ザ・グレート・展開予測ショー

おなじ空 その3


投稿者名:みみかき
投稿日時:(01/11/11)



  まったく、このコブラとゆう車は人に優しくない。

 勾配がきつく、細くて狭い山道ではギアはせいぜい3速まで
 しか使えない。
 ただでさえうるさい7000ccの爆音が、より甲高く
 山々にこだましている。
 さっきから適当に舗装された路面が、ガンガン底に当たって
 いる。
 走る場所さえ間違わなければ、美神ごのみの、骨太で
 グラマラスな車なのだが。

 美神のヒザの上で身体を横たえてる早苗は、左のドアで
 さっきから後頭部をガッツンガッツンぶつけている。
 今回の事件で彼女はロクな目に会っちゃいない。

 右側の座席に視線を移す。
 真近に見える、実体化したおキヌの姿に少しだけ違和感を
 覚える美神。
 テレビに映るタレントを実際にその目にした時の感触だ。
 幽霊だった時と、姿はそうかわって見えない。
 今の彼女は質量を伴っているだけ、文字通り、生々しい。

 嬉しい。

 おキヌとは永く、そしてとても深く自分と同じ時間を共有
 してきた様に感じる。
 巡り合って実際の時間はよくわからないし、どうでもいい。
 彼女は今の自分の生活や感情、今までの記憶に欠ける事の
 できない少女。
 そして、これからの自分達の時間に、共にいてほしい少女。
 実体化した彼女。
 それが、今までは気づきもしなかった、幾重にも自分との
 狭間にあったガラスが取り払われた様に感じた。

 自分と、自分達と一緒に彼女も年をとってゆける。
 それが美神には、たまらなく嬉しい。


 おキヌの顔を真近で見た事は何度もある。
 その時のおキヌは大抵、壁などを擦り抜けてたり
 空中に漂ってて、自分の視線より上にあったりした。

 今、おキヌの顔は横島の腕の中にある。
 彼女の全ての輪郭が、表面がはっきりと網膜に焼き付くのに
 心が震える。
 布ごしにおキヌの、徐々に戻ってくる体温が、彼女を
 支える腕に伝わってくる。
 とても新鮮な感触だ。おキヌの体重が両のヒザに感じている。
 横島は驚異的にも、欲望よりも感動に支配されていた。
 ………こんなに小さくて、細い肩だったんだ………

 髪の毛が、睫毛が、眉毛の1本1本が真近に、鮮明に見える。
 邪気無しに、そおっと頬に触れてみる。
 指先を包む感触、そして弾力。
 ちょっと罪悪感を感じながらも、下唇に触れてみる。
 少し乾いてはいるが、頬よりも柔らかく、暖かい。
 未だ深い眠りの中の彼女は、わずかに微笑んでいるように
 思えた。
 ゴトゴトと揺れる中、横島は先よりもしっかりと
 おキヌを掻き抱くと、少し、泣いた。




 氷室家の奥の一室に、おキヌは眠っている。
 この山奥の神社に着くなり、美神はふもとの町に下りていき
 救護活動をしている医師を1人、医療器具ごとコブラの
 ナビにつっこんで戻ってきた。
 道すがら、適当なウソをまぜて事情を説明したのだろう。
 ブツクサ言いながらも、疑問無く医師はおキヌに処置を
 施した。
 この場合、本当の事情を話しても、医師の好奇心や混乱を
 招くだけで、彼女の快復になんら寄与しないだろう。

 早苗の方は、氷室家に着くやいなや意識が戻った。
 後頭部の痛みを訴えていたので、ついでに医師に観て
 もらった。
 コブができているので、患部を冷やしておけと言われ
 今は自室で氷マクラを敷いて横になっている。

 氷室夫妻に客間へ通された美神達は、今までに起こった
 あらかたの事情を話した。

 4人を包む沈黙。
 早苗の母は、空になった湯のみをそれぞれ引き取ると
 新たにお茶を入れ直す。
 父親は先程から腕を組んだまま、何事か思慮を巡らせている。

 美神がひとつ、スゥッと深呼吸をする。
 座布団を膝の下から自分の傍らに移すと、
 手前に両の指をつき、恭しく頭を下げた。

 「お願いします。おキヌちゃんを氷室家の一員として
 迎えては頂けないでしょうか。」
 
 

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