ザ・グレート・展開予測ショー

BRAND-NEW DAYS 〜タマモの朝〜 V


投稿者名:黒犬
投稿日時:(01/10/25)



負けられない戦いというものがある。
譲れないものというものがある。

あれほど強力なライバルに囲まれる中、スタートから出遅れていた自分が勝利者となれたのは、まさに僥倖だったと言えた。

いわゆる、無心の勝利かもしれない。決して無欲ではないところがポイントか。

いずれにせよ、アイツは今でも相変わらず美神さんのお尻を追い回してるし、おキヌちゃんやバカ犬にも、嫌になるくらいに優しい。

浮気もの。とは思うが、それでこそアイツなのだ、とも思える。

――アイツは、きっとずっとあんな感じなんだろうな・・・。

それを疎ましく思った時期もあったけど、今では、アイツのそんなところにどれだけ救われていたのかが判る。
自分も、美神も、おキヌも、シロも、そして周りの人々みんなも。

しかし、それが分かっていてなお、アイツを独占したい正直な自分がここにいる。寂しがりやで我侭な自分がここにいる。

アイツと一緒にいたい。誰にも渡したりしたくない。けど、おキヌちゃんからも離れたくない。美神にも、バカ犬にもいてほしい。

ずっとみんなと一緒にいたい。ずっと一緒にいてほしい。

なんて、我侭なんだろう。
なんて、欲張りなんだろう。

「……でも」

今朝の、おキヌちゃんの笑顔が胸に浮かぶ。

もしかしたら、望んでもいいのかもしれない。願ってもいいのかもしれない。




そしてみんなしあわせになりました。
いっしょにしあわせになりました。

いつまでもいつまでも……










        BRAND−NEW DAYS 〜タマモの朝〜 V










蛇口を回すと、バスルームの内に響いていたシャワーのお湯がタイルを叩く音がふっつりと途切れる。
唐突な音の変化に耳が付いていけなかったのか、それとも静けさというものは音を伴うものなのか、耳の中にじーんという音の残滓のようなものが残っている気がした。

水滴の滴りが火照った肌の上を滑り落ちていくさまを、しばしぼんやりと眺める。

バスタブに腰掛けた状態で、頭をゆっくりと撫でる。良く泡立てたシャンプーを、染み込ませるように優しく優しく。

しばらくそうした後で、そっと指を立てて、揉みほぐすように頭を洗い始める。髪を梳くように指を潜り込ませ、地肌を刺激していく。

シャワーを弱めに出すと、頭についた泡を流す。長い髪を、ゆっくりと泡が滑り落ちていく。その泡を髪に揉み込むように  指が優しく動く。

温めのお湯でリンスを薄めて、髪の先からそっと押すように塗り込んでいく。
リンスを終えてしまうと、さっと髪をタオルでくるむ。

そうしてから躰を洗い始めた。
ボディスポンジでマッサージするように優しく、丁寧に洗う。

タマモはお風呂が好きだ。
可愛いバスキューブとか。
果物の香りのバスフィズとか。
美容にいいバスゼリーとか。
みんな、とっても気に入っていた。

だが、決して触れないようにしているものもある。
入浴剤の隣に隠れるように置かれた痩身石鹸がそれだ。
使えば美神の怒りを買うのは目に見えているし、自分にそんなものは必要ないとの自負もある。
ちょっとした優越感に浸りつつ、躰を洗い終えた。

髪を纏めていたタオルを解くと、優しく流し始める。シャワーのノズルをゆっくりと動かしながら、髪を軽く叩くように。

流し終えると、先程と同じように、髪を巻き上げてタオルでくるむ。

「今日はジャスミンにしようかな」

小さな壜を手に取ると、きゅっと蓋を取る。
軽く傾けて、バスタブのお湯に一滴垂らした。

ふわっ

香りが拡がる。
 
「はぁ……」

お湯の中に身を沈めると、節々に溜まっていた血液がじわっと流れ始めるような気がする。身体中の力が抜けていくのを感じる。

――冬はやっぱりお風呂よねぇ……。

そんなことを考える。
ゆったりと脚を伸ばし、肘掛けに軽く腕を乗せて目を閉じた。

しばし、安息の時。

バスタブからあがった後、タオル一枚を巻いた姿で、脱衣所の鏡台の前に立つ。
保湿用の化粧水を手に取り、ぴたぴたと叩くように塗っていく。冷たい化粧水が火照った肌に気持ち良い。あまり色々と付けるのは好きではないので、風呂上がりはこれだけで済ませる。


部屋に戻り、ベッドに腰掛けると髪を纏めていたタオルを外す。
ベッド脇に置いてある鏡台からブラシを手に取ると、髪を梳かし始めた。
軽くドライヤーを当てながら、丁寧に梳る。
髪が完全に乾いたのを確認し、ブラシとドライヤーを鏡台に戻す。

