ザ・グレート・展開予測ショー

きっとそれはやさしいうた【2】


投稿者名:黒犬
投稿日時:(01/12/ 5)



〜いつかおもいでにかえるうた〜





右肩をピートに、左肩をひのめに支えられながら、美神は階段を上っていく。美神の足は、もう階段を上れるほどには持ち上がらない。

「ひのめ、姉さん重くない?」

「ううん、平気」

やがて、『おキヌの部屋』と書かれたプレートが下がっているドアの前まで辿り着く。

「おキヌ、いるんだろ」

ピートがノブを回して、鍵がかかっていることを確認すると、ドアを乱暴にノックする。

「…ピート…」

中からかすれた声が返ってきた。

「…ごめん、一人にしておいて…。あたし…」

「おい、おキヌ!」

「おキヌちゃん!」

「…一人にしてって言ってるでしょう!」

返ってくる声が荒くなった。ピートとひのめは何とかして中のおキヌに話し掛けようとするが、おキヌは頑なに部屋の中に閉じこもる。その時、

「おキヌちゃん」

美神が、ドアの前に立って呼びかけた。

「入れて頂戴。話したいの。あなたと二人で…」

そのままドアの前に三人で待っていると、ややあってドアノブがゆっくりと回り始める。ドアが僅かに開き、憔悴した顔が覗く。

「…美神さん?」

「入れてくれる?」

「……うん」

美神は、背後のピートとひのめに下で待っているように言うと、部屋の中に歩み入った。





「…ここ、座っていい?」

「…うん」

美神は、そういってベッドに腰掛けた。腰掛けた瞬間、痛みが走ったらしく僅かに表情を歪める。

「…こうやって、二人だけで話すのって、久しぶりね」

「…美神さん」

潤んだ目を、美神に向けるおキヌ。

「あたし…、この5年間、なにしてたんでしょうね…。5年前に横島さんが事故に遭った時…本当に自分の立ってる世界が崩れたような気がして…」

「……」

「真っ暗な部屋の中で、ああ、あたしこのまま真っ暗な世界に落ちていくんだって思った時に、ピートの声が聞こえて…」

「……」

「ピートに支えられて、戻ってこれたんだって。そう思って、これから美神さんみたいに強くなろう、って思っていたのに…」

そこまで呟いて、しゃくりあげ始める。

「ダメです…あたし5年前から強くなってない…。美神さんに、全然とどかない…。もういい年だってのに、17歳のあたしと一緒ですよ…情けない…」

5年前の再現のように、ベッドの上で泣き始めるおキヌ。

「おキヌちゃん」

「え…?」

おキヌが数え切れない程聞いてきた、包み込むような優しい声を耳にして、思わず顔を上げる。

「あなたは、一つ思い違いをしているわ」

「美神…さん?」

美神の言葉の真意がわからず、きょとんとした声を返すおキヌ。

「なにもね、あなたはあたしに追いつく必要なんてないの」

「そんな…!」

「あなたは、美神令子である必要はないの。私の影にいつまでも縛られないで。あなたは充分素敵な“氷室キヌ”なんだから…」

「あたしは…充分“氷室キヌ”…」

「恐れることはないわ。あなたはちゃんと強くなっているわ。それにね…」

悪戯っぽく微笑んで、続ける。

「あなたが自分で自分を支えられなくなっても、ピートがいるじゃない」

「み、美神さん。こんな時に茶化さないで下さいよ〜」

さっきまで泣いていたことも忘れたように、頬を紅くして照れるおキヌ。

「茶化してなんかいないわよ。ピートは強い心の男になったわ…それはたぶん、おキヌちゃんのため。おキヌちゃんが選んだ旦那さまだものね」

「え、あ、あはは…、そんなにはっきり言われると…」

さらに照れるおキヌ、美神はそんな娘の様子を見てふふっ、と笑いかけると。

「…でね、今日はおキヌちゃんにちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」

