コメント:
- 生命の終わりの時、そのひとの人生を「幸せだった」「不幸だった」と簡単に定義することは不可能だと、俺は考えています。おそらく、本人にすらその答えは判らないのではないでしょうか。
ですが同時に、「満足して往ける人生」は確実にあるのではないか、と思うのです。
この話の中で、たった41歳という若さで果てるにも関わらず、美神は満足して己の人生をまっとうしました。最後の瞬間には、金にも、長生きにも執着せずに。
こういった美神の姿には賛否両論あるかと思いますが、ラプラスの語る無限の可能性の果てには、こんな美神もいるのでは?と思って頂けたら幸いです。 (黒犬)
- タイトルと副題を考えてくれた我が妹、姫よ。……ありがとう。 (黒犬)
- どんな手を使ってでも、例え世界が滅んでも、必ず自分『だけ』は生き残る。そう公言した美神が、こうした選択を選ぶ可能性は限りなく低いと思いますが、確かにこうした展開もあるかもしれません。
もっとも、横島がいない世界は彼女にとって無意味なのかもしれませんが。
どちらにせよ、自分も最期は安らかに、親しい人(あまり心当たりないかも)に看取られて眠りたいと思いますので、こういった終わり方には大賛成です。 (AS)
- プロローグから五話一気に読ませていただきました。すごくいい話です。
美神さんは、多分横島との生活の中で、あるいは彼女を取り巻く周囲の人々の中で、少しずつ変わっていったのだと思います。わがままで、意地っ張りで、金に汚い人ですけど、やはり変わったんでしょうね。
もちろん、美神の性格が丸くなったからといって、決して弱くなったわけでも、また美神そのものの人格が変わったわけでもないでしょう。それは、おキヌに言った美神のセリフからも伺えます。若いころの彼女だって、実は人に見えないところで泣いていた場面だって絶対あったと、私は考えていますし。
臨終間際に訪れた小竜姫様やヒャクメ、タマモやシロといったおなじみの面々に見取られての最後。そのことが、彼女の周囲の温かさを何より物語っているのでしょう。 (富士見と美神のファン)
- ASさん、富士見と美神のファンさん、早速のコメントありがとうございます。
おそらく、ASさんの仰るとおり、横島を喪い、更にそれを乗り越えてきたからこそこの話の美神がいるのでしょうね。
また、富士見と美神のファンさんの仰るように、周りのみんなに支えられながら、少しずつ変わっていったのでしょう。彼女の輝きを損ねることなく、ただ優しさだけを新たに纏って。きっと、そうなのだと思います。
それと、作中で美神が「蛍子」のことをピートに頼むシーンがありますが、これにはまた裏話があったりします。色々と想像してみてください。 (黒犬)
- 私達と同じく原作を愛して、原作者でないからこそ
生まれた作品ですね。
一つの個人の終(異論はあると思いますが、あえてこう書き
ます)を題材にする冒険は、執筆する本人が一番葛藤と苦労
があったでしょう。
幼稚園の頃に(また昔話かい!)「死」が恐くて眠れなかっ
た時がありました。地獄の本を読んだせいもありましたが
一番恐かったのは、自分がなくなるのではないか、という
不安でした。伊達にそこそこ歳をとった今は、生きること
そのものを目的にしているつもりです。与えられた時間を
どー好き勝手に使ってやろーか、ヘラヘラしてます。
とにかく、おつかれさまでした! (みみかき)
- 生命の終わりという観念には、統一性など有りません。
人は神の国へ逝くのではなく、又再び人として生まれ変わるのでも『ない』のだと思います。
ただ、その人にとってその生命が価値あるものであったかは、その人自身ではなく、周りの人が決める事だという言葉もあります。
過去、聖人は、この問題に臨んで、『その聖人なりの答え』をいくつか導き出してきました。しかし、そのどれも、『本当の事』としては機能しないでしょう。それが人の中で『本当の事』として機能してしまったとき、人は暴走します。
故にこのような最期は、私の望む最期としても在るんですよ。死者はただ死者でしかなく、死者に意味をもたせるのは周りに居る残された人々なのですから……
お疲れ様です。黒犬さん。 (ロックンロール@キリスト教学校に通っているものの台詞とは思えんな……)
- 悲しい話と言う言葉ではかたづけられない。
そんな安っぽい言葉では片づけられない。
原作のしょっぱなから幽霊が出てきてGS世界内では
割と生と死についての考えは甘かったのだと思いました。
美神さんの死。それは殺しても死なないような人でも
死ぬということを否が応でも知らされます。
そのことに気づかされました。 (NGK)
- まだ20歳と云う若輩だったとは云え、あれだけ他者に構わずに自己の欲求に忠実に生きる事に全てを捧げてきていた美神令子が、こうして多くのものに「祝福」されながら逝ったと云う事は、どう云う意味を持つのでしょうか?