昨夜の内に用意しておいた服に袖を通す。黒い厚手のストッキングとデニムのミニスカートを履き、上は薄桜色のブラウスの上にVネックのセーターを着込む。ミニスカートは正直言って寒いのだが仕方ない。アイツはこういうのが大好きなのだ。

鏡を覗いて髪にブラシを当てると、いつものように後ろで結ぼうとして――手を止めた。

『お、ストレートも可愛くていいな』

先日のアイツの言葉が胸に蘇ってくる。
ついでに、「その新鮮さがオレをーッ!!」とか言って跳びついてきたのをビンタで撃墜してやったのを思い出してクスリと笑う。
決して嫌なわけじゃないけれど、もっと考えて欲しい。ムードとか。

結局、今日はストレートに決めた。


鏡を覗き込みながら、真剣な顔でリップグロスを動かす。
アイラインはソフトにして目つきを柔らかく。淡いピンクのチークをほんの少し。リップも合わせてピンク。それにグロスで透明感を付けてふっくらとした感じに。


ふと手を止めて、鏡に写った自分を見た。
ぴかぴかに磨かれた肌に薄化粧を装備し、つやつやのストレートヘアとカジュアルに纏めた服で武装した自分。最後の武器としてにっこり笑顔。よし、完璧だ。

──ミッション・コンプリート。



ふと、サイドテーブルに目を転じる。
小さなレースのテーブルクロスの上に置かれたいくつもの写真立て。
それを一つ一つ目で追っていく。

横島とタマモ。二人ともスキーウェアだ。白いウェアのタマモが、鼻の下を伸ばした横島に抱きつくような形で笑っている。

美神、タマモ、シロ、おキヌ。何故かみんなお揃いの半纏を着て炬燵を囲むように座っている。広げられた帳簿に真剣に向き合っている美神、キツネうどんをすするタマモ、寝ているシロ、シロの髪をみつ編みにしているおキヌ。

横島、シロ、タマモ、おキヌ、美神。無数の巨大雪だるまをバックにポーズをとっている。スコップを担いで疲れた顔の横島、シロの襟元に雪を入れてるタマモ、ビックリ顔のシロ、しゃがんで両手に雪うさぎを乗せたおキヌ、腕を組んで何故か不敵に笑う美神。

美神、おキヌ、シロ、タマモ。振袖を着て立っている。シロとタマモの視線が微妙にずれているのは、フレームの外で横島がたこ焼きを食べているから。

その他、幾葉もの写真。
どの写真も、みんな楽しそうに笑っている

知らず、タマモの顔にも微笑みが浮かんでくる。
大切なひと達との大切な思い出達。

大切な大切な日常の欠片達。

――また、写真立てを買いに行かなくちゃ。

形に残るものは僅かだけれど。
心に残るものは溢れんばかりに。

『今日と同じ明日』なんて来ない。
『昨日と同じ今日』も存在しない。
似たようでも、同じではない。『今日』があるのは『今日』だけ。
人生に『繰り返す同じ毎日』なんて一日もない。
たから。だからこそ普段の、日常の一瞬一瞬がかけがえもなく大切で。そしていとおしい。

変わったようで、変わっていない。
変わっていないようで、変わっている。
そんなことを幾つも幾つも積み重ねて、そして、あたし達はいつかのあの日とは変わっていくのかな。
……きっと、そうなんだろう。

先にはずっと道があるし、後ろにもずっと道がある。
アイツやあのひと達の前にも、自分の後ろにも。

繰り返していくんだ。
きっと、繋がっているんだ。

遥か、先へ続いていく道。
背中に翼の無いあたし達は、ひたむきに地面の上を走っていく。
走っていく。大事なひと達と、手を繋いだまま。

立ち止まる事もあるだろう。

何度も何度も立ち止まって、それでもまた、走り出すのだろう。

嬉しい時は笑いあって。
悲しい時や辛い時は励ましあって。
疲れた時は肩を寄せ合って一休みして。

そしてまた、走り出すんだ。

繋ぐ手の温もりがある限り、きっとどこまでだって行けるから。
あたし達はどこまでだって行けるから。

――ね、ヨコシマ。そうだよね。

今はここにいないアイツに、無意識のうちに語りかけた。
なんとなく、気恥ずかしくなる。
軽く咳払いなんかしてみたりして。
途端にまた、そわそわと落ち着かない気分になってきた。

「――――!」

聞こえた。
アイツの声。
確かに聞こえた。
――帰ってきたんだ。

思わず窓に駆け寄っていく。
少しずつ早まってく、自分の足。
なんとなく今日は、早くアイツに会いたいと思った。
とん、と床を蹴って窓枠に脚をかけ、冷たい空気の中に跳び出す。

「おかえりっ! 横島ーっ!」


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