ザ・グレート・展開予測ショー

BRAND-NEW DAYS 〜タマモの朝〜 T


投稿者名:黒犬
投稿日時:(01/10/25)



白い、白い雪野原。どこまでも、どこまでも続く雪野原。
ちょこん、と座り込んで空を見上げる、ひとりぼっちのこぎつね。
ちいさなちいさな、生まれたてのいのち。



「さようなら」

タマモにはその言葉の意味がわからなかった。
わからなかったから、

……ねぇねぇおかぁさん、むしみつけたよ、むし、みてみて、みどりいろでねぇ……

振り向いたそこには誰もいなくて。誰もいない雪野原が広く広くひろがっていて。

……おかぁさん?……



タマモは『おかぁさん』の「さようなら」の意味を、三日もかけて理解した。
もう二度と、『おかぁさん』は帰ってこないと解るのに、三日もかかった。
ここで待っていても無駄だと解るのに、三日もかけた。

最初は、かくれんぼだと思っていた。

次の日、様子がおかしいと思って、野原中を探し回る。
必死で探す。
もしかしたら、病気かもしれない。
どこかで倒れてるのかもしれない。
そのときは自分が助けなければ。

待ってて、スグ行くから!!

それは楽しい妄想だったと思う。
そうやって忘れていたほうが、きっと心が軽かった。

でも――

夕方くらいになると、いやな想像が頭を掠めるようになる。
もしかしたら――
夜になって、走るのをやめて、それでもトボトボと『おかぁさん』を探す。
嫌な想像は、走っても、歩いても、消えなかった。

朝が来た。
三日目の朝が来た
何も食べてなかったタマモは、フラフラと街へと足を向けた。
帰るべき場所は、もう、あの雪野原にはないのだ。
それがやっと解った。
「さようなら」の意味がやっとわかった。

――その日、タマモはひとりぼっちになった。










        BRAND−NEW DAYS 〜タマモの朝〜 T










 ――夢を見た。

 ――ひどい夢を見た。

 ――その日、タマモはひどい夢を見た。



狐につままれたような面持ちで、タマモは目を覚ました。

記憶の中の、ある風景。夢というものは記憶にあるものが無作為に結びついて生まれる、というような事を聞いたことがある。詳しいことは知らないし、別に今のところ知りたいとは思うことはない。

だけど、嫌な夢だな、と思った。

「ばっかみたい…『おかぁさん』だなんて……」

そもそも『あれ』が母親なんかではない事を今のタマモは知っていた。転生したばかりの幼体を護るために仕掛けられた残留思念。あらかじめ自分で用意しておいたベビーシッター。
妖弧の記憶を取り戻しつつある今のタマモにとって、それはただそれだけの存在のはずだった。――はずだったのだ。

だいたい、ここは美神除霊事務所の屋根裏部屋だ。
屋根裏部屋には天井があるわけで、夕焼け空が広がっているはずがない。
屋根裏部屋にはベッドや、本棚や、タンスがあるはずであって、ただっぴろい雪野原であるはずがない。

当然、何千年前の記憶だが思い出だかは憶えていないが、今更あんな何もない雪野原の情景を夢に見なければならない理由も必然もなにもない。

――ない、はずだ。

「……ヨコシマ…」

ぎゅっと誰かにココロをわし掴みにされたような気持ちになったので、タマモは小さく呪文を唱えた。
これだけは魔鈴も知らない、タマモだけが知ってる魔法の呪文だ。

ココロが落ち着く、ココロが暖かくなる、不思議な魔法。

「…………」

しばらくそのままでいてから、ほんの少しだけ頬を染めた顔で時計を見る。いつもより大分早い時間。階下から漂ってくる朝食のいい匂いを感じながら、タマモはベッドから這い出した。

立ち上がると、パジャマのかわりに羽織っているYシャツの袖がだらんと伸びて、手首までもを覆ってしまう。着るときに捲り上げておいたのだが、眠っている間にほどけてしまったらしい。