僕は死と云う儀礼は死が運命付けられた瞬間から、その価値を遺される者たちの手に委ねるべき物であると思います。その点この美神はこれだけ多くのものに自らの死を受け渡す事が出来たのですから、逆に云えばシャイな彼女にしては随分な大盤振る舞いをしたものです。そして遺された者たちはその死を、その生を如何に受け継いで行くのか……それがこの儀礼の大事な意義の一つかもしれません。
……まあともかくも、よく畳の上で往生できたな、美神令子。どうかこれからは仲良く2人で「生きて」くれい! その餞に一票。 (Iholi)
- 一種の逆転の発想と言う奴ですね。
現世利益最優先を標榜とするあの美神令子の死を扱うとはね〜。
何と言うか場違いな雰囲気とでも言うんでしょうか、令子が死に際してあんな弱気になろうとは・・・。
前設定で横島が結婚後死亡しているということになっているとしても、強気な面をもっと押し出しても良かったのではないでしょうか?
年をとって丸くなった令子よりも、三つ子の魂百までもと言うようにタカビーな令子のほうが自分は好きです。
それから最後の横島と令子の死後の会話も憎まれ口の叩き合いの方がらしかったと思いました。 (JIANG)
- ……賛成であり反対(変だし)
読み終えた瞬間は文句無しの賛成。
でも、その五秒後……俺思ったんだよね。
リアルでおもしろかった。リアル……そう……
あまりにストーリーが生々しくて、これがGS美神の最後なのかって錯覚したんす。
そう思ったら何だか複雑になり……。
自分でもよく分かってないっす。すんません。 (天邪鬼)
- 弱気になった、ていうのは違うと思うんだよね。
美神は前々から自分の死期を悟ってたみたいだから、周りの人間に何を残せるのかを優先的に考えたんじゃないかな。
美神って、いざという時は潔いような気がする。僕が勝手に考えた事だけど。 (カーズ)
- タイトルは姫君考案ですか やわらかい感じでいいと思います
内容もぶっとうして読んでいいと思いましたよ
何分評論とかは苦手なんで皆さんみたく
きっちりしたコメントは残せませんが (ペス)
- まさに、十六年の歳月と、横島を初めとする周りの人間やそれ以外の者達との関係が、この美神を作ったんでしょうね。ま、確かにイケイケの美神は格好いいんだけど、十六年も人生やってて何の成長も変化もしてなくちゃ、イタすぎですから。
人間の成長を尊ぶ黒さんらしい、優しさ溢れる良い話ですね。 (ぱっとん)
- 追伸:最近顔を見せていませんが、姫様にもよろしくお伝え下さい。ぱっとんこと、○○は元気に同人誌作ってますよ、と。 (ぱっとん)
- みなさん、様々なコメントをありがとうございます。
賛成意見も反対意見も、皆さんが真剣にこの話を読んでくれて、感じた事をきちんと書いてくれているのが判るので、嬉しい限りです。 (黒犬)
- 以前、友人と「極楽」をネタに話をしているとき、友人が冗談混じりにいいました。
「美神ってさー、今はいいけどババァになって力も美貌も衰えたら悲惨だよな。絶対、誰も近づかないぜ。横島がいればまだいいけど、なんかで早死にしてたらもー、完璧にドン底だよな。金だけが頼りの寂しい老後だぜ」
これを聞いたとき、笑い話に興じながら俺の頭に疑問が湧いてきました。
GSとしての実力を失ったとき、美神の周りには本当に誰も残らないのか?
彼女と絆を結び、人生を寄り添って生きていけるのは、やはり横島だけなのか?
おキヌやシロは横島を介して美神と一緒に居るだけなのか?
