ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(36)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/11/29)

『んふふふふ、呆れ返っている場合ではありませんよ、伯爵夫人(ラ・コンテッサ)にイル・ドットーレ(ドクター)。』
 余裕に溢れたバリトンが、巨漢の人造吸血鬼……に背中から抱き抱えられた横島に集中していた周囲の耳目を、一斉に奪い返す。
『……今現在、貴方方がどの様な状況に措(お)かれているのか、お判りですかな?』
 プロフェッサー・ヌルは頭の古傷を愛(お)しむようにねっとりと触手を揺らしている。
『ラ・コンテッサ、実を申しますとジパングから来た客人のお二方はワタクシとは旧知の仲でしてね、運命的とも謂える再会の喜びの余り、貴女様のお許しを頂かないまま、この様に個人的にお持て成ししてしまいました。』
 床の上には「石化」した右半身を下にして横臥(よこた)わる美神令子。
 そして筋肉質の巨人に抱かれる左半身「石化」状態の横島忠夫。
『そして金髪のお方も、ワタクシが昔よくお世話差し上げたお方に非常に良く似ていたものですから、みすみす放っては置けませんで、ねえ。』
 巨人の足元には、深緑色の「毒気」に全身を冒され、のたうち這い回るピート。
 冷汗に濡れた伯爵夫人・テレサの喉元が微かに震える。
『まあ流石に初対面のお嬢さんの方に、こんな芸当が出来るとは思ってもみませんでしが……スックベ01!』
『へっ……ぁ!』
 声を上げる暇もなく、キヌの細腰は人造吸血鬼・スックベ01の豪腕に囚われる。横島を目覚めさせるべく彼らに接近していた上に、ヌルの話に気を取られて過ぎていた。自身が幽体だからという油断も有ったのだろう。
 美神が叫ぶ。
「おキヌちゃん!」
『っくぅ……!』
 逞(たくま)しい胸元に引き寄せられる瞬間、堪らずキヌの口から息が溢れ出る。まるで身体のある人間が腹部に衝撃を受けたかの様に。
『ククク……物質に触れられるだけでも驚きなのですが、まさかこれ程迄に物質的に親和性の高い幽体を放出する人間が存在するとは、実に興味深い! まこと彼女こそ我等が食卓の葡萄酒(ヴィーノ)に相応(ふさわ)しい!』
 煉獄炉からの逆光を受けたヌルの姿が、再び大きくなったかに見えた。
 陰気な放射光の瞬(またた)きに、ドクターカオスの眉間が大きく揺らめく。
「「我等」……それは一体、どう云う意味かの? まるでワシ等が貴様に協力してやるみたいではないか。」
『流石はヨーロッパの魔王、お察しが早い。これ程の貴重な「サンプル」……否(いや)、ご友人方と、有り余る戦力我が手元に揃っている今、貴方がたが選択する余地は然程(さほど)残ってはいないと思われるのですが?』
「……くっ!」
 魔王の押し殺した息に連れて、蛸の瞳に幾度目かの残酷な光が宿る。
『それに、不死を謳っていた筈の貴方の肉体は見た所、時間の束縛を完全に逃れる事を拒絶している様ですが……ワタクシの研究は完全なる不老を実現し、貴方を「完璧なる地上の魔王」とする事でしょう。ええ勿論、貴方さえ望めば「永遠の伴侶」すらも欲しいまま……。』
 カオスはつい反射的に、傍らのテレサに目を走らせる。
 そこには整った顔(かんばせ)を正面に向けながらも、堪え難き苦味に誇り高く立ち向かう女の姿。
 カオスは顔を背け、只管(ひたすら)に自身の行為を激しく悔いた。
 さて、それらを見下ろすヌルの方は、遂に年来の好敵手を完膚なきまでに屈服させた達成感を思いの外静かに受け止めている自分自身に、少なからず驚いている。それとは裏腹に、紅潮した額の上には嘗(かつ)ての屈辱の証であった筈の大きな弾痕が、この復讐者を称える勲章の様に煌々(こうこう)と燃え盛っている。

「……放しなさい。」
 白磁に描かれた茨のようなテレサの唇から編み出される、強い意思の言葉。
「その方たちを放しなさい、フランチェスカ!」
『…………!』
 スックベ01の巨体が大袈裟に揺れる。
『ふらん……ちぇすか?』
「でえっ、そんな可愛げな名前だったんか、こいつは。ぐぇ。」
 目を白黒させる「その方たち」ことキヌと横島を抱き締める冷たい腕の感触が少し強まる。
「生母(はは)の言葉が聞けないのですか、フランチェスカ! 早くなさい!」
 スックベ01ことフランチェスカにとって、テレサは正に生みの親である。
 小さい子を叱り付ける調子でそう叫びながら、テレサはつかつかとスックベ01に歩み寄る。その硬質な響きを持つ靴音にも、その薄緑のドレスに浮かぶ柔らかい襞の動きにも、つゆ一つの淀みも見出せない。
『……ラ・コンテッサ、貴女はワタクシの貴重な戦力や人質を奪い、煉獄炉の活動を凍結して、剰(あまつさ)えワタクシを屈服させようと為さってらっしゃる様ですが……』
「貴方はお黙りなさい!」
 読心術の得意な共同研究者の聞こえよがしな「忠告」を、無碍(むげ)に撥ね付ける。
 しかし既に、スックベ01は身を縮み込ませてしまっている。
 プロフェッサー・ヌルはテレサの横顔に、淡々と言葉を吐き出し続ける。
『……その様な命令をコレが聞き入れる訳が無い事は、貴女が一番ご承知の筈。それに……失礼ながら、果たして貴女にコレを名前で呼んでやる資格が有るのですか?』
 靴音が、止んだ。
『貴女は確かに煉獄を彷徨(さまよ)う、受洗もせぬ内に落命した嬰児(みどりご)の魂を拾い上げ、再びこの世に生まれ変わらせる事に成功しました。しかしそれは本当に「彼女」にとって良い事だったでしょうか? 自然の法に反した忌まわしい実験の末に、あの醜く呪われた肉体の牢獄に閉じ込める事こそ、神の法すら知らぬ無垢の魂を穢(けが)し貶(おとし)める、最も怖るるべき所業なのではないのですか? さあ、どうなのです?』
 ヌルの声は静かな熱を帯びていた。恰(あたか)も煉獄から漏れ出す燐光の様に。
 テレサは答えない。ただ、その青白い額をフランチェスカに向けるのみ。
 沈黙の中、テレサの瞳の中の巨体の影が、微かに揺らいだ。

