ザ・グレート・展開予測ショー

おなじ空 その5 (終)


投稿者名:みみかき
投稿日時:(01/11/18)





 午後の校庭にどこからか、合唱が響く。
 英語か音楽の授業だろうか、まるでゴスペルの様。
 窓際の席の小鳩は、その歌詞に意識を傾ける。
 そうか。あれ、「LET IT BE」だ。

 小テストが早々と終わった小鳩は、歌声の響く空を眺める。
 高くて、灰色の冬空。嫌いじゃない。
 よく目を凝らすと、細かな雲が重なり合って流れてゆく。
 最近の彼女は、空を眺める余裕ができた。

 突然、歌声をかき消す爆音が空に響いた。
 校門からゆっくりと、紺色のスポーツカーが入って来る。
 身近にある自動車には、絶対に出せない音。
 小鳩には、誰が来たのか、すぐにわかった。
 舗装された校庭の端っこに車を止めると
 ゴロンと二度、アクセルを吹かして、エンジンを切った。
 運転席の女性は、サングラスをかけたまま
 校舎の方を眺めている。

 小鳩は、苦笑いを噛み殺していた。
 あ〜あ。横島さん、今週は久々の皆勤賞だって
 言ってたのにね。

 しばらく下を眺めていると
 男子が一人、車の方に駆け出してゆく。
 上から何やら、男子に向かって先生が怒鳴っている。
 少しづつ、以前の日常が戻ってくる。
 小鳩は、そんな予感がした。


 「今日、仕事7時からじゃなかったスか?」
 まだ少し、横島は息を切らせている。
 「ド・ラ・イ・ブ。チョイと人骨温泉あたりまで。ネ!」
 サングラスをかけたまま、まるで100点取ってきた
 小学生の様に、胸を張って美神は答えた。
 肩をガクッと下げて、脱力してみせる横島。
 「思い付きで、健全な高校生の学園生活を乱さんで
  下さいよ〜」
 「じゃ、パス?」
 「俺ンち、寄ってくれますか?このナリじゃ、ナンパも
  できない」
 「急ぎなさいよ。下校時までに、間に合わせるんだから」
 「そんなに服、ありゃしませんって」
 ドアを開け、コブラに乗り込む。

 シートベルトを締めながら、美神に尋ねる。
 「でも、………いいんですか?その……」
 「小鳩ちゃん、心配してたわよ」
 フロントガラスを向いたまま、答える美神。
 は〜、と深く息を吐いて、横島は両腕を頭に組む。
 「カラ元気も元気のウチって、誰か言ってませんでしたか?」
 「そ〜ゆ〜のは、大人の悲哀ってのを50gぐらい
  身に付けてからキメなさい。とにかく、もー無理はやめ!
  今日は、顔ぐらい見に行くから。
  そこでナンパして新しい恋でも何でも、やれるモンなら
  やってみなさい!」

 「ワガママなネーチャンやなー」
 美神は、ヘラヘラ笑うナビゲーターに右ストレートを
 かますと、再びエンジンに火を入れる。
 灰色の冬空に、野太い爆音が染みてゆく。



 明日の朝は、真っ先に雪かきだな〜。
 空の灰色がだんだん濃くなってる。

 空を眺めるのは、私は好き。
 私の知らない誰か、私が覚えていない誰かと
 繋がっている気がする。

 私は、こないだ昔の事を忘れて、目が覚めた。
 幸い日常生活に必要な事は覚えていた。
 おいしい玉子焼きの作り方。
 衿の汚れの落とし方。
 なぜか、パソコンの操作まで覚えていた。
 でも、それまで私が誰だったのか、何をしていたのかは
 思い出せない。

 おととい、夕食の手伝いをしてる時
 義母さんに尋ねてみた。
 義母さんは、二十歳になったら、あなたに教えてあげる。
 でも、悪い事じゃない。
 とても素敵な事なのだと言ってくれた。
 そばにいたおねえちゃんは、頬をかきながら
 う〜ん、素敵なのかな〜と言っていた。

 そういえば、早苗おねえちゃんは
 今日山田先輩とデートかぁ、いいなぁ。
 私もあの空の向こうの、素敵な男性(ひと)が
 やって来たりして〜。
 『キヌ、俺と結婚してくれ!君がそばに居て欲しいんだ!
  えっ!(ポッ)○○さん、私なんかで、いいんですか?
  ○○なんて他人行儀だな、キヌ……。
 (人指し指で、クイッとあごをあげて)
  タダオでいいんだぜ、タダオで……』
 なぁん〜て、キャ〜〜ッ恥ずかし〜!

 ………………あれ?タダオって、誰だろう?
 それに今一瞬、誰か彼にハリセンをかますイメージが……
 私って、コメディアンの素質、あるのかなぁ?

 あ、外車だ。
 こんなに寒いのに、よく屋根無しの車に乗って
 いられるなぁ。市から来たのかしら?
 大きな音だけど、優しい音。
 生き物みたいな音がする。
 外車ってみんな、あんな音がするのかしら。

 うう、さぶさぶ〜。
 とうとう、降ってきたわ。

 …………………… 綺麗な空 ………。

 もう、息も真っ白。
 今のうちに帰ろう。
 日が落ち始めると、自転車、つらいものね。


 (おしまい)

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