こういった疑問をぐつぐつと煮込んで出来たのが、この話なのです。 (黒犬)
- 16年。16年です。
16年といえば、俺のお気に入りのクッションにおもらししていた赤ん坊が、毎日食事をつくってくれたり、毎朝暴力的な手段で叩き起こしにくるようになるほどの年月です。
漫画における美神の「全ては自分のため」という生き方は、鮮烈で爽快、そして痛快なのですが、母親を取り戻し、父親との和解のきっかけを得、愛する(?)者や自分の保護下にある者たちを得た美神が、なんの変化も無くあのままの性格で16年という歳月を、ただ利益だけを追いかけ続けるのは不自然と考えました。彼女は決して愚鈍な人間ではありませんし、原作に出てきた10年後の美神はかなり素直さと包容力を身につけていたように思えたからです。 (黒犬)
- 結果としてごらんの通り、美神は多くの人々に愛され、惜しまれながら往く事になりました。美神の強さはピートやおキヌ、そしてひのめたちの中に残されました。離れ離れだった家族達も合間見えました。多くの友人知人が彼女のために駆けつけました。
彼女は最後まで強く、美しく、逞しく、そして優しく。己の成すべき事を全て成し終えてから堂々と横島の元へ向かいました。本当の意味での「強く、そして弱いひとりの女性」として。 (黒犬)
- 勿論、「未来の美神はこうなるんだ」などとたわけたことはほざきません。
この美神像は、あくまで俺個人の妄想の産物であり、可能性のひとつでしかありません。それも、かなり低い可能性の。
最後に言いたいことをひとつ。
これは、『死』の話ではありません。お別れの話です。
家族との。友人との。仲間との。
いつか再会するまでの間の、永い永いお別れ――そして、再会に至るための「遠い約束」の話なのです。 (黒犬)
- 話の展開として、好きかどうかと言われれば、決して得意な方面ではないのですが・・・
ともすれば、目をそむけがちになる「別れ」の話。
それを真正面から、真剣に捉えて、ここまで書ききった黒犬さんに、心の底から敬意を表します。本当にバリエーションが広い方ですね(感嘆) (けい)
- けいさん。もったいないお言葉、ありがとうございます。
バリエーションが広いというより、ただの気まぐれ人間だったりして。 (黒犬)
- まずはじめに。このような私事をここに書き込むべきではないのでしょうが、テーマが『死』ですし、今の私は少々混乱状態にありまして、こうして文章にすることで多少なりとも心の整理をつけることが出来ればと思い、黒犬さんには本当に申し訳ありませんが、書き込ませていただきます。 (桜華)
つい二時間ほど前、友人の訃報が届きました。享年19才。私の同級生です。
彼とは高2・3の二年間同じクラスで、同じく図書委員でさらに同じくそこの編集委員という、かなり親しい間柄でした。用も無いのに企画室に集まってみんなと談話して、会議して、校内紙を書いて……
卒業旅行としてしまなみ海道をサイクリングしてから、まだ一年も経っていません。8月にカラオケに行ってから、まだ四ヶ月しか経っていません。あまりにも唐突で、あまりにもいきなりでした。 (桜華)
- 電話の向こうで別の友人は、涙声で彼の死を知らせてくれました。思わず『ウソでしょ?』と聞き返したら、『4月1日じゃねえんだ! 俺も嘘だと思いたいけど、エイプリルフールじゃねえんだよ!』と叫びました。
私は彼が羨ましいです。素直に泣くことが出来て。
私は、これで人の死と遭遇するのは三度目です。小二の時に祖父の死。高3の時に、父の友人で、私の友人の父の死。そして今回。いずれも涙は出ませんでした。今も、どこか冷めた気持ちが心の中にあります。悲しいと思います。悲しんでると思います。でも、涙が出てこないのです。そんな気配もないのです。自己嫌悪です。私は薄情な人間なのでしょうか。 (桜華)
- 今年の受験が終わったら、一足先に大学へ行ったあの二人も一緒にして、またみんなでどこか旅行に行こう、カラオケで騒ごう。仲間内でそう言っていたのです。また会えることを楽しみにしていたのです。だけど、もう二度と会えません。 (桜華)
- 『死は一つのゴールだ』と、この作品で小鳩は言っています。
ですが、そんな事はありません。少し前まではそうだなぁとも思っていましたが、今ははっきりと否定します。
