ザ・グレート・展開予測ショー

月に吼える(23)後編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/10/ 1)

非常灯すら落ちた闇の中、誰かの溜息が耳に届いた。
「ふーん、ご大層な場所に引きこもってる割にはツマラナイ演出ね」
 相手の神経を逆撫ですることに掛けては世界一を自認する美神が、心底不満そうに鼻を鳴らす。
 無論、暗視スコープくらいは標準装備の内である。
「そうかね?まあ、こちらとしても君たちを愉しませるサービス精神など持ち合わせては居ないが」
 再び響いたその声は、さして気にした様子も無い。
と、一条のスポットライトが落ち、部屋の反対側、ちょうど四人の正面に、エラく時代錯誤で豪奢な椅子に腰掛けた人影を浮かび上がらせた。
「……はぁあ……」
今度こそ間違いなく、美神の唇から嘆息が零れる。
これが演出だとしたら、自意識過剰もいいところだ。
自分のことを余程の大物だとでも思っているのだろうか。実に誇大妄想も甚だしい。
距離にして数十メートル。
 声は男性のものだがライトは逆光、遠くぼやけたシルエットからは年齢も体格も判然としない。
「で、次は何を見せてくれるのかしら?手品?それとも、喜劇?」
「招かれざる客人が随分と図々しいことをいうものだな」
 嘲笑交じりのあからさまな挑発合戦。
なんというか、見ている方はウンザリである。当の本人である美神辺りはやけに活き活きとしているように見えなくもないが。
「凄い、あの美神さんと対等に口喧嘩してますよっ」
 背後でなにやら微妙にズレた感心の仕方をするおキヌ。
 まあ、確かに事務所で美神とサシでやりあって平然としていられる人間はいないのだが。
「ふーん、じゃ、なに? わざわざ自分から出てきたって事は、潔く私たちにやられにきたって事かしら?」
「はははっ、いかにもGSらしい。偽善に満ち溢れた傲慢と言うべきだね、それは」
 影絵の男は演技めいた仕草で低く嗤う。
心臓の弱い人間だったらそれだけで吐き気がしてきそうな、悪意に満ち満ちた嘲笑。
けれど、男と相対するのは悪魔もかくやという強靭な心臓と鋼のワイヤで出来た神経の持ち主である。
「あら、真性の悪人に言われたくはないわね。 オカルトとB兵器の融合テロなんて、性質が悪いことこの上ないもの」
 美神は動揺の欠片も見せずにしれっと返して見せた。
「ひどいっ!!美神さん、偽善者なんかじゃないですよっ。優しい所も一杯あるんだから。ね、横島さん?」
 本気で腹を立てているらしくプンプンと怒っているおキヌに、横島はこの上なく真剣な表情で頷いて見せた。
「確かに、あの人は偽善者なんてもんじゃないよな。 そもそもあの腹黒女良い事なんてめったにしな……イぃぃッ!!?」
 言いかけて、横島が慌てて飛び退く。
一瞬前まで彼が立っていた床は、大きく抉られていた。
抉り取ったのは出力限界を振り切って鞭状に撓る神通棍。
無論、美神の仕業である。
直撃していたら横島といえど只ではすまないだろう。ちなみに、威嚇どころかその軌跡は確実に横島の脳天から体の中心線をなぞっていたりする。
もしかしなくても殺ル気満々ですか。
「……この反応ってつまり図星じゃないすか」
「ん〜、何か言ったかしらぁ、横島君?」
 何事もなかったようなにこやかな笑顔。
背中に地獄もかくやという炎背負っていたけれども。
「な、なんでもないっス」
「よろしい♪」
 泣くほど怯えるなら最初から言わなければ良いような気もするが、ま、それが横島らしいと言えなくもない。
一方の影絵の男は、演技めいた仕草で頭を振った。
「……ふん、言うに事欠いてテロとは。 実に心外だ。 私は、君達GSの偽善が為さない事を代わりに為してやっているだけではないか」
「は? 何でアンタのやってることがGSの代わりになるってのよ」
 その美神の呆れを通り越した怪訝そうな言葉に、男は心底詰まらなさそうに人差し指を持ち上げた。
「では、君の後ろにいるその存在は一体なんだね」
 その指の先にいたのは、グーラーだった。
「何、アンタもしかして、グーラーが生きてることが気に食わないっての?」
 余りに意外な言葉だったのか、あの美神が心底驚いた声を出した。
もっとも、それも次の瞬間には侮蔑の表情にとって代わる。
「何でもかんでも除霊することがGSの仕事だっていうの? はっ、只の誇大妄想狂かと思ったら、トンだキチガイ野郎だわ」
「それが思い上がりだというのだよ。 では何故、君たちGSがその存在の正否を判別するというのか。基準はなんだね。 GSから見て害がなければ、その存在は許容できると? はっ、それこそ詭弁だ。ヒトという群体にとってその異質の暴力は、理不尽な超常の干渉は、平等に排すべきウィルス、異物に過ぎない――」
