シロと夕日とお昼寝と
投稿者名:黒犬
投稿日時:(01/10/16)
夢を見ている、と自分自身で自覚していた。
知らない風景。知らない風。そして、知らないけど良く知ってる大きな手。
ゆっくりと、その手が髪を撫でてくれる。くすぐったくて、気持ちよかった。
逆光の中で、顔は見えない。だけど、滑り落ちるように言葉は零れる。
「……父上」
笑った。――ような気がした。それは、よく知ってる笑顔で。
「……せん…せぇ?」
“シロと夕日とお昼寝と”
「……う、ん……」
ぼんやりと、半分眠ったままで開いた瞳に、よく晴れた青空が映る。視界の端から端まで、雲の白さは何処にも見つけられない。ただ、青。そして、青。
やけに空が近い。ああ。そういえば、屋根に登ってお昼寝してたんだっけ。ふと、思い出す。
頬に感じる屋外の風が心地いい。
「ん……あ、れ……?」
ころん、と寝返りを打とうとして、自分の頭に何かが添えられていることにシロは気付く。寝ぼけ眼のままそれを掴んで、目の前まで持ってきて、重い目蓋を精神力を総動員して開く。
「これ……」
何度か瞬きすると、ぼやけていた視界に焦点が合ってくる。自分が掴んでいるそれは――ちょっと硬くて、でも、暖かい、夢の中の手だった。それが気持ちよくて、その手を自分の頬に押し付ける。すると、手はくすぐったかったのか、シロから逃げようと動く。
――ダメ。逃がさない。
追いかけてつかまえると、観念したのか、逃げる動きを止めて、逆にシロの頬を撫でてくれた。顔にかかっている前髪をすくいあげ、脇へそらす。触れる指先が、くすぐったい。
猫か、おまえは。そんな声が上から聞こえる。からかうような、呆れたような、そんな声。いつもならば、狼でござるよ、と返すところだけど。
……どこか遠くから聞こえるように響くその声を、もっと聞きたいと思った。体を丸めて、隣に座っている暖かさに身を寄せる。
「……くぅん」
おもいっきり苦笑する気配が伝わってくる。今は、手はゆっくりとシロの髪を梳いている。
シロが更に頭をそちらに寄せると、かさり、と紙の感触がした。顔をしかめると、また彼は苦笑して、読みかけだった本に栞を挟んで脇にに置く。それだけで、すごく嬉しい。
「ん……」
膝の上に頭を乗せて、だらしなく体をのばした。
「……おい」
「ん〜〜」
まだ、眠い。
起きたくない。
このままでいたい。
手は、変わらずに髪を梳いている。その感触に身を任せて、もっと眠っていたい。降りそそぐ光は低く、赤い。
そろそろ夕食だろうか? そうだったらもう起きなくちゃ。
――でも、まだ起きたくないんだ。
「シロ?」
聞き覚えのある声が、シロの耳朶をくすぐる。
それだけで、しあわせな気持ちになる。
この声で名前を呼ばれるのは、好き。
「シーロー」
笑った顔はもちろん好きだけど、困った顔を見るのも好き。怒った顔も好き……って言ったら、怒るかな?
「……シロ」
困らせるのも、好き。心配をかけるのは、正直胸が痛いけど、でも、それだけシロのコトを思ってくれてるってわかるから、好き。
好きって想いが、こぼれる。
ねえ、これってシロだけ?
「……おいおい」
すりよせるように体を寄せるシロに、横島は苦笑のままで表情が固まっている。
もうとっくに目は覚めている筈なのに。まるで何かを待っているかのように。
――好きだよ。
甘えるのも、困らせるのも、怒らせるのも、喜ばせるのも、みんな、あなたが好きだから。
その答えが、あなたから欲しい。知ってるけど、知りたいんだ。何度でも知りたい。あなたの気持ちを、知りたい。
呆れたようなため息。実際に呆れているんだろうけど。でも、そんなところもひっくるめて、全部好きになったから。
だから、いい。
落ちてくる、影。
触れたのは、一瞬。
「……もうちょっと」
「甘えんぼな仔犬には、この位で十分だろ」
ぱちっ、と目を見開く。横島の笑顔が見下ろしていた。
「拙者、犬ではござらん」
狼でござる、といつもの会話。いつものやりとり。
「わかったわかった。わかったから許してくれ」
「じゃあ、許すでござるからもう一回」
きょとん、とした顔を見せた横島が、次の瞬間弾けるように笑い出す。ぽかん、としてそれを眺めていたシロが、笑われたことに拗ねて、やがて唇を尖らせてそっぽを向く。
背中を向けたシロに、後ろから横島は腕を回した。
「……なあ」
「……なんで…ござるか?」
手が触れた。
――好きだよ。お前が思っているよりも、ずっと、俺は、お前のことが。
手を繋いだまま、唇をあわせた。
溶け合う吐息。熱い。暖かい。
融けていく―――
「――横島さーん、シロちゃーん、晩御飯ですよー」
階下から聞こえて来た声に、お互い同時に唇を離す。
