ザ・グレート・展開予測ショー

新月、雲の帳、そして妖精が。


投稿者名:トンプソン
投稿日時:(01/11/ 3)

一年365日、稀に366日。こんな日もあるのだろう。
新月に加えて帳が如くの雲が星光を遮断している。
その所為でもなかろうが、不夜城である新宿ですら何処となく暗い。
毎夜恋物語を奏でているその公園もクローズをしているのか。
そればかりか虫ですら息を殺している。
生けとし生ける物が何かに恐れているとしか説明が出来ない。
その原因を目にしたのは、人間では無かった。
「・・。なんか大気が恐がっているわ。一体?」
何故か東京に住み付いた、今は鈴女と名乗っている妖精である。
箱に入る事を好まない妖精だから感じる恐怖。
向うから足音がする。とてもちいさな音量で、妖精でなければ、聞こえなかっただろう。
「誰なの?」
知った顔である。横島の友達であると鈴女は認識しているその人物。
もとい、人間に似て非なる存在。
ブラトー・ピエトロ。愛称のピートの方が、通り名としていいか。
『何用だ、下郎』
呟き声ですら、湧き上がる負の波動。何時もの柔和な表情は無い。
邪悪な笑顔と吸血鬼が誇る魔道具として最高クラスのマント。
鈴女の羽が震える。これも恐怖から、だ。
何時現われたのか、目の前、鈴女が手を伸ばせば鼻を摘める距離にその顔が現われた。
『・・・・。妖精か。興味も無い』
足音だけが、鈴女から離れていくのが感じられた。
時間にして10分。ようやく呼吸が整った。
「じょ、じょうだんじゃないわよ」
巧く開かない羽を頑張って、勇気を奮い立たせて、ある場所へと向かって行く。
清貧を胸としている教会、唐巣教会はその神聖性を醸し出すために、やや暗めの電灯が、
「やった。ようやく明かりが」
普段と全く逆で明るく感じている。
「神父、神父?」
こんな小さな体でドアをたたいても、中に聞こえる訳はないと、鈴女も理解しているが、
「ねぇ、神父さん、神父さんってば!」
鈴女の体を傷つけないようにと、ゆっくり扉が開く。
「ようこそ、迷える子羊よ」
「私は子羊なんかじゃないわよ!かの伯爵様の末裔様が何時もと違う御様子で・・。」
壮大な地球史において、妖精が激減した時は二回ある。
かつて吸血鬼は欧州に一大勢力を形成し、横暴の限りを尽くしていた。
そして妖精を含めるモンスターは畏怖を込めて、新興の一族を崇めていた。
二度目は語るまでもなかろう。人間が石油、石炭に甘えたしっぺ返しの現代だ。
「落ちついて下さい、鈴女さん。珈琲でも飲まれますか?」
「そんな事してる場合じゃないでしょ?今のピエトロ・・様は・・その・・」
まだ日本語が堪能でないので、難しい表現が出てこない。
「理性の箍が外れて、欲望のままに、簡単に言えば、吸血鬼らしい行為をしてると」
「何言ってるか、わからないけどぉ。そういう事よ!」
「大丈夫ですよ。はい。珈琲を」
「大丈夫ですって?私は知ってるのよ。吸血鬼の凶暴性やその毒性を」
「私も存じておりますぞ」
いささか能天気な神父に怒りすら感じる鈴女だ。
「じゃあ、ピエトロ様が何をなさるか、御存知でしょうが。やるわよ。同属を作って」
鈴女は大声でもないのだが、肩がわなわな震えている。
「ピート君も知っていますよ。自分の血については」
「・・・でも、今のピエトロ様は、その本性を剥き出しに・・」
とうとう泣き始める。それだけ妖精の一族は吸血鬼を恐がっている証拠だ。
神父は一度カップを置いて、
「若し、彼が、ピート君が本能のままに行動したら、命を絶つ事になります」
「・・。どうしてよ?」
「私が、そういう魔法をかけました。いえピート君が望んだ事です」
「・・・じゃあ」
「この1日が彼が人の世界で生きられるか、否かの重大なテストの日なのです」
「失敗したら?」
唐巣神父は言葉では答えずに、鈴女の目の前で十字をきった。
