ザ・グレート・展開予測ショー

防人の唄。(前編)


投稿者名:hazuki
投稿日時:(01/ 9/11)

鍛える事に理由が要るだろうかと考えた事がある。
自分を高めたいという欲求はある。
だが、その為に自分の生命を危険に晒したり時間を浪費したくはない。
時間を命を失うのは辛い。
それに結局自分が能力を高めたかどうかは何かと比較せねばならない。
闘争になる。
更に失う。否、自分が前に進む以上、全てを守って生きては行けない。
前に進む失い、懺悔し、傷をかかえ更に前に進む。
強くあれば失う事もないだろうと思うが、強くなる過程ですでに失っていく事に気付く。
そして、強さを得てなにかを失う。
失いがたくないために強くありたいと思うのに。
未来と過去は決して相容れない。勇気をもって過去に決着し、希望をもって未来を目指す。
それでも、それでも「唯、守りたくて……」思うに、それゆえここまで来たんだろう、お互いに。
ひとりは自分の生まれ育ったそして守るべき、忠誠を誓うべきひとのいる故郷を守るためにここにいる。
そして、ひとりは力を貸すように乞われ。
両者の再会のくだりはここではあえて語るまい。
ここではただ闘いを語ろう。
守るべきものを持つもの防人と、それを失ったものの。

闇を照らす白銀の月の美しい夜の公園で、水に濡れてるような美しい刃が軽やかに舞った。
ガキィン、ヒュッ
照り返す輝きが美しいその刀はまるで今宵の月のようだ。
その鏡のような刀身が払い落としたのはさしずめ太陽の剣だろうか?
烈光そのもので象られた刃は流れるように撃ち弾かれ、主を守る事叶わなくなってしまっていた。
その太陽の主の咽喉元に、月光が、いや、月光を纏った刃が突きつけられ、時間は凍りついていた。
太陽を携えた男は鋼の冷たい触感を感じる錯覚に陥り敗北を認めざるを得なかった。
もっとも彼の勝敗に拘る意思など微々たるものだが。
月光の刃を携えていたのは女性だった。
色素の薄い、どこか現実味を感じさせない美貌の持ち主である。
彼女は相手の表情で彼の考えを察すると脱力し、刀を支える左腕をだらんと下げた。
「これで十戦十勝だ。少しは粘ってくれないと困る。なぁ、本当に本気か?」
失望というか、呆れたというか、どちらともとれる感情を声に響かせ女性。
標準よりやや低めの声が耳に心地よい。
だが、言外にこめられた『こんなものではないのだろう』というものを感じ顔をしかめる。
「あのな、きょうび普通の高校生が実戦剣術なんかできるわきゃねーだろ。」
男というか少年は呆れきった感じの声で言い返した。実際呆れるしかあるまい。
実際に剣をふるい、そして倒したわけではなにのだ。
「霊能者が普通の高校生を自称するな。メドーサと渡り合ったほどの霊能者が、な。」
女性にしてみればそこが重要なのだから少年の意見は滑稽でしかない。
口元が歪む。
「剣術経験は人並みだろ!とにかく一休みだ。」
ヤケクソ気味にまくしたてて、少年はその場に座り込んだ。
人並みの剣術経験とやらがとても気になるが、とりあえずそれ以上何を言うでもなく少年はぐったりと疲れたように地面にへたりこんでいる。
十回も全力で飛び掛って払い除けられを繰り返していたのだ。
疲れない女性のほうが異常である。
女性の方も嘆息して、近くに置いた自分の荷物からファーストフード店などで使ってる物と同じ紙コップを取り出し、中身を飲んだ。
「神無、それ何が入ってるんだ?」
ふと目をあげた少年がふしぎそうにコップを見て言う。
「ん?これか?」
とコップをかかげ神無。
コップの中にある液体は、色もにおいもなく一見したところただの水のように思われる。
「圧縮した月の魔力。酸素ボンベみたいなもんだ。地球の魔力濃度は私には薄すぎる。」
といい少しだけ口の端をあげ、難儀なものだと笑う。
コップのなかの液体には月が浮かんでいた。
ふうんと少年は呟く。
いつもなら、「そんな大層なモノをカミコップに入れるな」などと入れ物がそぐわない点を指摘し笑い話にでもするのだが今夜は違った。
「そーいや月って霊的拠点としてなにやらすごいって聞いたことあったっけ…
姉ちゃんばっかりだし…いーなぁ……俺も月で暮らしたい。厄介事もなさそうだし…」
月を見上げどこか遠い瞳で少年。
「竜気か宇宙服が無いと生活できないのにか?姫が月神に転生させてくれるかもな。」
神無は鼻で笑って少年の与太話に付き合った。
彼、横島忠夫は疲れた口調で続ける。
「それもいーなぁ…人間より長生きできるもんなぁ。マジな話連れてってくれないか?」
その声と口調は老人のようにも聞こえた。
「本気で?お前、地上に未練は無いのか?一年の内に何回も来れるわけじゃないんだぞ。」
半分以上(?)本気ということに気付き軽く目を見張る神無。
笑うような揶揄するような言葉がいつの間にか責めるよな響きを持ってきている。
「いいよ、アホらしい。未練も何も、死にそうな目にあって俺には…何も残らなかったし」
くつくつと喉のおくで笑うように横島。
何も残らなかった。
そんな事は在るわけない。
残らなかったわけは無い。
そして今も自分は、たくさんの物を持っている。
自分が失ったのはたった一つの存在。
だが、時々、それが全てだったんじゃなかろうかと思えるほどの存在。
脳裏に甦る人間社会を混乱に陥れた悪夢、それ以上の悲運の邂逅。
「くだらないな。くだらないよ、不様な奴だよ、お前は。残らなかった?馬鹿を言うな。
お前が守るんじゃなかったのか?私の心を打った貴様はどこに消えた?甘ったれるな!」
神無が本気で怒るのを見たのは初めてだっただろう。
元々それほど付き合いは無かった。
「!」
『くらだない』
その言葉に血が上ったのを横島は自覚していた。
神無のいう事はちゃんと理解している。
だが、それとは別にこの感情をくだらないといわれた気がした。
心の中にある傷はまだ血を流し痛みを訴えている。
失うのが怖いとのだ。
もう、失うのを見たくないというのを。
いまある大切なものが壊れていく様を見たくないのだ。
守れるように強くなろうと思っても手のひらから水がこぼれるように、なにかを失っていく。
それを見るのが、守れないということを認識するのが怖いのだ。
弱くて、あさましいこの心。
そして簡単に『くだらない』といった神無に怒りを覚えた。
弱さを撥ねつける傲慢ともいえる強さに。