 影絵の男の演説は続く。
どうやら初対面の印象通り、自身を絶対の盲信の対象としているようだった。
 最早反論する気も起きないのか、美神は肩をすくめた。
「……グーラー?」
 自身が会話の中心になっても微動だにせず、只じっと目を細めているグーラーに横島が心配そうに声をかけた。
怒りに震えるでもなく、自身の存在を否定する言葉に反発するでもなく、彼女は何かを考え込むように、影絵の男を見詰めている。
「ん、ああ、ヨコシマ。なんだい?」
「なんだい、じゃねーって。どうしたんだ、難しい顔して」
 我に返った、といった感じのグーラーに、少し心配そうな表情だった横島が苦笑する。
「いや、なんかね……。アイツ、少しおかしいよ。多分、死体が何かに憑かれてるのは確かだと思うけど、なんだろ……よく解らないな」
 グーラーは暫く影絵の向こうにある何かを見透かすように目を細めていたが、結局頭を振った。
精霊として、命の流れについては知悉しているという自負があったのだろう、少し悔しそうに眉間に皺を寄せる。
「そっか、冷静なんだな……」
 ほっとしたように、横島は息をついた
むしろ、彼やおキヌの方が、心中穏やかではなかっただろう。
おキヌに至っては自身が過去において純粋な霊体として存在していたのだ。それに、この場にいるグーラーは勿論、事務所に居る(と彼等が思っている)シロやタマモ、そして縁深い神族や魔族、人外の友人の顔が脳裏を過ぎる。
そして、忘れ得ぬ彼女の顔が、浮ぶ。
 幸福な出会いばかりではなかったけれど、後悔もあるけれど、総てを無かった事にしたいと思った事は、ない。
 その筈だった。
「グーラーさん、じゃ、あのヒトも本体は純粋な霊体なんですね?」
 何故かひそひそ話の音量で、おキヌが尋ねた。
「ああ、そうだよ。少なくとも、生きている人間の状態じゃないね」
 グーラーの方も、何となく声のトーンをあわせて応じる。
目の前ではまだ影絵の劇が続いていた。舞台の上にはスポットライトとシルエットの役者が一人。スピーカーを通して四方から届く声。観客は、腕組みをして獲物を狙うように目を細めた美神のみ。
どこか寒気がする風景だ。
美神が本当に怒っていることが伝わって来るからだろうか。横島もおキヌも声を掛けようとはしなかった。
「じゃ、私のネクロマンシーで何とかできますね」
 どこか硬い声で、けれどおキヌはほっとした表情を浮かべる。
そして、消化不良な表情をした横島に穏やかな笑みを向けた。
「大丈夫ですよ、横島さん。シロちゃんも助かったんですし、解決できますっ。だって私達は、幽霊や妖怪の人たちも、魔族や神族の人たちにも、色んな人がいるんだって知ってるじゃないですか」
 だから、十把一絡げにその全てを否定することなんて出来ないと、彼女は自信を持って言えた。
「ああ、そーだね」
 その、ほんの少しだけ一生懸命な笑顔に、横島の表情が和らいだ。
小さなわだかまりはある。
あの影絵の男の、黒を黒で染め抜いたような、徹底した憎しみの声。
質量さえ感じるような悪意、強烈な感情を叩きつけられて、胃の辺りが気色悪い。
恐らく、自分の中にあの男の感情の根と類似する何かがあるのだと、認めたくはないが解っていた。おキヌのように、無条件に素直にその言葉を否定できない自分。
道具として使い捨てられた、彼女。
 何かを憎んでいたいと、思ったことがある。
 もっとも、目の前の偏執狂的なソレの感情が、一体どのような過程で形成されるに至ったかは、知る由はないのだが。
 と。

ぱしんっ。

「おぷすっ」
勢い良く後頭部に振り下ろされた掌が、良い音を立てた。
「ほら、似合わない顔してるもんじゃないさ、ヨコシマ。そろそろあっちも言うことが尽きたみたいだよ?」
 驚いた顔で振り向いた横島に、からっとした声でグーラーが笑う。
横島は鳩が豆鉄砲食らったような表情をしていたが、少しむっとした表情になって、その後、堰を切ったように苦笑が零れた。
「ま、そーだな。何もけったくその悪い演説を最後まで聞いててやる義理もねーし」
 おキヌの方ににやっと笑って視線を送る。
「はいっ。私も、あの人のやり方、許せません」
 おキヌは既にネクロマンサーの笛を握り締めている。
美神も振り向きこそしなかったが、こちらの声は聞こえているし、何より、長年のコンビネーションは、お互いの行動を当然の事の様に柔軟に受け入れる。
「んじゃま、やりますか」
「はいっ」
「あいよ」
 軽く頷きあい、そして。
 着々と終幕へと近づく影絵の劇場に、彼等は飛び込んでいった。

24へ続く

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