「ヌルよ、貴様の言は全くの出鱈目だらけじゃの。反吐(へど)こそ出ぬが、欠伸(あくび)が出そうじゃ。」
 右足を引き摺りながら、ドクターカオスが一歩前へ進む。ふざけた言い回しに反し、顔付きの方は精悍そのものである。
『ほう、何が出鱈目と云われるのですかな、イル・ドットーレ?』
 「教授」の声にも、感情らしき物が宿る。カオスは続ける。
「まず、純然たる科学実験を「自然に反する忌むべき物」と評した点。これは科学そのものが大自然の法則を記述する手段であるからにして、その実践から生ずる物も無論、自然の法を免れる事は適わぬ。何、この惑星にこれ程多様な生物が存在するという非論理的事象に比べれば、理論化された反魂の法が成立する確率の方が断然高いに決まっておろう。」
『……それは所詮、言葉遊びに過ぎません。』
 軽い失望の混じったヌルの吐言にも、カオスは一向に怯まない。襟元を少し緩める。
「まあそれはそれとして……ここからが本題じゃ。かの人造吸血鬼をして「呪われた肉体の牢獄」と評した点。これは人間……否、生物が普通にこの世に生まれてくる場合と、そう大差は無いのではないかの? 生きとし生ける物が須(すべから)く無力な存在として生を受ける以上、生まれた時の姿形やら育ちゆく環境を自らの意思で選択する事は出来ぬ。」
「……!」
 テレサは息を飲んだ。
 筋骨隆々の男性の体を持つ娘。それは創造主の気紛れ。そんな彼女を「育てる」創造主への反抗。
 生まれ付き病弱だった自分。それは父の過ちが原因。そんな自分を「気遣う」家族との壁。
 カオスの言葉は、現在の自身の過去の記憶とをしっかと結び付ける。
「……だが「無力」である事は、決して弱い事を意味するのではない。寧ろ無力である事で、本来その者に宿る「強さ」がハッキリと顕れる事すらあるのじゃ。であるからにして自覚するしないに関らず、生来の強さを持ち続けられる者は多少の障害を物ともせず、その後の生を全う出来るのではないかな?」
 カオスは軽く息を吐く。改めて開いた口元には皮肉めいた笑みが漂う。 
「……ただ悲しいかな、殊に人間のような精神活動や社会性を重視する種は、乳離れが遅い割に、知力やら武力やら財力やらの「力」ばかりを追い求め、結果本当の「強さ」を忘れたり「力」と「強さ」とを混同したりする。まあ何を求めて何を失うのが幸せなのか不幸なのかは、それこそ十人十色、人それぞれじゃが……それらを決定する価値観の一応の物差しとなる筈の宗教やら哲学やらも、結局個々人毎に解釈され得るものであるから、やはり普遍の基準と成り得ない、あやふやな物じゃ。」
 カオスは笑みを貼り付けたまま、テレサに向き直る。
「……ま、「強さ」を信じるにせよ「力」を求めるにせよ、結局は自分自身で最低限の判断が出来るように成った瞬間から、その者は自由な存在となる、と云う事じゃ。……まあ、全く当たり前過ぎる結論じゃな。」
「…………。」
「……じゃが、それが明日の「強さ」への糧と成るのならば……乳離れが遅いというのも、存外悪くなかろう。」
 そう、自分は嘗てこの男性から「強さ」を学んだ……儚んでいた筈のこの世の中が、疎んでいた筈の家族たちが、自身の強さの糧となっていた事を。そして魔法科学の探求を通じて、この世界で他の存在と同じく生を全うする素晴らしさもその機会も、同時に与えて貰った。
「どうじゃ、お前さんならどう教えてやれる? ……あの娘の「力」ではない本当の「強さ」を、その「強さ」を示すべきこの世界の素晴らしさを。」
 師匠の擦れ声が静かに、しかし力強く弟子の体内で息衝(いきづ)き始める。
 そして、テレサは堂々と「娘」に向けた一歩を踏み出す。
 頭上から見下ろす怯えたような瞳が、ひどく愛しい。
 その巨体を包み込むように、テレサは両手を広げ、そして。
 唄い始めた。彼女の「強さ」を。

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