彼は阪大に行って、ボート部に入って、練習がきついだとか、色々大変だとか言っていました。彼の人生はこれからでした。彼は走り始めたばかりでした。そのすぐ目の前にゴールがあるはずがありません。あって良いはずがありません。こんな終わり方、こんなゴールがあるはずがありません。 (桜華)
- 以上、長々と私事を語って申し訳ありませんでした。少しですが、心の整理もついたように思います。黒犬さん、場所を占有してしまい、申し訳ありませんでした。皆様、私事に付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした。今日はもう寝ます。何もする気が起きないので。
それでは皆さん。失礼致しました。 (桜華)
- 桜華さんへ。
僕は春先に祖母を亡くしました。
交通事故でしたが、損傷そのものが少なかったのが不幸中の幸いでした。それでも顔の方に大きな傷が残ってしまい、普段から綺麗な死に方を所望していた祖母だけに、とても可哀相な結果でした。
改築したばかりの家が大層お気に入りで、知り合いに自慢して回っているのを家族が苦笑しながら眺めていたものです。その我が家に僅か一年余りしか居られなかったのも、大変残念な事でした。
それから半年以上経った今になっても、僕は彼女を心の中で悼む事はできても、涙を流して気持ちを表してあげる事が出来ません。 (Iholi)
- 続き。
祖母の死の瞬間から葬儀までの間は、遺された家族共々雑事諸々に忙殺されて涙を流す精神的余裕が無かったのだと、一応は理由付けられました。が、それから落ち着いて彼女の死を受け止める時間が出来た筈の現在に至るまで、彼女の為に涙を流した事は一度とて無いのです。
7年余り実家の祖母の元を離れていた所為もあるでしょう。それに既に老境の只中にある彼女の突然の死に対して或る程度の覚悟も納得も出来上がっていたのは確かです。
でも、僕は幼い頃から祖母に可愛がられており、また僕の方も祖母の事が好きでした。しかし、その事実の証として欲していた涙がちっとも出てこないのです。 (Iholi)
- 続き。
僕も暫くの間は無感覚を装ってみたり、自己嫌悪に陥りそうになる事も有りました。
でも、心の何処かが苦しがっているのはやはり、先立って逝った者に対する惜別の念を禁じ得る事が出来ないからです。そんな自分の収まりの付かない心を納得させる為の方法として「涙」という形が欲しかったのでしょう。
桜華さんのお友達の場合は、僕の祖母とは違い前途も未来も有り身近な方なのですから僕のケイスがそのまま宛てはまる訳は有りません。しかし「涙」が無くても死者を悼む気持ちに本質的な違いは生じない事を僕が実感(思い込み)した切っ掛けの話として持ち出した迄です。 (Iholi)
- 続き。
まあ僕がこの場でいちいち言う迄も無い話かも知れませんし、これが唯一の真理だと言う気も毛頭有りません。
結論。
たとえ涙が流れなくても、故人を想う気持ちに変わりはありません。それでも納得出来なければ、涙が流れるようになるまで、気が済むまで、どうぞ悩み抜き苦しみ抜いて下さい。その心の「痛み」こそが正しく「悼み」であり、故人への「供養」になり、自身への「修養」になるのです。
桜華さん。決してあなたは薄情な人間などではありません。
お友達のご冥福と、桜華さんのご復調をお祈りしております。
最後に黒犬さん、長々と失礼致しました。 (Iholi@ 僕も苦し(かった))
- Iholiさん、励ましていただき、ありがとうございました。
今日、日付の関係で本日になった通夜へ行って参りました。やはり涙は出ませんでした。ですが、母から私の子供時代の話などを聞いて、私は別れや死に対してかなり淡白な性質の人間だと結論付けました。淡白な人間には、それなりの悲しみ方があるのです。それなりの別れ方があるのです。そう思い、納得しています。
他の友人と話して、通夜にも出て、顔も見て、大分落ちつきました。心の整理もつきました。完全とはいきませんが、もう大丈夫です。明日からはまた、残り一月をきったセンターに向けてがんばるつもりです。
それではIholiさん、皆さん、失礼致します。 (桜華)
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