「ん、もう。アイツったらムダに大きいんだから!」

このYシャツは自分がねだって取りあげたものである、という事実は記憶の彼方に放り捨てて、怒ったようにひとりごちる。
が、次の瞬間には先ほどのとき以上に頬を桜色に染め、両手を――覆いくるんだYシャツの袖ごと――口元に押し当てた。

「ん、もう……」

呟いたセリフは同じ。でも、声に含まれた温度が違う。

こんなことで幸せな気持ちになって、安あがりな女だなぁ、と自分でも苦笑する。
しかも、よりにもよって相手はアイツなのだ。自分でも趣味が悪いかな、とも思う。

でも、いいんだ。優しいから。
誰よりも、誰よりも優しいから。

うん、いいんだ。

なんだかいい気分になって窓を開ける。
冷たい空気に晒されて顔がピリピリと痛い。
寝起きのまだ少し霞む目尻に、すこし涙が滲むほどの冷たさだ。
清清しく、ぴりりとした心地よい空気。
今日はイイ日になるかもしれない、そんな予感。

開け放った窓から屋根裏部屋に光が差し込む。キラキラと煌く細片をちりばめたような朝の光。
ふと振り返ってみれば、部屋の中にはからっぽのベッドが二つ。
今の今まですっかりとその存在を忘れていたルームメイトのバカ犬は、今朝も生きがいにしてライフワークたる散歩に出陣中らしい。しかも、当たり前のように他人の恋人を伴って、だ。

一瞬、不快になりかけたけど、まぁ仕方ないよね、と思い直す。

悪気は決してなかったが・・・
タマモは、シロを自分より低く見ていた。
だって、お手もできなきゃ、おすわりも出来ず、いつまでたってもオアズケを憶えない。
オカワリだけは勝手に憶えたクセに。
しかしまぁ、ともかく。
タマモは、シロを出来の悪い弟のように思っていた。
恋敵として見るにはシロはあまりに幼く、純粋すぎる。そんな彼女から「横島せんせい」を取りあげるなんてできない。

「――でも」

誰が何と言おうと、アイツは自分のものだ。

「横島せんせい」はあげる。
「優秀なGS」なんていらない。
「希少な霊能の使い手」なんて勝手にどうにでもすればいい。

だけれども。「横島忠夫」は自分のものだ。なにからなにまで自分のものだ。
誰にも渡さないし、譲れない。

アイツの優しさ。
アイツの苦しみ。
アイツの温もり。
アイツの悲しみ。

――みんなみんな、あたしのもの。

アイツの笑顔も。
アイツの痛みも。
アイツの喜びも。
アイツの絶望も。

あさましいのは自覚している。それでもアイツを求める心が止まらない。止めようとする気が起きない。
好きだから。必要だから。自分にはアイツが必要だから。
もうあいつと一緒じゃなければ、何処にも行けない。行けないんだ。

いったい、いつのまにこうなってしまったんだろう。

本当は、ずっと前から気付いていたのかもしれない。
いつのまにか、眩しく見上げるようになっていた彼の顔。
いつのまにか、触るのを躊躇うようになっていた彼の躰。
ふと触れた手が、びっくりするほど大きいと思った事。
少しずつ少しずつ、よくわからないままに増えていった一緒に過ごす時間。
ひとつひとつはきっと些細な事で。
それでも決して消えずに、心のどこかで雪のように降り積もっていく。

ひとつ季節が巡るたびに、アイツと出逢ったあの日を思い出す。
アイツと出逢ったあの日をぼんやり思い出すたびに、もっとアイツを好きになっていくんだ。好きになってきたんだ。

「……そっかぁ」

そうだよね。そうだったよね。柔らかく笑みを浮かべながら一人で頷くと、タマモは朝食の前にシャワーを浴びるために部屋を出ることにした。

ドアを開けてから、ふと誰もいない部屋を振り返る。

「…………」

―――パタン トントントントン・・・・・

夢を憶えていることなんてほとんど無い。たとえ憶えていても、着替えを持って部屋を出る頃にはもう忘れている。
だけど部屋を出ても、今日の夢ははっきりと頭の中に残っていた。




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