手はまだ繋いだまま。蕩けるような数瞬の時間を楽しむ。
絡まった指と指が、何だか嬉しくて恥ずかしい。
「行こうか、シロ」
シロの手を取ったまま、横島が先に立ち上がる。
夕焼けの色が、浮かべた微笑みごとその立ち姿を包み込み、ひと刹那だけ彼の形を隠し攫う。
トクン、と胸の奥で鳴る音が聞こえた。
だけれども。バーミリオンの色彩が躍る中、横島はしっかりとそこに立っていた。
夕焼けの中に溶け消えてしまいそうな儚さは、今はもう何処にも無くて。
シロを見つめる、透き通った眼差しは、どこまでもどこまでも優しくて。
何だか胸がいっぱいで。幸せが溢れてきて。どうしようもなくて。
……とりあえず、手を引いてくれるその腕にじゃれつくことにした。
でないと泣いてしまいそうだから。幸せすぎて。
「ん? どうした、シロ?」
このひとを好きになってよかった。心からそう思う。
誰にもあげない。あげるもんか。
この世の誰にも譲らない。悲しみにも苦しみにも、死の運命にだって渡さない。だって、シロの宝物だから。大切な大切な、宝物だから。
かかえ込んだ腕を、しっかりと力を込めて抱きしめる。
「コラ、歩きにくいって」
一生に一回だけの恋をした。たった一度の恋をした。もう、ほかの男なんて好きになれない。
とにかく、責任は取ってもらおう。こんなにも暖かいあなたが悪い。こんなにも惚れさせるあなたが悪い。うん、決めた。決めたぞ。そう決めた。
――決めたから。
せんせい。
なんだ、シロ?
ずっと、一緒でござるよ。ずっと、ずーっと……
……ああ。ずっと、だ。
〜FIN〜
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一応説明をしますと・・・
時は本編終了時より二年後。
横島君は相変わらずの煩悩青年ながらも、ルシオラとの短い恋の季節をきっかけに、少しずつ己が煩悩と上手に付き合える(否定するのではなく)ようになって来ており、人間として立派に成長していた。要するに、相手の気持ちを考えられるようになって、無分別なセクハラとかをしなくなったわけだ。
悲恋で傷ついた彼の心を癒したのはもちろん、美神さんとおキヌちゃん(+α)。事務所はシロタマを含めて、よりいっそう家族的な絆を育む結果に。
しかし、無意識のうちに横島君の心に根付いていた恋愛することへの臆病さ。
護れなかった自分。間に合わなかった自分。助けることも、救うことも出来なかった自分。
そう、彼は無意識の中で恐れを抱いた。生まれて初めてはっきりとした形で愛し愛されたその相手に、『自己犠牲』という選択肢を選ばせてしまった自分には、好きな人を幸せにすることなど出来ないのではないのか、と。
こればかりは、意地っ張りで恋愛音痴な美神さんと、控えめで積極になることを苦手とするおキヌちゃんにはどうすることも出来ない。
そして、そんな彼の心を溶かすことに成功したのがシロ。
怒れば噛み付くし、機嫌が悪ければ拗ね、嬉しかったら尻尾をぶんぶん。
一途に彼を慕い、無邪気に彼と共に居ることを喜ぶ。
あけすけで純粋、そしてひたすら真っ直ぐな好意。
――ピュア・ホワイトの耀き。
そんな彼女の性格と行動が、彼の悩みなど無意味なものであると気づかせてくれた。
こんな風にシロは、いつの間にか彼の心の最奥に、お座敷犬よろしく“ちょこん”と居座ってしまったわけで。
師弟のような。兄妹のような。戦友のような。家族のような。――あるいは恋人のような。
そんな、今日この頃な彼と彼女。
互いの温もりを与え合うような、そんなキスの味を覚えたのもつい最近の事。
あせることは何も無い。横島もルシオラから貰った魔族因子のおかげでぐんと寿命が伸びたことだし。ゆっくりいこう。のんびりいこう。恋も、修行も、キスの先も。
いつでもいつまでも。隣に並んで手を取り合って。最近お気に入りの、公園での散歩みたいに。
まだまだ関係はあいまいで。でも、そんなのが今は心地いい。
美神さんもおキヌちゃんも諦めちゃいないし。ていうか、シロ本人にしてから、誰にも譲るつもりは無いけれど、かといって独占する気も無い。ただ、いつまでもそばに居たい。居て欲しい。それだけだから。
「美神殿にも、おキヌ殿にも、そのほかの方々にも、せんせいは必要な方でござろうから……」
子供っぽくやきもちを焼きつつ、『みんな』に優しい横島せんせいを眺めてにっこりと目を細める。
――そんなシロの、ある日のお話です。
ご迷惑でなければ、このお話を G-A-JUN様 AJ-MAX様 sauer様 西表炬燵山猫様 桜華様 の五名様方に捧げたいと思います。よろしければうちのシロを貰ってやってください。ファンなんですよ〜♪