「さぁ。貴方も心配せずに珈琲をどうぞ。あぁミルクを加えましょうか?」
今日の空気を捕らえきれない人間がいた。特に団体を好む者達だ。
爆音と共に、道路を縦横無尽に爆走している。
暴走族。最も今は『珍走団』に名称を変更する予定だとか。
「おい、だれか道の真中にいるみてぇだぞぉ?」
先頭を任されている男が、ぎりぎり間際でピートが視野に入る。
「おらっ、しにてーのか、小僧」
『小僧?笑わせる、人間風情が・・、』
コートが風も無いのに舞う。
次の瞬間、威嚇した男はガードレールにその身があるとだけ、感じていた。
「仲間に何をしやがったっ?」
気丈にもバットを振りまわす奴は、
『人間如きの腕力が、我に効くか。オロカモノめ』
頭にきたバットを持った奴は本気で殺す積もりで有ったに違いない。
だが、バイクを止められ、バットを片腕で握りつぶした光景に気絶をするのも当然か。
『不埒な下等動物よ。今宵は静かにして偉大な夜。それを汚すとは・・』
遠巻きに円陣を組み始めていた暴走族のバイク、機械部品が全部煙を吐き出す。
『万死に値すっ!』
ピートをよく見ていた者なら、眼が光った事を見ただろう。
すべての機種が連爆を起す。
「な、なんなんだよぉ・・」
比較的、火傷を逃れた、暴走族には似付かない、華奢な男の子が腰が砕けている。
『よかろう。貴様から・・・・だ』
ゆっくりと、人間には聞こえない足音で男の子に向う。
まるで大事な人を抱きかかえるかのように扱う。
「あ、あうっ」
『安心しろ・・。痛くはない』
吸血鬼特有の鋭い歯。
それを、正に今、男の子の首筋に突き刺そうと口をあける。
恐怖から、下半身が濡れる。
不意に、吸血鬼の視線が、首筋から道路、横断歩道に行く。
白線の長方形がおりなす形。それが、吸血鬼の目には、
『・・・ロザリオ・・』
その白線の一部が視界を通してクロス文様に見えるというのだ。
男の子はもうなにがなんだかわからなかったのだろう。
「た、たすけてください、アラー様、ホトケ様、キリスト様、アーメン」
『・・・くっ』
吸血鬼はマントを翻して闇に消えた。
「今のは、夢か?」
だが、崩壊したバイクが現実である事を物語っている。
思い思いに蜘蛛の子を散らした。15分後には、無惨な残骸意外無かった。
唐巣教会の台所で又やかんの沸騰を知らせる笛が鳴る。
「じゃあ、ピエトロ様は?」
「は星と大気が交わるその日だけ、自我が極端に薄くなるのは気付いていたそうです」
「・・そうかもね。吸血鬼が血を飲まないだなんて・・」
「だから吸血、殺人行為の直前にロザリオが見えるように思い込むそうです」
「そう、か自己暗示みたいな、物ね」
「そうですよ。そして、人間と暮すにはこの日を何処まで我慢出来るかが重要だと」
「でも、若し欲望が勝ったら」
神父、メガネのガラスを磨いて、
「欲望が満たされたと同時の罪悪感が彼自身を殺すでしょう」
「不死身の吸血鬼様が?どうやって」
「思考を自ら破壊するのです。それでも肉体が動くなら」
十字をきった。
鈴女は温くなった珈琲をすすって。
「ピエトロ様、かわいそ。一昔前なら、こんな苦労は・・」
また、新しい珈琲に香が漂う。
「そうですね」
二人の会話は止まった。
この夜、唐巣神父は寝なかった。眠れなかったというのが正解か。
帳が取れて次の日の朝日。
「唐巣神父、只今戻りました、今年はもなんとか、勝ちましたよ」
ほっとする唐巣神父に、
「あれっ?この妖精は・・美神さんのとこの?どうしたんだい?」
その表情は何時もの柔和で優しかった。
「ううん。私は妖精、気分であっちへ、こっちへ。よ」
「そうだね。うらやましいなぁ」
そして、もう一人、昨夜の事態を知っている少女、
アン・ヘルシングちゃんが教会にかけこんできたのだった。

-FIN-

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