「簡単に言ってんじゃねぇ!俺だって精一杯……クソッ!俺が…あいつに、とどめを…」
横島は我知らず叫んでいた。
他にどうしようもない。最初から感情を抑えてなどいなかった。
言ってる内容も滅茶苦茶だ。
解ってる。
全部理解し、認めてる上で言い返しているのだ。
神無はそんな横島をじっと射抜くような強い目で見据え、言葉を紡ぐ。
「愛してその人を得るのは最上である。愛してその人を失うのはその次に良い。だったか?
いや、お前に訊いても知るまい。事情は大体知ってる。お前の決断に、世界中が借りを
作ったといってもいい。だが、見捨てたのはお前だ。悩むのはやめちゃいけない。
誰かに何かを伝えるというのは命より価値があることだ。想いだけでも、お前が
守らなくてはならない。もっとも、表面に出すのは辛いぞ、周りも、そしてお前もな。横島、
お前が守りたいモノは一つじゃないだろう?忘れるな。しかし振り返るな。私にも守るべき
姫がいる。だから、守る為に戦うお前を高くかっていたんだ。それを棄てようとするなら
許せない。月で暮らしたいなどとぬかす貴様は軽蔑する。」
それは、まだ失ってないからいえる言葉かもしれない。
今失わないために闘っている神無の強く、厳しく、純粋な思い。
もう自分には持ち得ない思い。
失ってしまった自分。
「……そんなの…俺、納得できねーよ。俺はお前見たく立派にゃなれねーんだよ」
振り返らないことなどできない。
きっと自分はこの感情をひきずって生きていくのだ。
と吐き棄てるように叫ぶ横島。
神無はしばし見つめて考え込んでいたがやがて言葉を紡ぐ
「……解った。説教はこれで終わりにしよう。ファイナルラウンドだ。」
後編へつづく

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