今までの
コメント:
- う〜む新鮮、フレッシュ
シロをこういう風に(恋愛対象として)書く人は少ないですね
だから初々しいな〜
だけど次回はこうもいかなくなるのでご注意を
面白かったです、次回も期待してます (いたけし)
- 本当に新鮮ですねー。なにせあのシロが横島にあんな風に甘えるなんて・・・背中がかゆくなったのは私だけでしょうか?まあ、面白かったからいいけど、欲を言わせるとちょっとしたギャグがほしかった(無理だろうなあ、なにせシリアスだもん)。 (ガーディアン)
- いたけしさん、ガーディアンさん、コメントありがとうございます。
お二方のご意見、今後の参考にさせていただきます。
ちなみに、俺は本来ギャグ系な人間らしいので、いずれはギャグ作品もお見せできる日がくるかと思います。(くるといいなぁ・・・) (黒犬)
- 今回のコレについては、あえて漫画的な要素を排除してみた上、三人称心理視点描写法という、日本ではあまり使われない手法を試した、いわゆる実験作品です。
ですから、漫画のGS美神の延長上には恐らく有得ないお話になってしまいました。
漫画最終回の時点から、彼ら彼女らが漫画キャラとしてでなく一個人物として成長・変化する様を想像するにあたり、ご都合主義的に「こういうのもアリか」と書いたものです。 (黒犬)
- 青年期の二年間の間に横島青年は母性憧憬に直結した煩悩衝動状態(だと俺は思っています)から脱却して父性的な包容力を身につけ、シロは横島の悲恋を知ったことを契機に少女期を駆け足で卒業し、横島への好意を愛情へと昇華しています。
つまり、ふたりとも他者に依存することを止め、父性・母性に目覚めたということですね。
確かに、お二方のおっしゃる通り、現在のシロを真剣な恋愛対象とするには「まだ早い」といった部分を俺も感じましたので、思い切って「もう早くない」時点でのシロを書いてみたわけです。
コレもひとつの可能性、って感じで。 (黒犬)
- へ?い、いやホントにいいんですか?ホントいいのならもう是非!!(最初に有無を言わさ…って違う!!う〜ん風邪の所為で言葉がうまく選べないって状態でした。(一応本当です。)
少なくともボクはホントうれしいです。
それにしても五名って、他の4人の方々ならよく解るんですが、ボクも含まれてるんですか!?(汗)
内容もとても良かったです。
ボクの場合は黒犬さんのように恋愛系は全然書けないし…(せいぜい、いつもの個人の暴走でたまにあまくなるらしい(自分では判断できない人間です。)程度だし)
次回も期待しています。がんばってください。 (G-A-JUN)
- あああぁ、「シロ・エンディング」だぁ
このあと、横島は旅立っちゃうんだぁ〜<今さら、サクラ3やってるヤツ (みみかき)
- おおっ!
G-A-JUNさんよりコメントが!(感無量+漢泣)
ありがとうございます!
みみかきさん、サクラ3はやったことありませんが・・・
だいじょうぶ。横島君が何処に旅立ったとしても、シロは必ず追いかけ、そして絶対に追いつきますから。 (黒犬)
- ↑はっΣ(゚ロ゜
お兄ちゃんがG-A-JUNさんに誉められてる!
ううう、よかったね、お兄ちゃん。
まるで夢のようだね・・・ (猫姫)
- 説明の方にあった、二年間の間の話も読みたいなぁ。 (メッシュ)
- みゅう。以外に好評。
こんなことなら、他の『シロのおもちゃ箱シリーズ』、人にあげちゃわないでとっとけばよかったねぇ。 (猫姫)
- こんな横島横島じゃない!!
……なんて言う人もいるのでしょうが、私はこういう横島は大好きですよ。基本的にギャグよりもシリアス。シリアスよりもちょっと何処かイっちゃった人が好きという、こんな私はヤバイでしょうか? ヤバイですね、うん。
シロが可愛いですね。うちの作品じゃ、シロってあまり表に出ないからなぁ。 (桜華)
- 桜華さんにコメントしていただけるとは!
ああ・・・コレだけでもこの話を書いてよかった・・・
感激です!! (黒犬)
- お、お兄ちゃん!
桜花さんだよ! あの桜華さんからのコメントだよ!
嬉しすぎて「あっち側」に逝ってる場合じゃないよー。
(ゆっさゆっさ)
・・・・・・うぅ、帰ってこない… (猫姫)
- 三人称心理視点描写法ですか。洋画のノヴェライズとかでよくある手法ですね。 (ヴァッシュ)
- ふわふわぽかぽかした中に包まれた、密やかな熱い思いにドキリとさせられました。
さらっと書かれている解説文の方も、しっかりと読ませてくれますね。 (Iholi)
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