突然の申し出に、おキヌは不思議そうな顔をしたが、

「いいですよ、美神さん。どんなお願いですか?」

それを聞くと、美神の顔がふと曇って、

「…今だけ、おキヌちゃんに支えて貰っていいかしら?」

「え…?」

思いもしなかった言葉に、おキヌは驚きを隠せなかった。

「あたしも…おキヌちゃんが思っているほど強くはないの。あたし、寂しがりやだし、これから一人で往くのは正直、とても心細いの…。それに、背骨の痛いのを一人で耐えるのはとても苦痛なの…。だから…」

いつもの余裕は、完全に崩れ去っていた。大きな瞳から、涙が溢れてくる。

「今日だけ、弱い美神令子でいさせて頂戴…。そうすれば最後までまた笑っていられるから…。だから…今日だけ。お願い…」

そこまで言って耐え切れなくなったのか、おキヌの肩に顔をよせて、静かに泣き出した。

「寂しい…怖い……痛い…痛いの…」

おキヌも泣きそうな表情で、肩で美神の顔を支える。少し経って、おキヌは美神が泣いている真の理由に気付き、泣き出しそうになったのを必死に耐えた。

『あなた…ごめんなさい。…令子はもう、独りには堪えられません…』





おキヌの部屋から出てきた美神を、また階段で支えるピートとひのめ。なにかあったということは二人とも確信していたが、何も訊かなかった。

「…賑やかに送ってね」

自室に入るときに、美神はピートにそう言った。ピートはしんみりしたのが嫌いな美神の望みを叶えようと、知り合いに片っ端から電話をかけよう、そう思ったとき、

――ピンポーン

「あ、あたし出るね」

と言って出て行ったひのめが、首をかしげながら戻ってきた。

「誰だった?」

「あたしの知らない人、姉さんと義兄さんの知り合いだって言ってたけど」

「美神さんと横島さんの?」

誰だろう、と思ったピートは、次のひのめの言葉で玄関まで駆け出すこととなった。

「角が生えてるひとと、耳に目玉つけてるひとだったよ」





「小龍姫様!ヒャクメ様!」

玄関を飛び出したピートの目に、懐かしい顔が飛び込んでくる。そこにいたのは紛れもなく小龍姫とヒャクメだった。

「どうして…ここに?」

「ヒャクメが連絡をくれたんです。美神さんたちの家で大変なことが起こってるって」

「夢を見たのね。みなさんが泣いている夢。天眼通に響いたから、ただの夢じゃないと思ったのね」

昔のままの喋り方に、ふと16年前に戻ったような錯覚に陥る。

「…それで来てくれたんですか。二人とも仕事もあるでしょうに…」

小龍姫が微笑んで、

「…道は違えてしまったけれど、それでも私たちは友人ですから」

「小龍姫の言うとおりなのね。ピートさんも私たちにそんな水臭いこと言わないで欲しいのね」

ヒャクメもそう言い添える。

「…ありがとう…ございます…」

ピートは危なく涙ぐむところだった。





「そうですか…美神さんが…」

「ええ、折角来たんです。小龍姫様もヒャクメ様も、出来れば一緒に送ってやって欲しいんですが」

「お安い御用ですよ。上司に言って管理人の仕事は暫く休ませて貰うことにします」

「私も暫く仕事を休むのね」

決して暇な仕事ではないのにも関わらず、そう言ってくれる二人を見て、ピートは改めてこの二人と知人であれたことを感謝した。

「ピートさん、こんな美人のお友達いたんだー。隅に置けないなー」

「こらっ、ひのめちゃん。なんてことを!」

そう怒ったピートの声も、嬉しさを隠し切れなかった。

「ひのめちゃん」

「はい?」

小龍姫から急に話を振られて、間の抜けた返事を返すひのめ。

「皆で賑やかに送ってあげましょうね、お姉さんのこと」

「はいっ」


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