ザ・グレート・展開予測ショー

BRAND-NEW DAYS 〜タマモの朝〜 U


投稿者名:黒犬
投稿日時:(01/10/25)



――ねえ。
今までに、いったいどれだけのものを失ってきたんだろう。
いったいどれだけのものを通り過ぎてきたんだろう
失ったことにさえ気づかずに。
通り過ぎてしまったことに気付かずに。
ただ夢中に駆け抜けることだけが、正しいことだと思っていた。

立ち止まりさえしなければ、あるいはいつまでも駆け続ける事ができたもしれない。
けれども、立ち止まってしまった。立ち止まらされてしまった。

だって、本当に。
この場所は、居心地がいいから。

前にも進めない、後ろに戻ることもできない。そうなってしまうくらいに、居心地がいいから。
過去のことなんかどうでもいい。不確かな未来なんて考えても仕方がない。ただアイツと、あのひと達と一緒にいられる今だけを考えていればいい。

いつからかあたしたちの間にはっきりと横たわっていたあの線は、いったいいつの間に無くなったんだろう。
そんな形のない線は、一足飛びで越えられるものじゃないと信じてた。
曖昧で、でも決定的にあたしたちを分かつあの距離は、きっともう埋められる事はないのだと思っていたのに。










        BRAND−NEW DAYS 〜タマモの朝〜 U










歌が聞こえた。

食事の仕度をするときのおキヌは、よく無意識のうちに歌を口ずさむ。料理の出来が良いときには特にその頻度が高い。

顔を会わせたくないな、とタマモは思った。
自分は彼女から想い人を奪ったのだから。大好きなおキヌの、大好きなひとを取りあげたのだから。
美神やバカ犬はそれでもいい。あるいははっきりと、あるいは隠してるつもりのバレバレの態度で、不平不満不機嫌不愉快嫉妬に羨みにやつあたりと、悔しい気持ちを直接もしくは間接的にぶつけてきた。ぶつけてきてくれた。
だから、こっちも平気だった。罪悪感なんて持たずに済んだ。

けれどもおキヌは。おキヌだけは微笑んで祝福してくれたのだ。

――おめでとう。横島さん、タマモちゃん。

「好き」だから、好き。
ただ、それだけでいいと思っていた。それだけで一緒にいられると思っていた。
一日中、横島にベタベタとひっついて。バカ犬が焼きもちを焼くのをからかって。そのあげくに落ちる、美神の雷から逃げ出して。
そんな単純な恋に、憧れた。

けれども。

――おめでとう。横島さん、タマモちゃん。

彼女は、こっそりと泣いていた。
泣いていたんだ。



「〜〜♪〜〜♪〜♪〜〜♪♪〜〜♪〜♪〜〜」

歌声が近づいてくる。
自分からキッチンに近づいているのだから当たり前だ。
しかし、キッチンの前を通らないとシャワーを浴びに行けないのもまた事実。

「〜〜♪〜♪♪〜〜♪〜♪〜〜♪♪〜♪♪〜〜♪〜♪〜〜」

頭の中が白くなっていく。胸が苦しい。何故だか今朝見た夢の内容が、頭の中でぐるぐる回っている。

『さようなら』

あのひとはそう言っていなくなった。捨てられた、と思った。自分は嫌われたんだと思った。

『さようなら、タマモちゃん』

頭の中で、おキヌがそう囁く。
さようなら。サヨウナラ。さようなら。

誰もいない雪野原。誰もいない――

「どうしたの、タマモちゃん?」

―――!!!!

びっくりした。すごくびっくりした。
気が付けばおキヌの顔がすぐ目の前にあったのだから。
いつもと同じ――けれども確かにどこか懐かしさを感じる深く澄んだ黒い瞳が、優しさをたたえてそこにあったのだから。

そして止まる。

動きが止まる。

時間も止まる。

沈黙。

静寂。

なにもかもが止まったその世界でタマモに訪れたのは、感動にも似た――説明のつけられない感覚。
それは、タマモの全てを支配する。心が何かに縛られる。
タマモはその感覚を理解出来ない。
理解できないまま、自分の口から勝手にこぼれ出た呟きを聞いた。

「……お……かぁ…さん……」



永遠にも近い、数秒。



「……え? タマモちゃん…今、なんて……」

戸惑うように声を掛けてくる。
タマモは答えない。答えられない。
心なしか自分の躰が震えているようにも感じられた。
何を言えばいいのかわからない。でも何か言わなくちゃ。
とにかくおキヌの顔を見ようと顔を上げる。

途端に、強く強く抱きすくめられた。
肺の中の空気が全部絞り出されるような抱擁に、息が詰まる。

「お…キヌ…ちゃ……ん……」

半分、息を詰まらせながら訴えかける。
けれど、おキヌの腕の中はとても心地良くて。あたたかくて。
……優しくて。

両腕を、おキヌの背中にそっと回した。



しばしの時が過ぎて。

「……お、おはよう、おキヌちゃん」

「うん。おはよう、タマモちゃん」

にっこりと笑うおキヌ。
それは、非の打ち所の無い完璧な笑顔で。
まったく、なんて笑顔。

ありがとう。そこにいてくれて、ありがとう。

なんだかそう言ってくれてるようで。
嬉しくて。恥ずかしくて。――大好きだと思った。

「あ、あたし、シャワー行ってくるね!」

上気した顔を誤魔化す為に、慌ててバスルームへと駆け出す。
胸の中の雪野原は、今はもうどこにも無くて。
なんだかやたらと嬉しさが溢れてくる。何が嬉しいのか自分でもわからないけれど、とにかく嬉しい。どうしようもなく、嬉しい。

たぶん、あの笑顔を見たからだ。あの瞳を見たからだ。
ただそこに在るだけで全てを許し癒してしまう、言葉よりもなお雄弁に言葉を語る彼女の瞳を。

――あたしは許されてたんだ。とっくに。

自分を許すのは、自分自身でしかない。

許されないと考えたのは、結局自分が自分を許していなかったから。
どんなに言葉を重ねても、おキヌが本当は許してくれていないんじゃないかと、そう思っていたから。

自分の怯えていた心をはっきりと自覚できた。
普段は何でもないように装っても、いや、確かに何でもなく過ごしていけるのだが、それでも、ふとした拍子に涌き出てくる、弱い心。

ふと、アイツの姿が脳裏に浮かぶ。

アイツは、強かった。いつでも、どんな時でも。
大切な人を失いながら、何故この男はこんなに強くあれるのだろうと、本当に不思議だった。

あの強さが必要だ。
例え今は脆い心しかなくても。
別離の言葉に怯えていても。

――あたしが、おキヌちゃんと、本当に真っ直ぐに向き合っていけるようになる為に。

この思いでさえも、いつかはアイツやおキヌちゃん達と生きて行く事のできる喜びの一つと変えていけるのだろうか。

できるはずだ。してみせる。



とりあえず今は、これ以上おキヌを避けずにいられそうなので――

「えへへ…」

タマモは笑うことにした。



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